第30話◆近所の神社

 あのなんともセンスの悪いお経カーテンなぁ……新しいカーテンを買ってさっさと取り替えようと思ったんだ。

 思ってたんだけど、夜寝ている時に窓の外で何かガタガタ聞こえるから、見ては行けないやつだと思いつつもカーテンを信じてちょっと隙間から覗いてみたんだ。


 そうしたらベランダで落ち武者の生首みたいなのがゴロンゴロン転がりながら窓に近付いてぶつかって跳ね返ってを何度も繰り返していて、それをつい見入ってしまってそいつがカーテンの隙間から覗いた俺に気付いてニタァ……って笑うもんだから、ビビリ散らして漏らすかと思ったよね。

 しかしカーテンのおかげか、よく見ると窓には直接ぶつかっていなくてその手前で跳ね返されているみたいだった。


 やだ……このカーテン、すごく優秀。やっぱ、このカーテン買い取ってずっと使お……。 ていうか落ち武者の生首が普通にベランダで転がっているのこわっ!

 魔王のアパートじゃなかったら、絶対安心できなかったやつじゃん。

 あぁ~、魔王荘でよかった。




 そんな最悪な夜を過ごした翌日は、午前中はとくに用事はなく午後はホッドミーミルの森でバイトの予定だ。

 午前中は暇なので、ホッドミーミルの森で朝飯を食った後、近所を散歩してみることにした。

 こちらに越してあまり周辺を回っておらず、初日の晩に行ったコンビニくらいしか場所を把握していないので、近所のどこに何があるか確認ついでの散歩だ。


 魔王荘と同じ通り――バス通りにはコンビニ、それからドラッグストアや八百屋、パン屋、コインランドリー、美容院などが比較的近い場所にある。

 スーパーは少しだけ距離があるが、それでも歩いて十分程度のものだ。

 スーパーすぐ近くには小学校や大型の団地や公園があり、スーパー周辺は商店街のようになっていて、そこに郵便局や銀行もあった。

 駅からは少し離れた住宅街だが、どうやら毎日の生活に必要なものは徒歩で行ける範囲で事足りそうな感じである。


 そしてそのスーパーがある商店街から五分程度歩いた場所には少し大きな神社があった。

 この辺りまでくると緑も多くなり小規模な里山が住宅の近くまで迫っている。

 神社はその里山の上にあるようで、山の木々の中を長い階段が続いているのが見えた。

 その階段の登り口手前には、車十台分くらいの駐車場があり”千ノ紀せんのき神社”と書かれた幟がいくつも立っていた。

 その感じからして、おそらくは参拝者の多い神社なのだろう。


 せっかくだからお参りをしていこう。

 この規模の神社なら祀られている者も、それなりに力の強い存在に違いない。


 妖怪や物の怪、妖なとど呼ばれる存在の中には、信仰により力を付ける者が少なくない。 元は小さな物の怪だったものが、些細な切っ掛けで人に感謝され力を持ち、それが人の利になり更に感謝され、感謝規模が大きくなり信仰となり、それにより神格持ちを呼ばれるような存在になることもあるらしい。

 そういった存在は人から見えずとも人と共存の道を選んでいる者が多く、信仰され力を保つために、信仰で得た力の一部を人に還元し信仰を得て力を維持し続けている。

 とくに神社に祀られているような存在は力が強く、それは神社の規模にほぼ比例をする。


 神社以外にも祠やお地蔵様、古くて大きな木、大きな岩、川や山などにも神格持ちが住み着いていることが多く、自然物より人工物に住み着いている存在ほど人に害が少ない傾向がある。 

 ただし、祟りを鎮めているタイプのものはこの限りではないので気を付けなければならない。


 祀られているような存在のほとんどは縄張り意識が強く、他所者の妖が住み処――神社の境内に入り込むことを非常に嫌う。

 そのため、変な妖怪に追いかけられた時は神社に逃げ込めばだいたいなんとなる。

 それで助かったなら、助けてもらったお礼をしておくとまた助けてもらえるかもしれないし、お礼の質と量によってはご利益もあるかもしれない。

 たくさんお礼のお供えをして拝み倒せば、神様も快く助けてくれるとかなんとか。


 そんな話を、子供の頃からお世話になっている駄菓子のおっちゃんから聞いた。



 えぇと、この神社は――へぇ、樹木の神様にちなんだ名前の神社か。

 なるほど紀は木。千の木、もしくは千の木を統べる者を祀る神社ってことか。

 千ノ紀は千ノ木。周囲はすっかり切り開かれ住宅地になっているが、昔はこの辺りは木々に囲まれた山の中だったのだろう。

 時代の流れで自然が減った今でも神社の周りだけは、小規模ながら山が残り木々が茂っている。

 そしてそこにある神社には、今でもたくさんの人が訪れていることが目に見えてわかる風景。

 きっとここの主は長い歴史の中、ずっと地元の人に愛され信仰されている者なのだろう。


 神社の階段脇に立てられている看板の前で立ち止まり、それに書かれている神社の由来を読み、これから参拝する神社の主のことを思いながらゆっくりと石の階段を登り始めた。



 階段手前の鳥居をくぐり、一段目に足を掛けた瞬間にすぐに気付いた。

 鳥居をくぐった瞬間、ピィンという感覚とともに急に空気が澄んだような気がした。


 これはここに祀られている者の領域に踏み込んだ感覚。

 急に空気が澄んだ気がしたのは、ここに祀られている者の格が高く、そして神聖な存在だから。 


 地元の少し大きな神社、祀られているのは神社の規模に比例した神格持ちの中でもやや強めの神格持ちだと思っていたのだが……。


 これはひょっとすると思ったより大物が祀られているのかもしれない。




 どうしよう、学生の財布でお賽銭は足りるかな?






※次回から、週2~3程度で不定期更新にさせていただきます。

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