外部調査

 道が極端に狭まり、これ以上は車で先に進めなくなったので三人は徒歩で移動していた。


 最初は「こんな夜道を明かりもなしで⁉」と反論していた未夜も「では車の中で一晩過ごすか?」と言われたら承諾せざるをえない。


「犬崎、見てみろ。鳥居がある」


 忍も常人より夜目がきく様子。


「何故こんな所にと言いたいが……おかしいのは、それだけじゃねぇぞ」


 犬崎は鳥居の傍に転がっている石を拾う。何者かによって意図的に削られている様子だが、まるでドクロのようだ。


「立ち止まっていても仕方ない、行くぞ」


 犬崎達は鳥居をくぐり、更に奥へと進んでいく。


 先程まで只の山道だったのに、いつのまにか舗装された道路に変わっている。この調子ならキャンプ場も近いはずと犬崎が考えていた時、が三人の視界に飛び込む。




『ここから先  立ち入る者  命の保証はない』




 読み上げた後、只ならぬ雰囲気を感じた忍は刀の柄に手を添える。同時に犬崎も拳の骨を鳴らす。


「……犬崎」


「ああ、人の気配だ」


「え⁉ どどど、どういう意味――きゃあっ⁉」


 未夜が狼狽していると、奥の茂みが激しく揺れ始める。そこから人が飛び出し、犬崎を襲う。


 振り下ろされたのは、錆びた鉈包丁。犬崎は人差し指と中指だけで相手の武器を受け止めてみせる。


「なんのつもりだ、お前


 姿を隠している仲間の存在まで明かされ、相手は観念した。現れたのは、二人の男と一人の女。


「ま、参った! 殺さないでくれ!」


 武器を手放して命乞いをする男。もう一人の男は怪我をしているようで、女に支えられ顔色も悪い。


「テメェから仕掛けておきながらナメた事を――」


「犬崎さん、相手は怪我をされてます!」


「あ? だったら何だよ、未夜」


「治療してあげないと!」


「ふざけ――」


 未夜が距離を詰め、じっと見つめてくる。犬崎は舌打ちをしながら「勝手にしろ」と言い放つ。


「足の出血が酷い……あまり動かさないほうがいいかも……」


「それでしたら、未夜さん」


 先程から姿が見えなかった忍が、草むらを掻き分けて現れる。


「この先に住居を発見したので、運びましょう」


「ありがとう、忍ちゃん」


 ――その住居は未夜が想像していたよりもずっとボロボロだった。壁は所々崩壊していたし、窓も割れている始末。中へ入ると家財道具一式は埃と蜘蛛の巣まみれで、そのまま残されていた。


「横にして止血を! 救急にも連絡――」


 かつては居間として使われていたであろう部屋に怪我人を運び、未夜は迅速な動きをとる。


「携帯は圏外……一旦車に戻るしか……」


 頭を抱える未夜を後目に、忍は「おい」と犬崎へ声を掛けた。


「奥の部屋だ」


 付いて来いという意図を察した犬崎が奥の部屋へ足を運ぶと、そこには白壁に飛び散ったおびただしい血痕が目に飛び込んでくる。


「これは……かなり昔に付けられたモノだな」


「殺人か」


「断定は出来ねぇが、恐らく――」


「……アンタ達、何も知らないで此処へ来たのか」


 先程、鉈包丁で襲ってきた男が声を掛けてきた。


「……ここは【杉沢村】だよ」


「なんだと? 杉沢村か?」


「……有名なのか?」


 忍が尋ねてきたので、犬崎は説明を行う。


「横溝正史の小説『八つ墓村』や、森村誠一の小説『野性の証明』に登場する“ 味沢村 ”のモチーフとも言われる有名な心霊スポットだ。昭和初期に村人が突然発狂し、村民全員を殺害したという事件が起きた。それが都市伝説にも名が高い杉沢村事件……現在は廃村となり、地図や県の公式文書から消去されているらしいが……『そこを訪れた者は、二度と戻っては来れない』と言われている」


「道理で薄気味悪いはずだ」


 忍が壁の血痕を眺めながら、フンと鼻を鳴らす。


「そんな場所でお前達は何をしている?」


「えっと……心霊スポットや廃墟で動画を配信していて……撮影中に突然襲われて、仲間の一人とはぐれちまったんだ」


「置き去りか。見下げた根性をしている」


 忍の辛辣な言葉に、男は項垂れてしまう。


「……なぁアンタ、すげぇ強いみたいだし頼むよ! 仲間を探すの手伝ってくれ!」


「三十万円を支払うなら、その依頼受けてやるよ」


「い、依頼? アンタは一体、何者……?」


「俺は犬崎。一流の探偵だ」


「私は鷹倉。超一流の剣士だ」


「なぁにが超一流だ、青二才が」


「ふざけるのは態度だけにしておけ、守銭奴」


 顔を寄せてメンチを切り合う二人に対し、男は動揺しつつ自己紹介を行う。


「……金はなんとかする……だから頼む!」


 男の言葉に犬崎は「成立だな」と微笑む。


「お前等の名は? 捜索する相手の特徴も教えろ」


「な、名前? 名前が必要か?」


「あ? 当たり前だろう。何を言っている?」


「お、俺は……ほり 孝則たかのり。探しているのはパーカーを着ている男で名前は……柏崎って奴で――」


「け、犬崎さん! 大変です!」


 突然、未夜が慌てた様子でやってきた。


「お連れの女性が、どこにもいません! トイレにでも行ったのかと思っていたんですが……!」


「何⁉ あいつ、一体どこに……!」


「余計な手間を……探す相手が増えやがった」


 犬崎はスンスンと鼻を嗅ぎ鳴らしてみる。女が身につけた香水は記憶済み、彼の超嗅覚をもってすれば発見も難しくはない。


「話は探しながら聞く。忍と未夜は待機していろ」


「わ、分かりました! 気をつけて下さい」


「未夜さんの事は任せておけ」


 犬崎は頷き、堀と共に廃屋を後にした。


「……どうにも犬歯が疼きやがる」

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憑神探偵 トシ @to-she

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