第41話 暗躍する者

 暗い夜の森の中を、音も立てず疾走する者がいた。


 マントとフードで身体を覆っているが、時折見える手や顔が特徴的な青白い肌をしており、その者がダークエルフであることを示していた。

 だが、フードが風にあおられた時に見え隠れする顔は、怒りの表情に満ちており、少し赤みがかっているように見えた。


 彼の怒りの原因は、あの人間たちだった。

 最近、異常な身体能力を持つ人間がいるという噂を耳にしていたが、まさかあれほどとは思いもしていなかった。


 その人間の特異個体に、数ヵ月も準備してきた計画を台無しにされてしまったのだ。

 今の状況は、このダークエルフにとって、屈辱にまみれた敗走に等しいものだった。


 比較的平和だった人間の支配地域の南方に、ゴブリンキングを住まわせることで、緊張状態を作り出す。それが、故郷の森の長老たちから、このダークエルフに与えられた任務だった。

 人間の勢力は、少なくない戦力をこの地に割くことになり、彼ら本来の目的を進めやすくなる予定であった。


 ゴルドザは狡猾で慎重でもあったので、長期間、人間の戦力を割くことが目的の今回の任務には最適かと思われた。上手く討伐されないように立ち回りつつ、南方の人間たちに脅威を与え、長期間、人間の軍事力を削いでくれるはずであった。

 そのために、わざわざ貴重なアダマンタイト製の鎧を報酬として用意し、遠い東方の森から移動させてきたのだ。


 ようやく準備が整い、これから作戦が本格的に動き出すところまで辿り着いた矢先に、今回の出来事が起こってしまった。


 下等種族の人間相手の任務など、さっさと終わらせて故郷の森へと帰りたかった。将来を有望視されていた自分が、このような辺境で奔走しなければならない状況が我慢ならなかった。

 それゆえ、功を焦っていたといえば、そうだったかもしれない。正直、人間を甘く見ていた節はある。


 自らの欲望を優先させがちなゴルドザに一抹の不安はあった。

 自己顕示欲が強く、人間をいたぶるのを好むため、つけいる隙も多いとは思っていたのだが、人間相手ならば十分だろうと思っていた。

 多少の油断はあったとしても、それを補う意味でもアダマンタイト製の鎧を与えたのだ。余程のことがない限り、失敗しないだろうと、計画はゴルドザに丸投げし、自分は時折様子を見に来る程度だった。


 今回、ゴルドザにとっては、鎧を手にしてから初めての人間との戦闘になるので、その性能を試したくなるだろうとは予想していた。

 だから、わざわざ様子を見にやってきたのだ。大きな木の上で、姿隠しの魔法を使い、一部始終を観察していた。

 姿隠しの魔法を使い、人間のリーダーらしき人物に大怪我を負わせると、案の定ゴルドザは、配下のゴブリンをあえて下がらせた。数の優位を捨て、自らの手で人間を駆逐することを選んだのだ。


 ゴルドザらしいそのやりとりを呆れながら見ていたが、人間の新たな一団がやって来てから状況が変わってしまった。

 ゴルドザの一方的な殺戮だったものが、非力ながらも見事な連携を見せ善戦し、ついにはゴルドザを倒してしまった。


 物理攻撃には絶対的な耐久力を持つアダマンタイトで作られた鎧は、人間の能力では太刀打ちできないはずだった。現に、数々の攻撃を跳ね返し、傷一つ付かなかった。

 だから、魔法にさえ気をつけていれば、時間はかかってもゴルドザの勝利は揺るがなかっただろう。

 なのにゴルドザは、まんまと人間たちに翻弄され、致命的な魔法の一撃を食らってしまい命を落としてしまった。


 それは、ダークエルフの計画の失敗をも意味することであった。

 まさか、人間ごときに古代語魔法の、それも禁呪に分類される高度な魔法を扱うことが出来るなどとは思っていなかったので、ゴルドザを手助けするタイミングを逸してしまったのだ。


 深く後悔したが、後の祭りである。

 このまま終わらせてはなるものかと、せめて、何人かの特異個体は始末しようとした。


 ダークエルフには、奥の手がまだひとつ残されていた。

 万が一、ゴルドザが裏切っても対応出来るように、アダマンタイトの鎧に傀儡の秘術を仕込んでおいたのだ。その秘術を使えば、数分ではあるが、鎧を彼の意のままに操ることが出来るのだ。

 よもや死体が動き出すと思っていなかった人間たちは、ろくな対応もとれないだろう。2、3人くらいは始末できると思っていた。


 ――あの人間の一撃をくらうまでは。


 あの魔法戦士は要注意だ。


 それまで傷一つ付かなかったアダマンタイト製の鎧を、たった一撃で斬り伏せてしまった。


 そう。壊れたり、割れたりしたのではない。斬られたのだ。

 熱した刃物でバターを切ったかのように、一刀の下、真っ二つに斬られてしまった。鉄製の鎧だったとしても、ああも見事に剣で斬るのは至難の業だろう。

 それを、あの人間の特異個体は、アダマンタイト製の鎧でやってのけてしまったのだ。 


 一部始終を目撃していてなお、信じがたいことだった。


 計画は大きく変更を余儀なくされてしまったが、あの人間の個体を観測できたのは大きな収穫だったかもしれない。


 この借りはきっと返すと決意しながら、ダークエルフは夜の森の奥へと消えていった。

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