エンドロールー表
終わった。
短く途切れる息だけが続いている。
それはまるで夢中になっていた試合が終わり、体力も気力も全て使い切った後のような。
緊張の糸が完全に切れ、身体に降りかかる重力をただひたすらに感じているあの状態。
命をかけた戦場で用いるには相応しくない表現かもしれないが、それはそれ。
経験不足の若造がどうにか絞り出して表現なので、そこはどうか勘弁してほしい。
「――――――」
「――――――」
カランと何かが地面に落ちる。金属とアスファルトがぶつかった音。
多分怪物の中にあった
(
頭が上手く回らない。
どーでも良いことばかりが浮かんでくる。ああ、腹減った。
昼飯まだ食ってないや。
「……てか今何時だっけ?」
近くに時計が無いか探していると、足音が聞こえる。
主は多分黄泉坂。断続的な呼吸をする人間で歩けるとしたら、あのクソしか居ない。
俺はもう指一本も動かせないし、北風に至っては気絶している。
「……
コイツ、まさか持ってくつもりか?
自分は何もしてない癖に? ただ斬られてただけの癖に!?
「……おいざっけ――」
口だけを動かしてどうにか抗議しようとした時、それよりも先に口を挟んだ者が居た。
海神セインは大剣に手を伸ばそうとする黄泉坂を遮り、先にそれを拾う。
「これは魔導省に提出する。何、安心すると良い。君の単独行動は黙っておくさ。偶々迷い込んだ客が見つけた。そういうことにしておくよ」
セインの服や肌には傷一つついていない。
一応彼女も彼女で怪物化した北風と戦り合っているはずなんだが。
俺との実力差が浮き彫りになっているみたいで、ちょっとショックだ。
「……俺が提出する」
「君ボロボロじゃないか、すぐに治療した方が良い。その状態で帰ったら、
ニコリと微笑んで提案するセインに、黄泉坂は小さく舌打ちを溢す。
わざわざ内緒でここに来たのに全てが台無し。そんな様子に俺は思わず笑みがこぼれる。
(ざまぁみやがれクソ野郎が)
まあそうは言ってもアイツもアイツでできることはやったけどな。
もし居なかったら、魂の在りかを探す前に当たり一面が火の海に――――、なんてことがあり得ただろう。
やっぱりファミリアは人間が心の底で抱いている黒い欲望を肥大化させるらしい。
欲望のままに暴れ、理性を消失させる。それが絶大な力と引き換えに受けるリスク。
「……『遊園地狩り』も、後少し遅ければ助からなかった」
埋め込まれた魂が元の魂と完全に同化すれば、その時点で助からない。
分離させようにも全部丸ごといかなくちゃいけなくなっちまう。
そうなれば本末転倒。全てご破算だ。
(ま、定着するまでは数日かかるみたいだけど……)
ただ、俺が今日方法を見つけたように、奴等もまた新しいやり方を見つけるだろう。
今回の件は実験だと言っていたし、次に出てくる時はより強力かつ凶悪になっているに違いない。
今度こそ元の戻すのは不可能で、殺すしかないような、そんなものが出てくるかもしれない。
「ぶっ壊したいものが、また増えたな」
不謹慎かもしれないが、思ってしまう。
上等だ、と。
「やってやるよ、この俺が」
ああ、それにしても腹が減ったなぁ――――。
▪▪▪
カチャカチャと食器の音が聞こえる。
そこにあるのは山盛りの食事と私を含めた三人。そして、重い重い沈黙。
その原因になっているのは、間違いなく私だ。
「…………」
食器を持つ手が料理に伸びない。
皿に盛られた肉や魚が私の出す雰囲気に委縮しているようで、どんどんと固くなっていくのがわかる。
「……食わねぇの?」
アサヒ君が気まずそうに聞いてくる。
おかしい。彼が私にかけるべきはそんな言葉じゃないはずだ。
もっと口汚く罵って欲しい。そうすれば少しは楽になるのに。
私はヒーローにはなれない最低な存在だったと、諦められるのに。
「!? ちょ、おい」
焦った声が聞こえる。それと同時に何も入れていない口の中に濃い塩の味が広がる。
自分が泣いているのがわかる。
一体どういうつもりだろうか。私に泣く権利なんて無いというのに。
「泣くなよ、ほらハンカチ……「何で!」……!?」
自分でも驚く程の声の大きさにアサヒ君の肩がビクリと震える。
だけど止まらない。止めようが無い。
「どうして私を助けたの? どうして私を倒そうとしなかったの?」
涙が止まらない。一度崩壊したダムの亀裂を防ぎようが無いように、一度出た涙を止める方法を私は知らない。
ただずっと嫌っていた存在と同等の存在に成り下がった自分がどうしても許せなくて、ひたすらにやり場のない思いをぶちまける。
「私がずっと皆を守ろうって思って、自分と同じような人が出ないようにって思って、それで今まで頑張ってきたのに……。なのに、皆を傷つけて……私は、今まで何のために……」
いや、違う、本当は皆を守りたいって思ってなんかいなかった。
私の中にあったのは私から全てを奪った奴等に復讐をするという身勝手な思いだけ。
自らの奥底に溜まっていた汚泥のような感情を正当化するために絵空事の中のヒーローが語るような、そんな耳触りの言い言葉で蓋をしていたに過ぎなかったのだ。
「……結局私は誰かを守れるような人間じゃなかったんだね。自分勝手な復讐だけに囚われて、周りのことなんてまるで気にしてなかった。そんな私がヒーローだなんて、烏滸がましかったんだよ…………」
零れ出る弱弱しい本音。海神先輩は何も言ってこない。ただ私達二人を見つめているだけだ。
アサヒ君は何だろう。何かを考えているように首を傾げている。
そして口を開いた。
「いや、それは違くね?」
「……え?」
違うって、一体何が違うというのか。
私は多くの人間を危険な状態に晒した、一歩間違えれば、多くの人間を殺していたかもしれないのに。
「別に悪いことしたらヒーローにはなれないなんてこと無いだろ」
おかしなことを言う。ヒーローとは清廉潔白で、誰かのために戦える人間のことだ。
他者の幸福を喜び、他者の不幸に涙を流す。そんな深い慈悲の心を持った人間をヒーローと呼ぶ。
そう、あの日私を助けてくれた彼女のように。
だが、アサヒ君の考えは違うらしい。
「ヒーローってさ、誰かを助ける人間のことだろ? じゃあお前がとっくにヒーローじゃん。だって蜘蛛怪人相手に皆を守ろうとしてたわけだし」
「けど、アレは私にとって一番大事って訳じゃなくて……」
自分のために戦う人間はヒーローとは呼ばない。他者を助けることで自らの欲求を正当化させるような人間を、誰もヒーローとは認めないだろう。
「守ろうとしたのは事実だろ? じゃあお前はヒーローだよ。お前自身がそう思ってなくても、お前はヒーローなんだよ、きっと」
正義というのは同意で決まる。それがアサヒ君の意見らしい。
何とも彼らしい意見だなと思う。
詠唱魔法が使えず、魔道具を駆使することを選んだ彼はきっと、多くの人間に後ろ指を指されてきたのだろう。
恥さらし、名家の看板への泥塗り。
言ってしまえば自身に足りないものを他の手段で補っているだけにも関わらず、多くの人間が彼の行為を悪だと罵る。
そう言われれば、そうなのかもしれない。
「それにさ、詠唱魔法が使えなくても魔導士になろうとしてる
そんなことは無い。
私だからこそ断言できる。アサヒ君は強いし、誰かのために命を張れる。
だからきっと立派な魔導士になれる。魔道具職人としても、きっと誰かを助ける魔道具を開発してくれる。
「それにさ、別に俺はお前を救ってやろうと心から思ってた訳じゃないぞ。いや、そりゃ勿論思ってはいたよ? 思ってはいたけども! けど一番は『俺が殺したくない』っていうのだよ」
ああ、そう言えばそんなことっも言っていたか。
昨日捕まった時には、命を奪うことを明確に恐れていた。実際、蜘蛛の怪物が『遊園地狩り』だとわかった時には露骨に動きが鈍っていた。
「死にたくないし、死なせたくないし。けど何もしなかったら今まで何のためにやってきたんだって話になるし。そんで全部上手くいく方法をとりあえず探してみたら偶々見つかった……。それだけだ」
もしも見つからなかったら、俺はスタート地点に逆戻りだったとアサヒ君は言う。
それを聞いて漸く、彼の言葉に納得がいった。
だって別に失望とかはしなかったから。彼がどんな人間であっても、私を助けてくれた事実が揺らぐ訳でも無し。
ただそうだったのかと思うだけだ。そして、別に彼は悪い人間でもない。
「後はほら、お前には負けたくないって言うのとかさ。俺が主人公になりたいとかそういうの。どれもこれも自分勝手でくっだらない思いだよ。だから復讐とセットででも人助けを掲げるお前は本当に凄いし、立派だと思う。それにほら、人を助けるのに資格とかいらないし、どんどんやってきゃ良いんじゃね?」
「……そっか。そうだね」
何か、少しだけ楽になった気がする。気休めかもしれないけれど、でも確かにそうだと思える。
私は何も変わらなくて良いのかもしれない。
復讐心とはまあ、上手く付き合っていくことにしよう。
「それにさ。俺はちょっと嬉しかったよ。昨日話した時はマジで戦う完璧ヒーロー! って感じだったからさ。お前にもそういうみっともない部分あるんだなって思って」
「何それ、最低の共感ポイントじゃん」
「うっせぇ」
私達は笑い合う。
お互いの距離が深まった気がする。
「…………食おうぜ。冷めちまうぞ」
「うん、そうだね。……いただきます」
手を合わせて、お肉を口に運ぶ。
少し冷めていてしょっぱいけれど、この味も全て明日への活力に変わる。
今日あったこと、昨日起こったことは決して無駄じゃない。大事なのは受け入れて、折り合いをつけて進むこと。
師匠の言葉だ。施設の中で泣いていた時、彼女が私にかけてくれた言葉。
それがあったから、未来に前を向けることができたのだ。
「アサヒ君」
「ん?」
「ありがとうね」
「おう」
カチャカチャと食器の音と食べ物を咀嚼し、飲み込む音が聞こえる。
空気中を漂っていた重さは霧散し、少しずつ場が明るくなっていく。
「良いじゃないか。最高のエンドロールだ」
海神先輩がニコリと笑った。
お食事、御馳走様でした。
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