第2章 環の物語
私は
二一〇〇年四月一日。空きがあると聞いたテリミスマンションにやってきた。一階のエントランスに入ると同じ入居希望者なのか男性がウロウロしていた。あと少しのところで男性が先に管理人室に入ったため、私はエントランスにある休憩スペースで時間を潰すことにした。
休憩スペースには大きなライオンの画が飾られていた。鋭い目つきで恐い印象だ。
管理人室からは死角になるが、一番奥にキッズスペースがあった。休憩スペースの横だ。そこに置かれていったクッションがフワフワで心地よかったのでここで待つことにした。
「ガチャ」
遠くで扉が開く音が聞こえた。キッズスペースから管理人室が見えないため、先に入った男性に気付かれることがなかった。イケメンだったらモッタイナイことしたなと思ったがいつか会えることを信じて声を掛けることはしなかった。
「すいませ~ん」
管理人室に入居希望であることを伝えると、奥の応接室に案内された。ここで共有ルールについての説明動画を観た。動画の最後にキラキラした文字で2515 21 1115 1915 と表示された。一体何の数字だろうか。案内してもらったのがAIロボットだったし変換し忘れたのかな。特に気にすることなく部屋に向かった。
私が入居したのは二〇二号室。部屋の間取りは1LDKだ。先程一階のエントランスで見かけた男性が二〇一号室に入っていくのを監視カメラで確認したためだ。何かのきっかけで恋に発展するかもと思い隣の部屋にしたという理由は隠しておく。
リビングには『魚』の画が飾られていた。餌を見つけて口をパクパクしているシーンが描かれていた。ウロコといいヒレの動きといい、すべてに躍動感があった。非常にリアルに描かれているので私はテリミスを尊敬していた。
四月八日。入学式や部活選びも終了しやっと落ち着いた。今日は待ちに待った画の選択日である。初めてできた友人が家でトカゲを飼っていたので、私も同じ気持ちになれるように『トカゲ』の画を選択した。友人の家にいたトカゲは白い体で可愛らしい見た目をしていたが、テリミスが描いたトカゲは黒い体で今にでも襲ってきそうな雰囲気を醸し出している。
大学に行こうと一階のエントランスに下りると二〇一号室の男性が管理人さんと話しているのが確認できた。男性が難しそうな顔をしていたので話しかけることができず、管理人室から死角になるキッズスペースに隠れていた。男性がいなくなったことが確認できた後、やっとマンションの外に出られた。
「環、おはよう」
声を掛けてきてくれたのは
「ここって芸術大学に通っていた人が失踪したマンションでしょ。危ないと思ったらすぐ逃げること」
私の顔の前に一本指を立てて警告してくれた。自分のことだけではなく他人の面倒見も良いお姉さん的存在だ。
幸いなことにこのマンションに引っ越してきて危ないと感じたことはまだない。
「そういえば新入生歓迎会は参加するの」
優も私も吹奏楽部に入り、その歓迎会が四月十五日である案内が出ていた。この日は特に用事がなかったため参加することに決めていた。
四月十五日。今回は『蛸』の画にした。前日の夕方に観た食べ歩き番組に蛸が登場して美味しそうだったからという単純な理由だ。顔だけではなく、実際描くと難しい一つ一つの吸盤までリアルに表現していて本当に素晴らしい。先週のトカゲと異なり、優しそうな表情をしているのが良い。
今日は待ちに待った新入生歓迎会の日。カッコイイ先輩に近づけるかもと想像しただけでウキウキワクワクしていた。
玄関を出て周りを見渡すと、マンションの前で怪しい人影が私を見ていることが確認できた。家に閉じこもって警察を呼んでいたら大学に遅れてしまうので、取り敢えず一階にある管理人室で助けを求めることにした。念には念を入れて、一階に下りたらキッズスペースでやり過ごすことにした。
暫くすると、キョロキョロしながら二〇一号室の男性が入ってきた。もしかしたら私ストーカーされているのかな。ひとまず遅刻しそうだったので男性が視界から見えなくなるのを待ってから大学に向かった。
「今年度の新入生にかんぱ~い」
歓迎会が始まったときは同学年の子や先輩と距離があったが、お酒の力もあってか最終的には距離を縮めることができた。
「二次会行く人は手を挙げて」
一人暮らしをしているからといってハメを外しすぎるのもよくないと感じたので二次会には行かないと決めていた。
「私も二次会には参加しないから環の家で恋バナしながらゆっくり飲みたいな」
「ふふっ」
ほろ酔い状態の優が顔を赤らめながら近づいてきた。あの面倒見が良い優がここまで酔うなんて相当気合い入れたのかなと思い笑ってしまった。
千鳥足の優を連れてマンションに帰ってきた。途中、コンビニでチューハイとつまみを購入したので腕がパンパンである。
「横になってなよ」
台所からリビングにいる優に向けて声を掛けたところ、どうやら目が覚めていたようで買ってきたチューハイに手を伸ばしていた。
「そういえばあの先輩がさ~」
私の家に帰ってきてから飲み始めて既に一時間が経過した。優はほろ酔いを通り越して泥酔状態だ。周囲を片付けようと台所とリビングを行き来したところ、優が飲みかけていたチューハイを零してしまった。すぐに拭いたため二次災害を防ぐことができた。
その翌日、二日酔い状態の優と一緒に大学へ向かった。
夜七時。疲れたと思い玄関を開けると、リビングの壁が赤く光っているのが確認できた。不気味だなと思いつつもリビングに入ると、ディスプレイの中央に赤字で数字が並んでいた。数字から血のようなものが垂れていた。
よく見ると5 2315 2515 715 199 201 1115 2015 2521 1821 191 141 9 と書かれていた。怖かったがこの数字の撮影をした。リビングの電気をつけると数字が消えた。おかしいなと思い電気のスイッチをオンオフしたところ、特に変化はなかった。ただ単純に私が疲れていただけなのかもしれない。もし隣の男性の仕業だとしたらどうしよう。不法侵入されたことになる。謎の数字の証拠写真もあるし警察で相談してみようかな。
四月二十二日。今回は「狼」の画を選択した。狼は立っている姿が描かれており非常に凛々しい。歓迎会翌日に例の数字を見てから眠れない日が続き、先日から大学を休んでいる。
病院では疲労が溜まっているだけなので安静にしておけば良くなると言われた。しかし、夜になるとあの日のことがフラッシュバックしてまともに寝ることができない。
「ブーブー」
テーブルの上に置いてあったスマホが震えた。画面を見てみると優から気分転換に散歩でも行こうと連絡が来ていた。
「最近大学来てないけど平気なの」
心配そうに優が私の顔を覗き込んだ。
このままだと私の体調が悪化していくのが目に見えたため、今までのことをすべて優に話した。
「それは隣に住んでいる男性が怪しいに決まっている。一緒に話をするから警察行こう」
優に話したことで、体が軽くなった気がした。その足で近くの警察署に行った。
警察署に到着すると、ショートカットの輝さんという名前の男性が話を聞いてくれた。
「そんなことがあったのか。一度調べてみるから何か分かったら連絡するよ」
輝さんは親身になって話を聞いてくれた。数字のことについては何も分からないらしい。
「あの警察官イケメンでカッコイイじゃない」
私の不安を他所に優は輝さんのことで頭がいっぱいだった。愛想笑いをしつつ場をやり過ごした。
四月二十九日。今回は「象」を選択した。象の背中に乗って街中を歩いてみたいと感じたからだ。長い鼻でリンゴを取ってそれを食べる光景が描かれていた。
眠れなくなった日から数日が経過した。心身ともに回復し、入学した時と同じく大学に通えるようになった。
「おはよう」
この声は優だ。通学経路が同じであるため毎日優とマンション前で合流して一緒に大学に行っている。環がいない間毎日寂しかったよと口では言っているが、実際はピンピンしているので全然問題なさそうだ。
この日の夕方、警察官の輝さんから連絡が来た。
どうやら私の部屋の画に表示された数字と同じような数字が出現した例があったが、何一つヒントがないため行き詰っているらしい。しかし、輝さんの友人でこの数字の解読をお願いしている人がいて、その人が頼みの綱ということを教えてくれた。これが解決すれば私の悩みも解決すると強く意気込んだ。
五月六日。ゴールデンウィーク終盤だ。今日は優も含めて大学の人たちと近くの動物園に行く約束があったので、触れあい体験ができると聞いた『ウサギ』の画を選択した。人参を食べているイメージが強いが、画の中では葉っぱを食べていた。風で靡く真っ白な毛並みを表現するのがどれだけ難しいことか。
画が映っているディスプレイを食い入るように見ていると額縁の一部が汚れていることに気付いた。ティッシュで拭いて判明したが、これは約三週間前に優が飲んでいたチューハイを零してしまった際に飛び散った染みであった。
「ピンポーン」
突如インターホンが鳴った。
宅急便かなと思い玄関を出てみたが誰もいない。代わりに黒い封筒が玄関のドアに挟まっていたことに気付いた。玄関の扉を閉めリビングに戻った。これが危ないものであると思ったが、怖いもの見たさで開封してしまった。中にはトラウマになった赤字の数字が書かれていた。心臓の鼓動が一気に早くなるのが分かった。
中に入っていた手紙には 119 2621 1121 1415 71 15 1915 1921 79 201.231 201 199 1415 5 2315 221 102515 1121 199 201 1115 2015 1115 21 111 12 191 195 205 251 1821 と書かれていた。
何分経ったのだろうか。ふと我に返ると後ろに何かがいる気配がした。恐くて振り返ることができなかった。突然息が苦しくなり目の前が真っ暗になった。
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