第42話 SS

「いやはや、驚いたね。訓練ブースでのテストの詳細データが、ようやく出てきたと思ったら……」


 執務室の粗末な椅子に腰掛けながら、エレノアの持って来た書類に目を通していくレオン所長。


「この数値に間違いはないのだね?」


 薄暗い部屋。部屋の電気は点けられておらず、デスクの上の小さなスタンドライトだけが控えめな光を放っていた。

 その光を受けて、暗闇の中にエレノアの姿がかすかに浮かび上がっていた。エレノアの落ち着いた声が、レオン所長の質問に答える。


「はい。3つの班に、別々のアプローチで検証させ、ほとんど同じ数値があがってきました。最終的なデータとして確度の高い数値になっていると思われます」


「しかし……まさか彼の方だったとはね。私はてっきり、魔法使いの少女の方がそうなのだと思い込んでいたよ」


 左手で持った書類の束を、右手の甲でポンポンと叩きながら所長が言う。

 驚きを隠せず興奮気味な所長とは対照的に、エレノアが事務的な口調で答えていく。


「彼女の場合、単に『頑丈な城壁でも破壊可能な魔法を使用した』というだけの話ですから。もっとも、召喚されて間もない状態で、そんな高レベルの魔法を使用できたこと自体、十分、Sランクに相当するポテンシャルを秘めているといえます」


 顔の角度が変わり、光の反射で見えなかった眼鏡越しのエレノアの目が見えるようになった。


「ですが、彼は違います。彼が使用したのは、せいぜい中レベルの戦技。こちらの世界の戦士でも、それなりに経験を積んだものであれば、普通に使用できる程度の技です。その技で彼は、高耐久の金属で作られ、数々の魔法によって防御力を高められた、訓練用の人形を破壊してしまったのですから。もしも、あの時、彼が最高レベルの技を使用していたとしたら……」


「使用していたら?」


「良くてこの研究所が半壊。下手をすれば、近隣の街に被害が出ていた可能性すらあり得ました」


「なるほど、つまり彼の方こそが……」


 レオンが分厚い書類をデスクの上に放り投げる。

 そこには、グレンの顔写真と、様々な数字が所狭しと羅列されていた。


「はい。ダブルS。いまだ召喚例が2人しか確認出来ていない、最高峰の英雄。その3人目になります。しかも、数値的には、過去の2人の倍近いデータが観測されています」


 その書類に書かれたグレンの写真に、赤いインクで「最高機密」と「SS」と書かれたハンコが押されていた。


「つまり……彼ならば、一人でドラゴン魔神デーモンをも倒しうる英雄になれる、ということか」


「一人でドラゴン魔神デーモンを? まさか、ご冗談を」


 さすがに言い過ぎだったかとレオンが残念そうな表情になるのを見て、エレノアが笑みを浮かべながらこう続けた。


「彼ならば、それよりも遥かに強力な、古代龍エンシェントドラゴン魔神王デーモンロードですら倒しうるでしょう。それほどのポテンシャルを秘めております」


 その言葉に、老眼鏡越しのレオンの目が見開かれた。


「……素晴らしい」


 レオンは立ち上がり、窓際の方へと歩いて行く。


「彼は今、どうしている?」


「アルファリア大森林での戦闘後、しばらく意識を失っておりましたが、数時間後に目を覚ましました。肉体には、かなりの負荷がかかっており危険な状態でした。ですので、すぐに送還処置をし、元の世界に帰しました。観測データ上は精神体の方に問題はないでしょう。肉体の方も、修復処置をほどこし、万全の状態にまで復活させております。現在は、シチュエーションB6で対応しており、必要であれば、いつでも再召喚が可能な状態となっております」


「そうか……ならばよい」


 地球の物を模倣したと思われる、窓にかけてあったブラインドを押し下げ、外の景色を見るレオン。外は、夜の都市が広がっており、城へと続く大通りには、家路を急ぐ人で賑わっていた。

 外からの光が老眼鏡に反射し、レオンの表情を隠した。


「ところで……例の件。彼らに気付かれていないね?」


「……はい、もちろんです。彼らは我々の用意した設定を信じ切っておりますので。英雄たちはもちろん、職員ですら知っている者は極少数の状態を維持しております。情報は完璧に統制、管理されております」


「良いことだ。このまま、彼らには何も知らないまま、英雄ごっこを楽しんでもらおうじゃないか。それが、お互いにとって一番良い結果をもたらしてくれるだろう」


 ブラインドを押し下げていた手を引っ込め、身体ごとエレノアに向き直るレオン所長。

 その顔は、笑っているとも、悲しんでいるともとれる、なんとも言えない表情を浮かべていた。


「世の中……知りすぎても良いことはないのだからね」

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