第十四話、秋虫の鳴く頃三
十月の初め頃になった。
また、女房達を集めて、話をする。
上総に少納言、相模、その他、二人ほどがいる。
上総で五十くらい、少納言は二十九、相模も三十を二つ、三つ越したくらいの年だ。
「姫君がお亡くなりになられてから、もう、二月が経ちました。お仏前に供える物につきましては、昨日、仰せになられていたので、ようございますね?」
上総が尋ねてきた。 「ああ。総角(あげまき)なども頼む。私が男である分、そのことについては、尼寺などがあったら、そちらへも手配を」
「わかりました。後、一月ほどの事でございますから。どうぞ、お体の方には気をつけられますよう」
ゆるやかに手をつくと、退がっていった。
「まあ、あの上総さんもやはり、古参なだけはありますこと。立ち居振る舞いはお見事だけど、だからって、あんなに年を取った後も仕えたいだなんて。わたしはごめんだわ」
見送っていた少納言が、けなしているのか、ほめているのか、微妙な口調で言った。
「…少納言、聞こえているわよ。中将様のおられる前で、はしたない」
相模はひそひそと、そこは年長者らしく、注意をする。
「お二人とも。つつき合っていないで、お話の途中なのだし。ちゃんとしてくださいな」
女房の一人が呆れて、声をかけた。
「ええ、わかっていますよ。あなたの方こそ、細かいことを気にしすぎというものですよ」
相模が嫌みでやり返す。
見かねて、間に割って入った。
「まあまあ、そのように口げんかをしていないで。少しは品よくしたら、どうだ?」
「中将様。ひどいおっしゃりようですこと。口げんかだなんて。けれど、大納言様のご子息、左近少将様もそうだけれど、頭中将様も素敵な方ですわね。数日前、こちらにいらしてたのをちらとお見かけしましたけど。少将様とは違って、男らしくて、さっぱりとした気性でいらっしゃいました。顔立ちは、少し、似ていられたけど」
「頭中将様は少将の君よりは親しみやすくて、気さくな方でいらっしゃいますね。お顔立ちなども、そこはやはり、お美しいと評判だったお祖父様のお若い頃にそっくりで」
既に、六十近い古参の女房が少納言の話に受け合った。
「…頭の君が宮中の女房達に、大層、評判になっているらしいね。義隆少将はまるで、激しく吹き付ける冬の北風並に冷たくて、女房達が少しでも、声をかけようものなら、本当に、すぐに去っていってしまうのだと聞いたよ。いくら、それとなく、色っぽくしなを作って近寄っても、一向に相手にしてくれないので、真冬の君などと密かに呼び合っているとか」
私が言うと、老女房が答えた。
「それほどに、つれなくておられるのですね。もともと、生真面目なお方ですから。女人にはあまり、興味を持てないのでございましょう。まだ、十六とお若くていらっしゃいますから」
控えめな口調で、なかなか、うがったことを言う。
「こちらの中将様だって、劣るものですか。今は、夜遊びなども控えていらっしゃるから、落ち着かれていますけど。女房達の中には、毎日、心躍らせて待っている人だっているはずですよ」
相模が負けじと言い張る。
「相模も言うようになりましたね。そなたもやはり、自身の仕える主が一番だと思いたいのでしょうけど。世間で評判になるのと、周囲、ようは身内によく思われているのとでは大違いですよ。どうも、そこがわかっていないようですね。若い人はこれだから、駄目なのです」
「まあ、でしたらもっと、こちらがわかるように説明をしてくださいな。そうしてくださったら、わたし、いくらでも聞きますよ」
老女房がやんわりとたしなめるのを相模が真っ向から、言い返そうとすりのを見て、少納言が止めに入った。
「あの、とにかく、お二人とも。いさかいはやめてくださいな、お願いですから」
私も加勢する。
「そうだ。何度も言うようだが、口げんかをするんだったら、他の場所でやるように。わかったな?」
老女房はただ、かしこまって、手をついた。
相模の方は決まり悪そうにうなだれた。後、どれくらいの間、このようにしていればよいのか。
わからなくなってきたのであった。
太秦の別邸へと行っていた、という友成が西三条院を訪れてきた。
女房達が言い合いをしていた、翌日のことであった。
部屋の庇の間へ来て、座へ落ち着いた後、私は話しかけた。 「よく来てくれたね。そなた一人で、何かと、大変だろうが。私もしばらく、出かけていないせいか、どうも、気分が晴れ晴れとしないのだ。友成はどうなのかな?」
「いえ。僕自身は太秦や宮中を行ったり来たりしていますから。落ち込んでいる暇さえありませんよ」
苦笑しながら、言ってきた。
確かにそうだろうなと、思った。
私が黙っているので、友成は話し続けた。
「あの、実は洛北にある安和寺という小さな尼寺がありまして。そちらの庵主(あんじゅ)にお会いして、昔の四方山(よもやま)話などを聞いたりもしていたのです」
私はそれをきいて、不思議に思った。
「安和寺というと、かの式部卿宮様のご息女の尼君のことか。もう、五十は過ぎておられたはずだが。元気にしておられたのか?」
「とても、お元気そうでしたね。少将もよく来てくださるから、命が伸びるような心地がいたします、とうれしそうにおっしゃっていて」
友成は穏やかに笑う。
「少将殿もすっかり、病が癒えたようだね。見舞いをしてもよかったのだが。大納言様もさぞかし、あのようにすぐれたご子息がおられると、鼻が高くていられるだろうな」
「鼻が高い、ということはないでしょうが。けれど、『我が子がいろいろと補佐してくれるから、ありがたいこと限りない』と僕の前でおっしゃっていたことはあります。まあ、騒動を起こす娘を持った分、しっかりとした息子がいてくれるのは心強いといった意味なのでしょう」
弟の返事に、それは確かにいえている、と思った。
「それはそうと、兄上。今度から、僕も宮中に頻繁に顔を出さねばならないのです。宿直の役は武官がやるものなのですが。主上より、特別に御下命がありまして」
さすがに、口に出してははばかられるので、声を低くして言う。
私が喪に服しているため、代わりに頭中将が責務を果たしているらしい。
参議が一人欠けても、そんなに問題ないが。
近衛府の次官となれば、代役は少ない。そこで、急遽、左近少将と右近少将を呼び寄せようとしたらしいが。
左近少将こと義隆殿は火事の件で、体調を崩し、参上するどころではなかったらしい。
だが、代理で権官をお召しになられたので、よかったのであった。
けれど、その義隆殿はずっと、部屋に籠もって、勤行三昧らしい。
そう言ったことをてきぱきと、弟は順序立てて、話してくれた。
「そうか。私がいない間に、次々と事は進んでいたのだな」
「別に、兄上が落ち込まれるような事はありませんよ。後、もう一月もすれば、冬が来て、雪もちらつく季節になりますね。こちらへ来ますと、いつも、柳に目を奪われてしまうのです。それに、秋の虫が鳴く季節は過ぎてしまいましたが。ごくわずかに、鈴虫の声が聞こえてくるようですね」
「ああ。鈴虫よりも、松虫の方がよく鳴くようだが。けれど、本当にもう、じきに寒くなるな」
相づちを打つと、友成は穏やかに笑って、庭を眺めた。
以前よりも、さらに濃く色づいた紅葉がまぶしかったのであった。
千里の香 完
千里香 入江 涼子 @irie05
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