第43話 放課後の英雄たち
「おーい、
放課後、帰り支度をしていた
「あー、しまった。今日だったっけ? すまん、ちょっと今日は先約があって……」
「あれ、珍しいな。お前が誘いを断るなんて。そういえば、昨日、体調悪いって学校休んでたもんな……まぁ、いいや。それならギルドの連中には俺が伝えておいてやるよ」
悪いな、と軽く挨拶をかわし、鞄を持って教室を出て行こうとした時、一人の男子生徒が、教室に駆け込んでくると同時に、大声で騒ぎ始めた。
「おい、大変だ! 校門のところで、聖華女子の生徒が誰かを出待ちしてるぜ! しかも、めちゃくちゃ可愛い! あれ、噂の読モの子じゃね!?」
にわかにざわつき始める教室。心当たりのあった蓮は、大慌てで校門へと向かったのだった。
「すみません……。ユウさんとシアちゃんに頼まれて、あまり深く考えずに来てしまって……。よく考えたら、他校の生徒が校門前にいたら、目立ちますよね……」
「ああ、いいんだよ……。俺のために来てくれたわけだし。まぁ、明日適当に理由考えて説明しておくから」
アイリスこと、
今は、学校からだいぶ離れたところまできたので、周りの生徒の数も減ってきたが、学校近くでは同級生にも多数目撃されていたことから、明日は質問の嵐になることは容易に想像出来た。
「身体の方は大丈夫ですか? 昨日は学校も休んでたと聞きましたけど」
土曜日のテストプレイの後、家に帰ってきた蓮はひどい頭痛と目眩に襲われていた。日曜日は、ほとんどベッドから出られず、月曜日も体調が悪いと言って学校を休んでいた。
今日になって、ようやく頭痛はおさまったものの、まだ軽い目眩が残っていたので、朝の通学時は
しかし、帰りは悠は塾、美結は中学の花壇の世話があるとのことで、同じ町内にある女子校に通っていた綾が、下校時に蓮に付き添えないかと、二人から相談を受けたらしい。
下校時はアイリスが来てくれるから、と悠からメッセージが届いた時は、スマホを落としそうなほど驚いた。
ちなみにセレナは県外に住んでいたので、付き添いの候補になっていなかったのだが、本人は行ってもいいけど、と意外と乗り気であった。
「ああ、もう平気。悪かったね、わざわざ来てもらっちゃって。下校時の付き添いなんていらないって言ったのに、あの二人、心配性だから……」
「いいんですよ。私も今日は塾もなかったですし、ちょうど会って話したいこともあったので」
「そういえば、俺だけ先に元の世界に帰されたから、あのあと、あっちの世界でなにがあったのか知らないんだけど、どういうやり取りがあったんだ?」
蓮の質問に、綾は順を追って丁寧に説明してくれた。
あの後、怪我人を回収して、街まで転移して戻って来たものの、英雄のほとんどはショックのあまり憔悴してしまっていた。
ロベルトは無事に生きているとアンナから説明を受けても、現地での悲惨な状況を目の当たりにした者たちは、もう二度と異世界に来たくはない、早く元の世界に帰して欲しいとの意見が多数派だった。
結局、ほとんどの者は、異世界での記憶を消され、当たり障りのないVR機器のテストをしたという偽りの記憶を刷り込まれて、家に帰っていったらしい。
「私たち以外だと、再召喚に同意したのは、ほんの数人程度でした。アンナさんは悲しそうな顔してましたけど、怖い思いをさせてしまったのだから、しょうがない……と」
「アンナさんにとっては、自分たちの世界の守り手になってくれたかもしれない英雄が、ごっそりと抜けてしまったからな……。すぐに新しく召喚するってわけにもいかないみたいだし……」
「ええ。だから、私たちが再召喚に同意するって言ったときは、すごく喜んでました。蓮さんは、次の日にメッセージで確認されたんですよね?」
「ああ、異世界の状況を知らなかったから、軽い気持ちで同意しちゃったんだけどね。そのあと、アンナさんからめちゃくちゃ長文の感謝のメッセージが来てびっくりしたよ……」
「それだけ、期待されてるってことなんでしょうね。それはそれで、ちょっと、怖いですけど……」
綾の言葉のトーンが、少し下がった。
「怖い?」
「ええ、私なんかが、そんな期待に応えられるのかな、って。あっちの世界の人たちからすれば、私たちって世界の命運を左右するような存在だと思われてるわけですから……。土曜にテスト会場に行った時は、そこまでの覚悟を持って行ったわけじゃなかったですからね。こんな、いい加減な気持ちでやってもいいのかなって……。もちろん、期待されてるなら、それに応えたいっていう気持ちもあるんですけど」
綾の言葉に、蓮も頷いた。
「その気持ち、わかるよ。俺も、ショウって人に言われた時に、とっさに言い返せなかったことがずっと気になっててさ。観光客とか英雄ごっことか、確かにそんな浮ついた気持ちでいたことは事実だなって。そんな気持ちで、英雄なんて言われて持ち上げられて、このまま流れで異世界に干渉していってもいいのか、って。休んでる間、ずっと考えてたんだ」
「……なにか、答えは出ましたか?」
綾の、どこかすがるような問いかけに、いや何も、と苦笑いを浮かべながら蓮は答えた。
「でもさ、こうも思ったんだ。世界を救うとか、英雄になりたいとか、そういう大それたことじゃなくてさ。もっと単純に、アンナさんとか、エレノアさんとか、俺たちと知り合ったあの世界の人たちが困ってて、俺たちみたいな存在がその助けになるっていうなら、出来るだけ手伝ってあげたいって。その気持ちは、少なくとも間違ってないって、そう思ってる」
上手く伝えられているか自信はなかったが、少なくとも素直な気持ちを言葉にしようと、蓮は必死に言葉を紡いだ。
「うん……うん。そうですよね。すごく、いいと思います、その考え方」
その思いが伝わったのかどうかはわからないが、綾も蓮の言葉を噛みしめながら同意してくれたようだ。
「それに、冒険したい楽しみたいっていう気持ちも、正直あるしさ。まだまだ知らない場所に行ってみたりとか、遺跡の謎を解いてみたいとか、あっちの世界のことをいろいろ知りたいって思う。そう思えるうちは、召喚に応じていていいんじゃないかな」
「そうですね。……やっぱり、今日、蓮さんを迎えに来てよかったです。なんだか気持ちがすっきりしました、ありがとうございます」
迷いが吹っ切れたのか、綾が笑顔でそう言った。
蓮も笑顔を返しながら、だが、頭の中では、ずっと引っかかっている事を思い出していた。
蓮が異世界で最後に使った戦技。
アダマンタイト製の鎧を真っ二つにするほどの威力を持ったあの戦技は――蓮の知らない戦技だった。
火属性の両手剣用の技系統であることはわかる。だが、ゲーム内でも、あの戦技は存在していない。
鎧が立ち上がり、アイリスに棍棒を振り下ろそうとした時、助けなければと強く思ったが、どう助けるかまでは意識できていなかった。
あの時は、本当の意味で、身体が勝手に動いたのだ。それは、明らかに他の戦技を使う時とは異なった感覚だった。
なぜ何の知識もない、知らないはずの戦技が使えたのか。あの時、脳裏に一瞬だけよぎったイメージはなんだったのか。その謎を、蓮は解きたいと思っていた。
「じゃあ、早速、今日の夜も、向こうの世界に行かないといけませんね。アンナさんから、さっそく来て欲しいと連絡が来てましたから」
考えにふけっていた蓮を、綾の言葉が現実に連れ戻した。
「あぁ、そういえば、メッセージが届いてたな。夜ならみんな集まれるはずだから、一緒に行けるだろう。一度召喚に成功していれば、各自の家から召喚できるんだっけ?」
「ええ、ヘッドマウントディスプレイに専用のソフトが送られてきてるはずなので、それを使えば家のベッドから異世界に行けるそうです。でも、それには、まず宿題を片付けないといけませんね。確か、休んでいた分の宿題も、今日、たくさん出てるんですよね?」
「うっ……なんでそのことを……」
「ふふ、今日、迎えに来たのは、実はそっちの件の方が大きかったりするんですよね。ユウさんから、『グレンはほうっておくと絶対、夜までに宿題終わらせないから監視してて』って頼まれてるんですよ」
「ユウめ……こういうところ、本当に抜け目がないんだから……」
「分からないところがあったら、私が教えますから。一緒にがんばりましょう」
「うう……それはありがたいけど。今晩、異世界から帰って来てからじゃダメかな? あ、なんなら異世界で宿題やるっていうのは?」
「ダメです! さ、駅前に勉強するにはちょうどいい――」
二人の会話は、青からオレンジ色のグラデーションに彩られた空に吸い込まれて、徐々に小さくなっていった。
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ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて第1章完結になります。
続きも考えてはいますが、書くとしても、ある程度書き溜めてからの投稿になると思いますので、投稿は少し先のことになると思います。
もしよろしければ、作品フォロー、★の評価などよろしくお願いします。
放課後の英雄たち~やり込んだVRMMOは異世界人が運営する英雄育成シミュレーターでした~ 鵜鷺冬弥 @usagitouya
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