第29話◆見えるだけで普通の人

 大潮さんちの前でつい話し込んでいると、隣の部屋から二十代中盤くらいの男性が出てきたので、声がうるさくて苦情を言われるかとビクビクしたのだが軽く会釈をしただけで済んだ。

 平日の昼間なのに意外と自宅にいる人はいるんだな。

 俺も大学を卒業したら、できれば在宅でのんびりできる仕事に就きたいなぁ。


 お隣さんが出てきたところで、大潮さんとの話を切って配達の続きへ。

 その後の配達先も、大潮さんのような先祖があちらの世界から来たという人ばかりだった。

 大潮さんの時以降は、紹介された時にうっかり自分が勇者だったと名乗らないように気を付けながら挨拶をして世間話を少ししたのだが、彼らの全てが見えるということ以外は普通の人間にしか見えなかった。

 そして遠い先祖がこことは違う世界の者だあったことを、漠然としてしか意識していないように見えた。

 見えるだけということに困り、そのことで相談に乗ってくれるのが魔王。

 それ以外は何もかもが人間だった。


 大潮さんの次に訪ねたのは、大きなお屋敷に住んでいる緑山さん。先祖はグリーンマンという植物系の妖精らしい。

 ああ、覚えてる覚えてる。魔物というより妖精とか精霊に近い存在で、古い森にいくといる、体の表面が葉っぱに覆われている以外は人に近い姿をしていた。

 その次は神社の神主をしているという大神さん。その名から連想できるように先祖はウェアウルフ――狼系の住人らしい。

 などなど他にもミノタウルスとかオークとかサキュバスとか。

 サキュバスの子孫さんには、少し期待してしまったのだが普通のお爺ちゃんだった……お爺ちゃんだった。


 そう皆、普通の人。見えること以外は。

 こちらに来たご先祖様のことは昔のことすぎてほとんど知らない。

 ただ見えてしまったことを同じ悩みを持つ親族が気付いた時、言い伝えられた祖先の話と共に魔王や魔王の関係者をこっそりと教えもらったという。

 きっとそうやって代々見える者だけに、口頭でこっそりと伝えられそれが続いてきたのだろう。

 見えるという事実から信じていたとしても、遥か昔の先祖の話。

 改めて考えてみると、少し口頭で聞いただけでまったく実感のない先祖の話に、これといった大きな感情を持ち続けることはないだろうということに気付いた。


 それに気付くと少しの安心感を覚え、自分以外にも見えるだけの普通の人がいることに、今まで自分だけが異物だと思って感じていた孤独な気持ちが和らいだ。


 魔王のところでバイトをしているとそういう人に関わることも増えてくるだろう。

 俺にできるのは配達くらいだけれど、俺と同じ悩みを持つ人の力に少しでもなれたらいいな。

 はー、バイトがんばろ。がんばって時給もあげてもらお。




 十七時になる今日のバイトは終わりの時間。

 配達から帰ってきて、夕方から夜に掛けてのピークタイムの仕込みを手伝って今日のバイトは終わり。

 驚かされることはたくさんあったけれど、何だかんだで仕事は楽しかったし続けられる気もした。


「お疲れ様、よく働いてくれた。慣れてきたら店番や配達を一人でやってもらうことになる。それとだ、部屋のカーテンを買わなければならないとか言っていたな。うちで使わなくなったものでよければあるが、カーテンを買ってくるまでの間使うか?」

 バイトが終わって魔王にお疲れ様と言おうとしたら先に言われた。

 何だか悔しいし、お下がりのカーテンもありがたくて何だか悔しい。

 そう、昨日カーテンを買いそびれて、今日はバイトで買いにいけなくて、今夜もカーテンなしになるかと思っていた。


「使う! 使います!! あ、お疲れ様っす!」

 一時的にカーテンレールに服を掛けて誤魔化しているが、隙間だらけなので光が入ってきて眩しいし、カーテレールに衣服をぶら下げるのはそのうち服の重量でレールが曲がりそうでこわい。

「そうか、ならば使うがよい。しかもこのカーテンは強力な魔除け効果が付いている故、妖も霊もこのカーテンの掛けてある窓からは出入りできなくなるぞ。なんならずっと使っていてもいいぞ」

「マジで!? それはすごくありがた……うわあぁ……」

 魔王のくせにめちゃくちゃ親切じゃんと思ってありがたく受け取ろうと思ったそのカーテン――。


 隅から隅までびっしりとお経が書いてあった。


 確かにこれはめちゃくちゃ魔除け効果ありそう。

 でも外から見られたら、変な人が住んでいると思われそう。


 でもカーテンがないからとりあえず借りた。

 あ、新しいカーテンを買ったら絶対返すんだからね!!!




 こうして俺の新生活三日目も間もなく終わろうとしていた。

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