第3章 解決の糸口

 「あの建物です」

 若い衆に案内され、ワシはテリミスマンションの一階エントランスにいる。

 エントランス横の休憩スペースには大きな画が飾られていた。タイトルは十二支だ。てっきりテリミスは生物一体を描くものだと思っていたが複数の生物を描くこともあるらしい。時計で言うところの十二時の部分が子(ねずみ)で、六時の部分が午(うま)だ。十二体分の生物が細かく表現されていた。画の下にはなぜかサインではなく赤字で数字が書かれていた。通し番号だろうか。それであれば結構な作品を世に出していることになるな。ちなみに数字は 231 201 199 1415 5 71 189 111 9 45 119 141 9 251 2021 2315 115 199 201.715 201 9 1415 195 9 221 2021 71 199 111 9 149 81 9 189 715 111 1121 115 9 71 111 14 195 9 199 201 2015 119 15 131 5 181 1315 115 1921 と書かれていた。

 「何かあったのかしら」

 声が上がった方面に視線を向けるとテリミスマンションの前には人だかりができていた。犬を散歩中の主婦や部活帰りの学生、野次馬でごった返すほどだ。

 「刑事さん、こちらへどうぞ」

 急かされるように呼ばれた。

 まずは巡という男性が倒れていた二〇一号室を捜索することにした。玄関は整理整頓されていた。突き進むとリビングがあり、さすが謎解きクリエイターと言わんばかりの書籍や、書きなぐった後のノートが散乱していた。

 「この部屋のどこに男性が倒れていたのだ」

 「ちょうど刑事さんが立っている辺りです」

 ここに巡という男性が横たわっていた。しかも男性の周りには大量のカメラがあり、それに囲まれるような形になっていた。なぜだ。犯人はカメラに執着でもしていたのだろうか。

 「第一発見者は誰だ」

 「謎解きクリエイター仲間である隼という男性です」

 「よし。その男性に経緯を聞こう。警察署に呼んでくれ」

 若い衆に隼という男性を呼んでもらうようお願いをし、隣の二〇二号室に向かった。

 この二〇二号室に環という女性が倒れていたのか。しかも大量の花に囲まれて。隣の二〇一号室では大量のカメラ、そしてこちらの二〇二号室では大量の花か。犯人は花にも思い入れがあるのだろうか。ふとリビングの隅に黒い封筒が落ちていることに気付いた。中には赤字で奇妙な数字が書かれていた紙が入っていた。後で調べてみようと胸ポケットに封筒を仕舞った。

 「こちらの第一発見者は」

 「被害女性と同じ大学に通う優という女性です」

 「その女性も警察署に呼んでくれ」


 「あの日は環と一緒に動物園に行く予定だったのでマンションまで迎えに行きました」

 涙ながらに語っているのは、二〇二号室で倒れていた環さんの友人である優さんだ。警察署内にある取調室で話を聞いている。

 「スマホに連絡しても繋がらなかったので、てっきり寝ているものだと思いました。他の友人を待たせるのも悪いのでそのまま動物園に向かいました。まさかこんなことになるなんて」

 大粒の涙が流れて顔がぐしゃぐしゃになっている。

 「環さんの身の回りで何か変わったことはありましたか」

 「ありました。同じマンションに住んでいる男性にストーカーされている可能性があるという相談を輝さんという方にしました。結果がどうだったのか私には分かりません」

 悲しい気持ちを抑えつつも正確に事情を話す姿は素晴らしい。

 「その件ですが、その男性は二一〇〇年三月一日に失踪した者を追うために情報収集をしているだけでした」

 取調室の扉を凄い勢いで開き輝が入ってきた。輝の表情が微動だにしなかったので疑うことなく信じた。外的要因が無いとすると、やはり失踪者の件で挙がっていた報告同様、あのマンションに秘密が隠されていることになる。マンションに飾られている画についてもう少し詳しく調べる必要があるか。

 「そのキーホルダーは動物園で買ったの」

 暗い気持ちのままだと帰り道が危険なので話題を変えた。

 「環がいつか空を飛んでみたいと言っていたので、お土産に龍のキーホルダーを買いました」

「きっと環さんも友達想いの友人を持ったことに感謝していると思うよ」

 優さんの表情がにこやかになった。

「他にも何か分かったら連絡してほしい。今日はありがとう」

 感謝を伝えて取調室を後にした。

「やっと隼さんと連絡がつきました」

 休憩しているところにドタバタと若い衆が走ってきた。もう少しゆっくりしたかったが、男性と女性の無念を早く晴らすために取調室に向かった。


 「巡と交わした最後の電話で、あれはローマ字を数字に変換したものと伝えました。そこで何かが倒れた音が聞こえました。そこから巡の声が聞こえなくなりました」

 それで何事かと思い、マンションに来て管理人と共に玄関の扉を開けたら巡さんが倒れていたということか。

「もう一つ、最後にあれは誰だと言っていました。何かを見たんだと思います」

 ここまでの話を整理すると、巡さんはテリミスマンションに入居したときと失踪者が動画投稿サイトにアップしていた数字を調べるために探り漁っていた。そして最後にその数字の解決方法を聞いていたところで意識を失った。体調不良が原因か不明だが、誰かが見ていたというのは幻影だったのかもしれないな。


 「あっ、そうだ」

 巡さんと同じく部屋で倒れていた環さんの家で似たような数字を見たことを思い出した。その数字が書かれた紙が入った封筒を胸ポケットから出した。

 「なんだ、その禍々しい封筒は」

 興味津々で隼さんが覗き込んできた。封筒から紙を取り出して広げた。

 「無念を晴らすために早く解読してみましょう」

 ローマ字を数字に変換しているというのが隼さんの見解だ。そうなると、まず数字をローマ字に変換する必要がある。ローマ字はa~zまでの計二十六ある。Aが一でzが二十六だ。

これをすべて変換すると、環さんの部屋に落ちていた手紙には【きづくのがおそすぎた。わたしのえをぶじょくしたことこうかいさせてやる】という文章になる。侮辱とは何のことだろうか。疑問は後で解決するとして、他の文章の解読を急いだ。

 うちの署員である輝に相談したときに聞いた環さんの数字は【えをよごしたことゆるさない】である。画を汚されたことを侮辱されたと勘違いしている可能性が出てきた。

 失踪した男が見た数字は【いままでにえらんだえのなまえの……】だ。

 そして巡さんが入居説明で見た数字は【えのなまえの……】であった。

 「やはり画が関係しているのか」

 ワシは思わず声を荒げてしまった。

 「巡には聞こえていませんでしたが、私は今まで何の画を選択したのか教えて欲しいとも聞きました」

 「画を選択とはどういうことかな」

 「このマンションは週イチで好きな画を選択できたそうです。もし私の仮説が合っているのであれば、巡はカメラに囲まれて死ぬことになります」

 「おぉ、聞かせてくれ」

 隼さんの仮説で話を進めた。隼さんの予想によると、失踪した男が見た数字とぼんやり映っていたシルエットの部分をローマ字に変換すると【いままでにえらんだえのなまえのかしらもじをつなげたとき、それにかこまれてしぬ】となる。この場合、今までに選択した画の情報が必要になる。だから隼さんは巡さんに何の画を選択したのかを確認したそうだ。

 「テリミスの写真集を持ってきたのでこれを見ながら確認しましょう」

 隼さんは分厚い写真集をテーブルに広げた。作品名の隣には英語表記があった。

 カメラを英語にするとcameraだ。それぞれの頭文字はc、a、m、e、r、aである。もし巡さんが毛虫(caterpillar)、ワニ(alligator)、猿(monkey)、鷲(eagle)、アライグマ(raccoon)、蟻(ant)といった流れで画を選択していた場合、頭文字を繋げるとcameraになり仮説が立証される。表記に関しては写真集と照らし合わせたので間違いない。

 環さんに関しては花に囲まれていた。花を英語にするとflowerだ。もし環さんが魚(fish)、トカゲ(lizard)、蛸(octopus)、狼(wolf)、象(elephant)、ウサギ(rabbit)という流れで画を選択していた場合、巡さんと同じく仮説が立証される。

 しかし、ここまで来たというのに確証がない。

 「隼さん、重要なヒントをありがとう。ここから先は危ないからワシ一人で行く」

 隼さんにお礼を伝えた後、最終手段としてテリミスマンションを建てることを決めた重要人物に会いに行くことにした。


 街から車で二時間。かなり山奥に来た。この奥にテリミスの意思を受け継いだ人物がいると聞いた。行き止まりの標識手前で車を降り、そこから歩くこと五分。築百年相当だろうか。かなり年期が入った大きなログハウスに辿り着いた。

 インターホンを鳴らすと中から白髭を生やした老人が出てきた。そしてワシが訪問した理由を聞くことなく中に招き入れてくれた。リビングには虎の顔が描かれた特大カーペットが敷かれていた。家の中はタイムスリップしたかのような雰囲気で、アンティーク家具や大きな暖炉、世界の民芸品など多くの物で溢れかえっていた。

 「コトン」

 コーヒーを淹れたティーカップを老人が出してくれた。

 「あなたは何を聞きたいのかな」

 老人が先に口を開いた。

 「ワシが聞きたいのはどのような意図であのマンションを建てたのかだ。つい先日マンションに入居していた男性と女性が不可解な死を遂げた。何か知っていることはあるか」

 「私は直接テリミスを知っているわけではない。たまたまこのログハウスを購入したとき、中に大量の画と遺書が遺されていた。テリミスはとにかく画が好きで、いつか認められたいという気持ちが強かったようだ。遺書には展示会を開催してほしいという要望と自分の画を愛してくれる人たちに囲まれたいという要望が書かれていた。画を愛してくれる人の近くにいたいということでマンションの賃貸を思いついた。あくまで私の想像だが、有名になって記者会見の人に囲まれたいという気持ちが強くなって一人をカメラの中心に置いたのではなかろうか。そして花に関しては彼が孤独死をして寂しかったので、花を手向けて欲しかったという願いが現実になったんだと思う。二人は何か画に対して酷い行動、あるいは酷い想いを抱いていたのではないかな」

 「テリミスの想いは十分に伝わった。しかし、死人が出てしまった以上、このログハウスも調査する必要がある。そして最後に一つ質問だ。テリミスは本当に亡くなったのか」

 「……そうだ」

 「どうも」

 軽く会釈をした後、帰るために玄関に足を向けた。

 静寂の中に音が響いたことに驚いたのか、一匹のねずみがアンティーク家具の裏から現れた。

 そしてワシは目の前が真っ暗になった。

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テリミスマンション 水音 流々 @mizune_ruru

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