エンドロールー裏

「フフ、フフフ、フフフフフフ…………!」


 全てが終わった日の夕暮れ。朱色の陽が地平線へと沈んでいく光景を見ながら、海神セインは嗤う。

 自室で大きなソファに腰掛け、終幕の後の余韻に浸る。

 

 思い返すのは今日この場所で行われた最高の舞台。

 背負った困難を乗り越え、強大な敵に打ち勝つ。ありきたりで平凡な、しかし確かな輝きを放つストーリー。青臭い戯言を大真面目に叫ぶような話は昔から彼女が好むジャンルの一つだった。


「まさか私から主演の座を奪うだなんてね……」


 セインはいつだって世界の中心だ。誰もが彼女の輝きに見惚れ、彼女という存在を得て輝きを得る。

 それは生き物が呼吸をしなければ生きていられないのと同じように、植物が光合成をしなければならないのと同じように。まさしく自然の摂理。彼女がそれを疑うことは今までも、そしてこれからも無い。

 

 だが今日この日だけはセインは産神アサヒという存在キャストの助演に甘んじた。

 勿論そんなつもりは一切無かった。自分ならもっとスマートに敵を倒せただろうと言う確信が彼女にはある。しかし北風ヒナタを基の姿に戻すという完全なる大団円の道の扉は、彼女には決して開けないものだった。


「ククク……。やはり世界というのは面白いね。北風ヒナタが神具を得るところまでは予想通り。だけどまさか最後の敵が彼女になるなんてことは予想できなかったな」


 当初の想定は吸血鬼カロン。それを倒した北風ヒナタが神具の力に魅入られたところを私とアサヒで説得し、終わらせる。それがセインの書いたシナリオ。

 だが現実がそうはいかず、彼女は異形の怪物をなり果てた。

 それでも尚、彼は戯言を通して見せたのだから感服する他ない。


「アサヒ……。やはり君は素晴らしいよ! あの日の私の目に狂いは無かった……!」


 セインが思い浮かべるのは彼女が最初に彼を見た社交パーティの会場。隅でジュースを飲みながら、アサヒはいつかこの場に居る全員に目に物を見せてやるんだという闘志に溢れていた。

 しかしそれ情熱は悲しき出来事に一度は鎮火し、しかし微かな篝火は残っていた。


 それが今日、新たな情熱の火種となったことは間違いない。


「君なら次はもっと素晴らしい物語を紡げるんだろうね。それはきっと面白いんだろう。興奮し、感情を昂ぶらせるものなんだろうさ」


 主演とはいつだって輝いているものだ。そしてアサヒは間違いなく輝いていた。


「ずっと主演は一人で良いと思っていたんだ。だけど違うね。この世界における主演は私と彼こそが相応しい……」


 セインの顔はこれ以上無い程に輝いている。それはまるで全く新しい玩具を手にした時の子供のように。その様は普段雑誌やテレビ等で彼女を見ている人間のイメージとは大きくかけ離れていることだろう。

 彼女自身もそれを自覚しつつ、グラスに注がれた水を飲んでいる。その時、コンコンとノックの音がした。


「……どうぞ。開いているから入っておいで」


 失礼します。扉の向こうから声がする。

 一人の少女がセインの前に歩いてくる。


「やあヒナタ。後輩の君から話したいことがあるなんてね。私は学園に居ない時が多いから、こういう機会は少ないんだ。先輩として嬉しく思うよ」


「私もあの海神セイン先輩と話せて光栄です。この間のイタリアでのファッションショーも見ましたよ。皆テレビに釘付けになっちゃって、もう大変でした」


「ハハハ、そうか。それは良かった」


 ヒナタは笑顔でセインにそう言い、彼女も笑顔でそれに応える。

 一見すれば有名人と会話する身内にファンの居る一般人の図。

 しかし室内の雰囲気はとても穏やかなものではない。何せ、彼女の瞳はまるで笑っていないから。


「先輩。私は腹芸とかできないので単刀直入に言わせて貰っても良いですか?」


「勿論。直接的な言い回しは好ましく思うとも」


「――――――あなた、お客さんを洗脳してましたよね?」


 セインのグラスを回す手が一瞬止まる。少しだけ蒼い瞳が細められる。


「だっておかしいじゃないですか。本来蜘蛛の怪物が出た時点で閉園処置が必要でしょ? なのに何の音沙汰も無く一日が過ぎて、今日もまだ人が居る。あれだけの被害が出れば誰だって逃げるのに、何も無かったかのように皆過ごしてる。誰かが何かしたとしか思えない」


「あの吸血鬼が行ったという可能性も、あるんじゃないかい?」


「吸血鬼カロンなら私が殺しました。けど洗脳は解けなかった。私がファミリアになって暴れている間にも、彼らはまるで何も知らないかのように居ましたよ。姿を認識して、漸く思い出したみたいに悲鳴をあげる。こんなの、洗脳されているとしか思えない」


 ヒナタは確信しているかのような表情で問いかけてくる。

 そこにあるのは重苦しいまでの殺意と疑念。しかしそれを前にしても海神セインは怯まない。

 それどころか、面白いとでも言いたげに微笑んで見せた

 

「そうだよ? よく気がついたね」


 まるでマジックの種を明かすマジシャンのように、セインが告げる。

 そこに籠められているのは純粋なる賞賛。

 理性を失った暴走状態で良くぞ見抜いたとでも言いたげな、喜色だった。


「……あなたの持っている神具アーティファクトの効果ですよね? それで皆をこの場に縛り付けた」


「……それで?」


 セインは首を傾げながら笑顔で尋ねる。表情は何一つ歪まない。それは誤魔化しなどは微塵も無い、純粋な疑問。

 

「下手をすれば皆死んでましたよね? なのにどうして逃がさなかったんですか? わざわざ洗脳までして縛り付けた理由は?」

 

 今度はヒナタの目が細められた。

 今回の案件は一寸の疑問の余地無く魔導省案件。本来なら学生だけで対処するなんてありえない。自分から踏み込んでいった彼女が言うことではないが、それでもそうであることは当然理解していた。


 だから誤魔化しは許さない。逃がしもしない。ここで全てを包み隠さず曝け出せ。

 そんな脅迫染みた意思の籠った瞳。しかしセインは揺らがない。

 

「……知り合いとの約束でね。情報を外に漏らす訳にはいかなかった。何せ、相手は国家権力だからね。下手に逆らえば私の将来に影響を及ぼしかねない」


「……黄泉坂君ですか」


 セインは肯定も否定もしない。ただゆっくりとグラスの中に水を注ぐ。硝子に映った彼女の顔が歪んでいく。

 それはまるで表情の奥にある真実を映しているかのようだ。


 一方でヒナタは何も言わない。セインの発言に淡々と思考を巡らせる。

 確かに彼女の言うことには筋が通っている。海神セインという名が万が一にも汚れれば、大勢の人間に不利益が生じる。彼女個人としては気にいらないが、それでも理解はできる。


 だがしかし。それで納得ができるかと言えばまた別であり。かつ彼女にはどうしても拭えない違和感があった。


「……もうインターネットは復旧してるので、色々調べたんですよ。魔導省のこととか、五大旧家のこととか」


「…………」


「黄泉坂君は国家魔導士。確かにその影響力は計り知れません。未知の力も持ってますしね。だけど先輩の実家、海神家程じゃないですよね?」


 五大旧家。それは遥か昔の神話の代から続く由緒正しき魔導の名家。

 古くからこの国の中枢に関わってきたその家はそれぞれが非常に強力は権限を持っている。

 それはたった一人の国家魔導士などとても比較にならないレベル。


「先輩は海神家の一人娘……。しかも世界を股にかけて、この巨大な都市の運営権すらも持っている。権力を握るには未熟とい訳でも、ご両親に徹底管理されている訳でもない。私はあなた個人でも彼の要求を突っぱねるだけなら何一つ問題にはならないんじゃないかって、そう思うんですけど」


 ましてやそれ程の名家の令嬢に国家魔導士が迫ったなんて事実、大問題だ。

 だがヒナタにはそのことは一旦置いておくべきことであった。黄泉坂グリムも確かに怪しい。

 しかしそれ以上に、目の前の女の方が遥かにおかしい。そう感じていたのだ。


「教えてください先輩。……どうして皆の洗脳を? どうして逃がさなかったんですか?」

 

 ヒナタの体内に残された魔力が唸りをあげる。既に彼女が勘づきつつあった。

 目の前にいる、この女は。


「――――フフフ」


 邪悪だ。


「私はね。舞台とは皆で共に作り上げるものだと思っている。演者が輝き、観客が盛り上がったその時こそが舞台が最高潮」


 セインの口角があがる。まるで夢を語る子供のようにキラキラと。


「私の立つ場所全てがエンターテインメント。生まれながらのスターである私は世界の中心に立ち、光を与える責任を背負っているのさ」


「……それが一般人を危険に晒すことにどうつながるんですか?」


「簡単だよ。私が皆を輝かせる責任を負っているように、皆も私を輝かせる義務を負っている。そのために死ねるなら、彼らも本望のはずさ」


「…………は?」


「ああ、勘違いさせてしまったかな? すまない死ななければならないと言っている訳では無いんだ。それは演目次第だし、どんなジャンルでも観客が減ってしまうのは悲しいものさ。だけど考えてみてくれ。舞台の演出の一環として彼らを巻き込むということはそのまま舞台の盛り上がりに繋がるだろう? その瞬間彼らはただの傍観者では無くなり、私達と混然一体になるんだよ! そしてそれは周囲に伝播する。次は私が死ぬかもしれない、次は僕が。そんな臨場感は全て! 私の輝きを助長させるエネルギーになるんだ。彼らの存在があるからこそ、舞台はより一層盛り上がるというものさ!」


 ヒナタはセインが何を言っているのか、全くわからなかった。

 舞台? 観客? 臨場感?

 何を言っているんだこの女は。


「――――それに滾っただろう? 慟哭の中で叫びをあげる復讐者という役所やくどころは」


 しかし同時に彼女が嘘を言っていないということもまた理解した。

 海神セインはそんな馬鹿げた理由で人を殺せる。そういう存在だと、理屈抜きで理解してしまった。

 ヒナタの直感は確信へ変わり、また僅かに迷いのあった殺意が完全なものへと変わる。


 そして殺意は、炎へと変わろうとした次の瞬間。

 

「――――まあ、落ち着いてくれないかい?」


 一瞬で鎮火した。

 込み上げていた殺意が奥底にまで押し戻される。

 セインの囁きを受けた瞬間に、全ての滾りが収まった。収められた。

 その声に意識を向けるよりも先に、身体が反応してしまったのだ。


 同時に見えた。セインの中にある異常なまでの魔力。それは快晴の空の下で穏やかにせせらぐ水面。しかし一度荒れ狂えば未曾有の大災害へと変わる。

 そして彼女にはそれを引き起こす力がある。


「――――――」


 ここで争っても、勝てない。そも相手には争う気が無い。戦いにすらならない絶望的なまでの格差が、今の両者には存在している。


「…………帰ります」


「また来ると良い」


「来ますよ。私はもう迷わない。……お前みたいな存在を殺すために、強くなって帰って来る」

 

 言い終わると彼女が部屋を出て行く。

 今日に至るまでずっと、彼女は己の無力を痛感してきた。

 しかし無駄ではない。運良く死者を出さずに済んだ。神具アーティファクトに触れ、真なる欲望思いに触れ、自分の中にある決定的な何かを掴んだ。


 自身がもっと強くなれるという確信が彼女の中には存在している。

 ポケットの中の通信魔道具スマホを取り出し、電話をかける。

 スピーカーからは自身の勝手な行動に怒り心頭の師匠の声が響く。


 だが、彼女が淡々と告げる。


「帰ったら、相手してください」


 原作にて強く輝かしい存在になるはずだった北風ヒナタはもう居ない。

 たくましさを秘めながらも、どこかおどろおどろしさを孕んだ彼女の行く末は世界ですらも予測できない。

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転生馬鹿息子系悪役は主人公達を倒したい~世間的には邪道と言われているやり方だろうが関係ないねぇ!~ 甘党からし @amatougarasi

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