盗まれたモノ

平成03

第1話

 フードコートで拾ったゲーム機には、最新のソフトがいくつもダウンロードされていた。これがあれば明日からクラスのみんなとの会話に入れるかもしれない。そう思った僕はゲーム機を抱えてフードコートを飛び出した。


 ショッピングモール内のソファに腰を下ろし、獲物をよく確かめる。ゲーム機はつい最近出たばかりの新色で、持ち主の名前はおろか目立った傷もなかった。これならば本当の持ち主に見つかったとして、言い逃れはいくらでもできる。盗んだ物を家に持ち帰るまでの勇気がなかった僕は、そのままソファでしばらくゲーム機を拝借することにした。


 なに、少しの間借りるだけだ。どうせ帰ってもやることはない。ママは朝方まで仕事でいないし、オモチャやゲームもろくに買ってもらえない。持ち主は最新のゲーム機にたくさんソフトを入れてもらってるんだから、幸せを少しくらい分けてもらってもバチは当たらないはず。


 そう正当化しながら僕はひとつのソフトを起動した。カラフルな液体を撒き散らして相手を倒したり陣地を広げたりする……とクラスのみんながいつも話してるやつだ。どのブキが強いとかウデマエがどのくらいだとか言っていたな。ふふっ、これで明日から僕も話に入れるぞ。


◇◇◇◇


 ……気がつくと2時間ほど経過していた。もう一回、次はこれを試してみよう、なんてやっていたら、だ。こんなに早く時間が過ぎるなんて初めてだ。


 いつも学校から1人で帰って、夜までこのショッピングモールで1人で時間をつぶして、1人でコンビニのお弁当をあっためて、1人で食べて、1人で寝る。この寂しい時間がいつも長くて長くて仕方ないのに、今日は2時間があっという間だった。


 それにゲームの中で友達もできた。僕がプレイし始めて5分後くらいに、『wizard』という人からチャットが来て一緒に遊ぶことにしたのだが、この人はとても親切にしてくれた。初心者の僕にいろいろ教えてくれてフレンドにもなってくれた。wizardは現実の誰よりも優しかった。


 だが、このゲーム機を置いていけばwizardとの関係もそこまでだ。家に帰ればまたいつもと変わらない苦痛の時間が待っているに決まっている。さらに、これにはまだ起動していないが面白そうなソフトもたくさん入っている。


 僕は辺りを見回した。ここは最上階のレストラン街の外れにあるソファ。今は16:30、まだまだ夕食目当ての客はおらず視界に入る人間はいない。


 やる、と決めた瞬間に僕の身体は驚くほど軽やかに立ち上がった。人の少ないルートを考えながら自然な足取りで出口に向かう。僕の迷いない滑らかな動きとは裏腹に、心臓はドクドクとその鼓動を速めていく。


 ショッピングモールの自動ドアをくぐった瞬間、僕は思わず駆け出した。辺りにいたおばさんはギョッとしてこちらを見ていた……かもしれない。


 もうどうでも良かった。この夢のような機械は僕のものになって、今から僕に苦痛とはかけ離れた時間を提供してくれる。今までの孤独は駆け足の後ろに置いてきてやるんだ!


 僕は自分の部屋まで止まらずに走った。ハアハアと息つきながらゲームを起動すると、無事動き出した。『フレンドがログインしています』の通知。wizardだ。


「ねえ、次このゲームやってみたいんだけど持ってる?」


「ああ、それなら持ってるよ。一緒にやろう」


 こんな他愛のない会話でも、僕にとってはカラカラの砂漠に突如現れたオアシスのよう。孤独で乾ききった心に何かが沁みていく感触があった。


◇◇◇◇


 ふと時計を見ると、時刻はちょうど午前0時。まだまだ親は帰って来ない。僕は夕食も食べずにwizardとの時間に没頭していた。テーブルの上で、いつ買ったのかも分からないスーパーの半額弁当が冷たくなっている。さすがにやりすぎたか、と思った僕は一旦ゲームを中断することにした。ご飯を食べるというチャットを送ろうとしたタイミングでwizardからチャットが飛んできた。


「ねえ、ずっとゲームできたらどうかな? 楽しい?」


 そりゃ、楽しいに決まってる。現実に帰りかけた僕の心が再びゲームの世界に惹きつけられるのを感じながら、僕はこう返事した。


「そんなの当たり前じゃん! ずっとゲームしてたいよ!」


 するとwizardから間髪入れず返事がきた。


「僕は魔法使いなんだ。もし君が心から望むなら今の願いを叶えてあげる。もちろんタダじゃない、君にとって不要なものをひとつもらっていくよ。でもそれだけだ。たったのそれだけで、君は欲しいものが手に入る。悪い取引じゃないと思うけど」


 ……僕は驚いた。驚きながら、この素晴らしい出会いに感謝した。ただの友達でも十分嬉しいのに、その友達が魔法使いだったなんて! 僕は心から喜ぶと同時に、この時間がずっと続いてほしいと願った。


 ……気がつくと、僕はゲーム機を拾ったフードコートにいた。またしても目の前にゲーム機が置いてある。ただ、辺りには誰もいない。キッチンの方からも物音ひとつしない。


 ピコン。ゲーム機から出た通知音が無人のショッピングモールに響き渡る。ピコン、ピコン、ピコン。


 画面にはwizardからの通知が次々と表示されている。どれも見たこともないゲームの招待通知だ。僕はこれから永遠に続くであろう楽しい時間を思うとわくわくして仕方なかった。


◇◇◇◇


 午前0時を少し過ぎた頃、ボクはリビングの隅に転がる少年を見下ろしていた。少年は何か幸せな夢でも見ているのか、にこにこと笑みを浮かべている。手には何も持っていないが、まるでゲームを操作するかのように指先が動いている。


「……さ、コレはもう要らないよね。もらっていくね」


 ボクが少年の身体に触れるとそれは光る球体に包まれ縮んでいき、ボクのポケットへとおさまっていった。


「これで95人目かあ。さて、次はゲームじゃなくてスマホにでも化けて拾ってもらうとしようかね」


 こうしてボクは次の獲物を探すため、狩場へと向かうのだった。



(お題:壮大な泥棒)

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