テリミスマンション

水音 流々

第1章 巡の物語

 俺はめぐる。現在は謎解きクリエイターをしている。大学の時からとにかく謎解きが好きで、イベントに繰り出しては一番にクリアし周りを驚かせていた。テレビで謎解き特集が組まれた際には、テレビにかじりつくほどの集中力であったため家族からも謎解きクリエイターを勧められた。

 つい最近気になるニュースが飛び込んできた。画家であるテリミスの画を飾ったデザイナーズマンションで入居者が失踪したというのだ。マンションについている防犯用の監視カメラを確認しても入居者が外に出た形跡がなく、部屋の中はもぬけの殻になっていたそうだ。

 捜査した警察が解決できないのであれば謎解きクリエイターである俺の出番だと思い、俺は早速このデザイナーズマンションに引っ越すことに決めた。

 街の不動産屋で契約書を書いて引っ越し先の物件を決めるのが一般的な入居方法である。しかし、このデザイナーズマンションに関しては現地に赴き、一階にある応接室で話を聞いてからの契約になるらしい。周りと違う時点で俺の謎解きクリエイターの血が騒ぎだした。


 二一〇〇年四月一日。入居者が失踪した三月一日から一か月が経過した。俺は契約をするためにデザイナーズマンションの前に立っていた。どうやらテリミスの画が各部屋に飾られているためテリミスマンションと呼ばれているらしい。マンションは三階建てで、一階部分がエントランスと居住エリア、二階と三階部分が居住エリアのみという造りだ。

 エントランスにはフカフカの絨毯が敷かれていた。入口にある自動扉を背にすると、正面に鍵を台座に差さないと開かない居住エリア、左側に管理人室、右側に休憩スペースといった位置関係になる。休憩スペースの壁にはテリミスの大きな画が飾られていた。画のタイトルはライオンで、俺を捕食するかのような鋭い目つきをしていた。若い女性がウロウロしており、どうやら俺と同じ入居希望者のようだった。

 エントランスにある管理人室に向かい、入居希望と伝えると中から案内役のAIロボットが出てきた。ロボット特有のカタコトではなく、人間同様の話し方をする。そのため目隠しをしていたらどちらが話しているか分からないレベルだろう。このAIロボットについて行き、奥にあった応接室に案内してもらった。途中、マンション中にある監視カメラの映像を確認することができた。監視カメラは一階エントランス、二階廊下、三階廊下の計三つあった。

 「このマンションの共有ルールについて説明をするので少々お待ちください」

 案内をしてもらったAIロボットがこう説明した上で部屋から出て行った。

 部屋は入ってきた扉とテーブル、イスが四脚のシンプルな部屋だった。

 「ウィ~ン、ズルズルズル」

 突然目の前にプロジェクタ―が下りてきた。そして共有ルールについて動画で説明があった。

 このテリミスマンションはテリミスの画を愛する人に住んでもらいたいという想いがあり、部屋内に飾られている画は週イチで変更が可能だ。担当の人が来て画を交換するというシステムではない。画の部分がディスプレイになっており、そのディスプレイを囲むように額縁がついている。一週間が経過するとディスプレイに画の選択肢が浮かび、どの画に変更するかを入居者が自由に選択できる。画好きであれば魅力的なシステムだ。

 5 1415 141 ……。

 動画の最後に暗号のようなものが画面に表示された。しかも赤字で。謎解き好きにはたまらない数字の羅列だ。

 「動画はここまでです」

 暗号のようなものの続きを見たかったが、案内役のAIロボットが慌てて動画を終了させたため続きを確認することができなかった。

 不審に感じたがそのまま契約手続きに入ったため、電子サインをして賃貸契約が完了した。


 俺が入居したのは二階の二〇一号室だ。理由は失踪者が住んでいたのがこの二〇一号室だったからだ。いわくつき物件として空いていた。部屋の間取りは1LDKだ。リビングには『毛虫』の画が飾られていた。画を変更する際は入居者が自由に選べるが、最初に入居した際の画は選べなかった。毛虫は葉っぱの上を這っている様子が描かれていた。

 引っ越してきたばかりなのでゆっくりしたかったが、俺は早速失踪した人物について調べ始めた。

 「ブーブー」

ローテーブルの上に置いてあった俺のスマホが震えた。警察官の友人が昇給するのでそれのお祝いでレストランに行こうという連絡が来ていた。

 「巡、久し振りだな」

 俺の友人であるあきらが俺の首に腕を回してきた。大学を卒業してからずっと会っていなかったので五年ぶりの再会である。

 「おお、主役の登場だ」

 目線の先を見ると警察官の友人であるひかるが到着していた。

 「輝の昇給を祝ってかんぱ~い」

 久し振りにこの大学ノリに触れた気がした。

 「あの時のお前ときたらカッコイイよな~あそこで告白するなんて」

 会が始まって一時間後、お酒が回って泥酔一歩手前の晃がテーブルに突っ伏しながら言った。

 「ところで今巡は何をしているんだ」

 「俺は失踪者が出たマンションに住んで真相を調べている」

 輝は目を丸くして驚いた。

 「あのマンションは危ない。今すぐ引っ越せ」

 先程まで穏やかだった空気が一変した。店内にいた他のお客さんがこちらを振り返る程だ。輝は何かを知っているようだった。

 「失踪者のことを調べても何もヒットしないんだ。輝は何か知っているの」

 「正確な情報は上層部しか知らないが、小耳に挟んだ話によると部屋に飾られている画に秘密があるみたいだ」

 どうやら画に描かれている動物をしりとりで繋いでいくと何かが起こるというのが輝の見解だ。しりとりで繋ぐと言っても画を選んでいるのは自分自身なので何かに操られているのだろうか。疑問に思いつつも滅多にない会を楽しんだ。

 会の翌日、失踪者について調べようとパソコンを開いたところ、謎解き番組のために問題を考えて欲しいという依頼メールが来ていた。このような依頼で食いつないでいるため、失踪者を調べるよりも謎解き問題依頼の方が重要だ。


 四月八日。やっと依頼案件メールが落ち着いた。謎解き問題を熟考していると、いつの間にかこのマンションに引っ越してきてから一週間が経過していた。一週間が経ったということは画を選ぶ必要がある。ディスプレイに選択肢が浮かんでおり好きな画を選ぶことができた。まるで自動販売機のような感覚だ。

 昨日の夜にテレビでワニの飼育方法について特集されていたので『ワニ』の画を選択した。水面から新たな餌を探しているイメージで目がぎらついていた。

 失踪者は俺が今住んでいる二〇一号室から近くの芸術大学に通っていた。失踪する前まではマンションの監視カメラにしっかりと映っていたので監視カメラが故障していたとは考えにくい。失踪者の友人が部屋を訪れたこともあるので、失踪者自身が住んでいたことは間違いない。しかし、突如として部屋から消えた。非常に難易度が高い問題だ。

 そういえばマンションの契約手続きのときに最後まで見せてもらえなかったあの動画をもう一度見せてもらおう。そう思い立ち一階にある管理人室に向かった。

 「映像の内容を改修しているのでお見せすることができません」

 どうやら映像を見ることができないらしい。何かを隠しているのではないか。詰め寄ろうとも思ったが監視カメラが恐くて何もできなかった。


 四月十五日。何もできずにまた一週間が経ってしまった。犬の画にタッチしようとしていたが間違って「猿」の画を選択してしまった。背伸びして木の実を取っているシーンが描かれていた。

 何かヒントがないかとインターネットで検索をしたところ、デザイナーズマンションで共有ルールの説明を聞いたが断念した人の記事が載っていた。その人曰く、マンション自体は洗練された雰囲気で落ち着ける場所ではあるが、入居者の誰とも遭遇しなかったことに違和感を抱いていたようだ。この人は俺と同じく応接室で共有ルールの動画を観ていたが、応接室の扉が換気のためずっと開いており、監視カメラの映像も確認できたという。夕方六時ともなると人の出入りが激しくなるが、監視カメラには誰一人映っておらず、もはや恐怖だったようだ。

 確かに俺が引っ越してきてから挨拶を交わした記憶がない。隣人に挨拶しようと思ったこともある。しかし、入居時の共有ルール説明でプライバシーを守るために隣人への挨拶は不要と聞いたのでやっていない。隣人に話を聞くことができれば何か分かるかもしれない。マンション内で見張ると監視カメラに映ってしまうので、マンションの外から見張ることにした。

 朝十時。俺が入居している二〇一号室の隣である二〇二号室から女性が出てきた。エントランスから出てきたところを捕まえようと待機していたが一行に現れない。俺が移動している際に部屋に戻ったのだろうか。エントランスで辺りを見渡したがやはりいない。部屋に戻って壁に聞き耳を立てたが隣の部屋からは一切生活音がしなかった。まるで幻影を見たかのようであった。


 四月二十二日。また何もできずに一週間が経ってしまった。自分を奮い立たせるためにカッコイイ『鷲』の画を選択した。獲物を狙う目はキリッとしていてカッコイイ。俺も早く失踪者のことを調べなければならない。

 とある日曜日のこと。ベランダの欄干に腕を置き、外をぼんやり眺めているとマンション前に引っ越し業者のトラックが停まった。停まったということは入居者も来る可能性が高い。様子見をしていると背中に楽器を背負っている男性が歩いてきた。その男性が引っ越し業者と荷物を運ぶ順番の打ち合わせをしているので時間が稼げた。これはチャンスだ。一目散に一階に下りた。

 マンション前にはまだ男性が立っていた。

 「こんにちは。二〇一号室に住んでいる者です」

 「私は二〇三号室です。同じ階同士よろしく」

 先手を打って俺が挨拶をすると、爽やかな返事をしてくれた。

 「何の楽器を演奏されるのですか」

 「ヴァイオリンです」

 どうやらテリミスの画に囲まれた空間の中で作曲をすれば良い作品ができるのではないかと思い、引っ越してきた様子だった。

 「落ち着いたらまた」

 ひとまず顔合わせと簡単な挨拶ができたことに満足したので、今回は本題に踏み込まず適当なところで会話を切り上げた。

 数日後、一階のエントランスで二〇三号室に住んでいる男性と遭遇した。

 「ちょっと聞きたいことがあるのですがお時間よろしいですか」

 「急いでいないので問題ないですよ」

 「入居時の共有ルール説明の最後に数字の羅列が出てきたことは覚えていますか」

 「数字の羅列なんて出てきていないですよ」

 おかしい。画面の端っこに表示されたのであれば管理番号か何かだと思い特に気に留めないが、画面の中央に赤字でハッキリと表示されたのだ。あれを見落とすのは画面を見ていなかったのだろうか。

 「何かおかしな点がありましたか」

  男性に俺の考えが見透かされていた。

 「いえ、何も」

 気を悪くされたら申し訳ないので軽く会釈をしてその場を離れた。

 あの男性の説明時には数字の羅列が表示されず、俺の説明時には表示された。まるで俺の記憶にだけ焼き付けたいという想いがあるようだ。あの男性は本当にテリミスの画が好きで入居したが、俺は失踪者の痕跡を辿るために入居した。テリミスという人間は亡くなってからも何かの復讐をしているのではないか。俺の考えが見透かされていると思うと非常に恐ろしい。


 四月二十九日。ディスプレイにエラーが起きたのか『アライグマ』しか選択ができなかった。目がクリクリしていて岩の上に座っているおとなしそうな雰囲気だ。

 「ブーブー」

 俺が履いているジーンズのポケットに入ったスマホが震えた。警察官の友人である輝から失踪者について分かったことがあるから指定するカフェに来て欲しいという内容だった。

 「早速本題に入りたいのだが、その前にお前女性をストーカーしていないか」

 「いきなり何てことを言うんだ」

 持ち上げたコーヒーカップが震えるほどの気迫で輝に詰めかかった。

 「四月二十二日にお前が住んでいるマンションの住人からストーカーされている、部屋に不法侵入されたかもしれないとタレコミがあったんだ。勿論、長い付き合いだからお前がそんなことするわけないと思うが念のため確認した」

 「俺は失踪者に繋がる何かを見つけるために隣人に話を聞こうとしたことはある。しかし、不法侵入されたかもしれないというのはどういうことだ」

 「依頼者が出掛けようと玄関の外に出たところ、物陰に隠れているお前を発見した。一階のキッズスペースから顔を出し様子を伺っていたところ……」

 「話を遮って悪い。キッズスペースなんてないぞ」

 「そんなはずはない。休憩スペースの隣にあるみたいだ」

 「俺が知らないだけか。続けてくれ」

 「お前はエントランスで辺りを見渡してそのまま建物内に入っていった。この日の夜、依頼者が夜七時に帰ってきたところ、リビングの壁に飾られているディスプレイが赤く光っていた。恐がりながらもリビングの壁を見たところ、画が表示されているディスプレイに数字が書かれていたという流れだ。依頼者はお前が部屋に侵入してこの数字を書いたと思っている」

 「そういうことか。待ち伏せはしたが、部屋には入っていない」

 「まぁ本来は待ち伏せしている時点で問題なんだが黙っておこう」

 「ところでディスプレイに書かれていた数字について何か情報はあるのか」

 輝はスーツの胸ポケットから依頼者が撮影したという写真をコピーしたものを出した。

 そこには5 2315 2515 715 199 201 1115 2015 2521 1821 191 141 9 と書かれていた。

 「またこれかぁ」

 「またとはどういうことだ」

 「先日晃も含めて輝のお祝い会をやったときにテリミスマンションに住んでいることを伝えただろ。実は俺が入居するときの説明動画でも似たような数字が表示されたんだ。今はそれの解読に頭を抱えている」

 ちなみに俺が見た数字はこれだと伝えた。

 「何の数字だか全く分からないな。あ、そういえば本題はこれなんだ」

 輝が持ってきたDVDプレーヤーを確認した。そこには失踪者が最後に投稿をした動画サイトが表示された。日付は二一〇〇年二月二十九日。失踪する一日前の映像だ。現在は何者かによってアカウントが凍結されたので確認することができない。映像ではカメラが失踪者を映していた。

 「俺は今テリミスの画が各部屋に飾ってあるテリミスマンションに住んでいる。テリミスの画を愛する人に住んでもらいたいというのがこのマンションのコンセプトのようだが、俺は画に全く関心がない。ただテレビで特集されたから住んでみようと思っただけだ。なぜ動画を投稿しているのかについてだが、今日帰ってきたら赤字の数字の羅列が画のディスプレイに表示されていた。何の数字かは分からないが、危険であることは分かった。数字の下に血のようなものが垂れているからだ。はぁはぁ、俺はもうすぐ殺される。だから俺は逃げる」

 失踪した男の切羽詰まった状況が映っていた。赤字の数字の羅列は俺が見たものと同じだ。次の瞬間、男が持っていたカメラがディスプレイを映し出した。そこには赤字の数字がハッキリと映っていた。

 9 131 131 45 149 5 181 14 41 5 1415 141 131 5 1415 ……。

 肝心な部分については男の手が震えすぎて捉えられず、そこで映像が終了した。ただシルエットでぼんやり何の数字かは分かった。

 「依頼者が撮影した写真にも似たような数字が並んでいたな」

 輝がぼんやりと言った。

 「そうなんだ。これを解決できれば失踪者が何に気付いたのかが判明する」

 「この数字についても何か分かったら連絡するよ」

 輝にお礼を伝え帰ることにした。


 五月六日。ゴールデンウィーク真っ最中だ。実家に帰っている人が多いのか街が静かだ。今回は『蟻』を選択した。先日テリミスについて特集していた番組があり、その番組内で蟻の画が素晴らしいと絶賛されていたためだ。俺に画のセンスがないからか、何が素晴らしいのか全く分からない。列をなしている蟻なら見たことあるが、一匹だけで描かれているのは初めて見た。

 今までに見た情報を整理した。

 輝に依頼をした人が見た数字は5 2315 2515 715 199 201 1115 2015 2521 1821 191 141 9。

 失踪した男が見た数字は9 131 131 45 149 5 181 14 41 5 1415 141 131 5 1415 ……。

 俺が見た数字は5 1415 141 ……。

 謎解きクリエイターであればすぐに解決できると思われがちだが、得意不得意があるため苦手なものは苦手である。

 お昼の十二時。同じ謎解きクリエイターであるはやとに相談することにした。隼はちょうど暇だったようですぐに時間を作ってくれた。

 「ライバルである巡が俺に相談なんて珍しいな」

 いつもであれば挨拶代わりに謎解きクイズを出し合う仲だが、今回に関しては余裕がなかった。今朝から胸が苦しいのだ。苦しいながらに今までの経緯を伝えた。

 「もう少しで分かりそうだが俺の頭では解決できない。はぁはぁ、助けてほしい」

 尋常ではない巡の焦り具合を目の当たりにして隼は真剣な眼差しになった。

 「最優先でこの問題を解くから巡は帰った方がいい」

 「ありがとう」

 最後の望みである隼に難問を依頼し、俺はマンションに戻った。

 夕方六時、お昼に謎解きを依頼した隼から電話があった。

 「あれは……を……に変換したものだ。巡今どこにいる。今まで何の画を……のか教えて欲しい。これが本当なのであれば危ない。逃げろ」

 切羽詰まった様子で隼が話しているが、頭がぼんやりしてきたためうまく聞き取ることができなかった。

 「隼、もう一回……言って欲しい……あれは誰だ」

 薄れていく視界の中、不敵な笑みを浮かべた何かがディスプレイの中からこちらを見ていた。そして俺は目の前が真っ暗になった。

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