第31話◆千ノ紀神社

「うひゃ~、めっちゃ山の中~。木と土の香りが気持ちいい~」

 石の階段を登りきり鳥居をくぐったところで、うっかりでっかい独り言が漏れてしまった。

 よかった、近くに人はいなかった。


 左右を木々に挟まれた石の階段を登った先は、都会の住宅街の一画だとは思えないほどの自然の木々に囲まれた神社。まるでどこかの田舎の古い神社に迷い込んだ気分。

 実際は然程長くない階段。だがその階段があまりに神聖な雰囲気で、体感的には随分長い階段だったように感じた。

 一歩登る毎に身を清められているような気分になる階段だった。


 階段を登りきったところには再び鳥居。階段の下にあったものよりも大きく立派なもの。

 おそらく、この先がこの神社に祀られている存在が御座す場所。

 それを示すように階段を登りきり鳥居をくぐった瞬間、ピーンという感覚が耳の奥でいた。

 それはまさに、ココに御座す存在のお膝元に入った証し。

 だがそれは神聖な空気と共に、非常に居心地の良い自然の空気で素で独り言が漏れてしまった。

 うっかりに気付いて周囲を見回したが見える範囲に人はおらず、階段正面にある御社殿脇に見える社務所に僅かに人の気配を感じた。

 見える場所に人がいないので、落ち着いて参拝ができそうだ。

 催し物の時期以外は他に誰かいるとなんとなく気恥ずかしくてお参りにしにくいんだよな。


 周囲を見回したおりに、境内の様子も目に入った。

 俺が今いる鳥居の左右には立派な狛犬の像。鳥居をくぐってすぐの場所の脇には手を洗う場所”手水舎”があり、正面には奥には拝殿、その左に社務所、拝殿の右の奥――拝殿奥の本殿のすぐ右横のあたりに非常に大きな銀杏の木が見えた。

 拝殿前にはもう一対狛犬がいるな。こちらは鳥居脇の狛犬より一回りくらい大きい。

 そしてそれらのある境内をぐるりと囲む木々。

 それはまるでここか木々によって外部と隔てられた場所のようにも思わされた。


 強そうな狛犬の前を軽く会釈をしながら通り過ぎ、手水舎で手をすすぎ正面奥の拝殿へと向かった。

 まずは拝殿でこの神社の主様にご挨拶だ。

 この近所に住んでいるのだから、きっとこの先お世話になることがあると思う。見えざる者的な意味で。


 拝殿前の短い階段を上って賽銭箱の前まで進み賽銭を投げ込むと、木の賽銭箱の中で小銭が転がる音が静かな神社に響いた。

 学生には百円でも馬鹿にならない出費なので、百円で許して下さい!

 神様の加護も金次第。

 札束の厚さは信仰の厚さ――とまではいかなくても賽銭と加護は比例しがちである。

 祀られている存在の気分次第なところはあるが、賽銭はわかりやすく信仰篤さを示すことができるものだ。

 どれだけ賽銭を投げるかは自分の懐と信仰心次第だが、神様に御利益をわけてもらうのだから、御利益が欲しければそれだけの代償が必要のは当たり前である。

 御利益はたくさん欲しいのでお賽銭もたくさん投げたいところだが、引っ越したばかりで出費が多いので今日はこの程度で。

 時々お参りにきてこまめに賽銭を入れるので、一回の金額はこの程度で許して下さい。


 賽銭を入れた後、目の前に垂れる太い縄を揺らしてカランカランと鈴を鳴らすと、頭上からフワリと綺麗な空気が降りてきた気がした。

 それは前世にあった祝福の魔法をかけられた時のような感覚。

 心と体が少しだけ軽くなるような感覚。

 前世の記憶がなく気配に敏感でなかったらこの感覚に気付くことはなく、神社にお参りして少し気分が良くなったかなの程度で済ませていただろう。

 だが前世で培った感覚が残っている俺にはわかる――。


 いる。

 この境内、しかも俺のすぐ近くにこの神社の主がいる。

 もしかしなくても、その主は俺のことを見ているかもしれない。


 その気配を感じながら、鈴を鳴らした縄から手を離し二回礼をしてパンパンと二回手を打って目を閉じ頭を垂れた。

 この町での生活が平穏でありますように。変な者に絡まれませんように……これ以上!

 とお願いをしながら、垂れた頭の後ろにずっと視線のようなものを感じていた。

 背後にも周辺にも人の気配はない、ただ俺を観察しているような視線だけを感じた。


 ものすごくガン見されている気がして頭を上げづらいのだが、いつまでこの状態いるわけにもいかないので顔を上げて、最後に深く一礼をした。

 そのタイミングでその視線のようなものがフイッと逸れたような気がして、その直後神聖な魔力のようなものがパラパラと俺に降りかかったのをはっきりを感じた。


 こ、これは御利益というやつか!?

 なんだかガン見しすぎて、タイミングが遅れて慌てて振り掛けたような感じはしたけれど、貰えたのならありがたい。

 今までも神社に参拝をした時にこういった御利益らしき感覚はあったことはあるが、ここまではっきりと感じたのは初めてかもしれない。

 ガン見をしていて慌てて御利益を授けて匙加減を間違えたのかもしれないけれど、ありがとうございます!!

 これで平穏に暮らせるなら大感謝です! 綺麗で気持ちのいい神社なので、また来ます!!


 最後の礼を終えた拝殿を出る頃には感じていた視線は消えていたが、何故かふと気になって拝殿の右手に見える大きな銀杏の木に目がいった。

 あまりに古い銀杏の木なのだろう、その幹は俺が今までに見てきたどの銀杏よりも太い。

 大きく広がった枝には、顔を出し始めたばかりの新芽の緑が大きく広がった枝に点々と見える。

 寒い季節が終わったばかりの今はまだ枝の色が目立つが、もう少しすればそれが全て葉として開き、緑に覆われた立派な銀杏になるのだろう。

 そして秋になれば黄色く色付き、秋の日差しの下黄金に輝く姿は神々しく美しいものに違いない。


 千ノ木――千ノ紀神社。

 もしかしるとご本尊はこの銀杏の木とこの神社を囲む木々なのかもしれないな。


 ふとそんなことが思い浮かび、拝殿前の階段を下りた後大きな銀杏の木の前へ向かって歩き出した。

 銀杏の木に向かうため拝殿前にある狛犬の横をすり抜けた時、狛犬が僅かに身じろぎをしたような気配がした。

 異世界の記憶がある俺はなんとなくわかる。こいつはガーゴイル――動く石像の一種だ。

 神社にある全ての狛犬がそうというわけではないが、神社に祀られている者の影響なのか、結構な確率でこの狛犬のようにガーゴイルの一種であることが多い。


 大丈夫、大丈夫。悪戯をするわけじゃないから。

 拝殿に入った時は反応しなかったけれど銀杏の木に向かったら反応したということは、やはりこちらがご本尊なのかな。

 こちらがご本尊ならちゃんとご挨拶をして帰らないとな。

 お賽銭は賽銭箱に入れた分で勘弁してほしいけれど。


 相変わらず周囲に人の姿は見えないので人の目を気にすることなく、パッと見は神社に生えている立派な銀杏の木にお参りすることができる。

 拝殿でしたのと同じように二回深く礼をしたと二回手を叩き、そのまま手を合わせて目を閉じた。


 特に何かのお願いではなく、ご本尊様に気付きましたよってアピールと、先ほど御利益を授けてくれたお礼を伝えてすぐ立ち去るつもりだ。

 立派な銀杏の木にありがとうと、これからこの町で暮らす間よろしくお願いしますと。

 心の中でそう伝えると、上の方で何か大きな存在が居心地悪そうに身じろぎしたような気配がした。


 あまり長居して、本殿ではなく銀杏の木を拝んでいるところを、やって来た参拝者に見られたら恥ずかしいからな。

 目を開き、最後に深く一礼をしてその場を立ち去ろうとした時――。


「ワンッ! ワンワンワンワンッ!!」


 小型犬か、それとも仔犬か、かん高い犬の鳴き声が神社の裏にビッチリと並ぶ木々の中から聞こえてきた。


「ちょとぉ!? 仕事の邪魔をしないで下さい! あっちへいって下さい! 僕は配達の途中なんです! 貴方は犬なんだから魚より肉派でしょ! ていうか、犬は雑食だろ!! いつもいつも僕の仕事の邪魔をしていないで、親のとこに帰って大人しくしてろ!!」


 すごく聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 神社の裏に並ぶ木々の上の方から。


 カルの奴、木の上によじ登って何やってんだ?


 そして、その木の下でポメラニアンのような茶色い毛玉犬が、木の上のカルに向かって尻尾をブンブン振りながら吠えている。

 普通のポメラニアンと少し違うのはその毛は少しモジャモジャした巻き毛なところ。


 わかる、わかるぞ。

 このモジャモジャポメラニアン、多分普通のポメラニアンではない。

 なんとなく神聖な空気を醸し出しながら、木の上に向かって吠えているこのモジャモジャは、狛犬の仔犬では!?






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