『狂人廃村』編

 彼は生まれた瞬間の記憶を覚えている。真っ暗な世界に光が差し込み、優しい声が聞こえてきた。


「元気な男の子ですよ」


 抱きかかえられ、憔悴しきった女性と対峙する。それが母親と初の対面。


 何故か分からないが、生まれながらにして彼はがしていた。


『自分は何年か先、ここにいる全ての者達を殺す』


 ――昭和××年。青森県の山奥の村で育った彼は、十五歳まで成長する。穏やかな性格で人見知り、運動は苦手で将来は医者になるのが夢……。


 そんな自分を演じ続けてきたが、もう限界だ。


 ――解放しよう、心に潜む悪魔を。


 彼は用意していた鉈を手に、集中力を高める。


 ――長かった。ずっと待ち侘びていた。


 始めよう。標的は村にいる全ての人間。親も、きょうだいも、友人も、関係ない。


 一人残らず――殺してやる。


「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ‼」


 奇声をあげながら、鉈を振り回す。


 最初の標的となったのは、母親。ずっと殺したいと思っていたので、念願叶った時には歓喜で身体が打ち震えた。


 靴も履かず外に出て、目につく者達を片っ端から切り刻んでいく。


 喉を裂き、頭を切断し、胴を凪ぐ。


 今日が人生最後だと想像していなかっただろう。平和呆けした、お気楽な奴等め。


 悔しいか。悲しいか。腸が煮えくり返るか。


「ひゃひゃッ! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ‼」


 殺した人間を数えていたが、正確な数を覚えておく事が億劫になり止めてしまう。


 村中を全て回り、残すは目前の女一人だけ。この女は最後に殺してやろうと彼は考えていた。


 何故なら、初恋の女性だから。


 真っ赤な鉈を振りかざすと、彼女は涙を流し憎悪に満ちた顔で言い放つ。


「人殺しッ!」


 ――違う。これは生まれながらにして定められた使命。抗う事の出来ない運命だから。


 小さな風切り音の後、女性の頭が二つに割れる。返り血でドロドロになった顔を拭い、歩き出す。


「……準備は、整った」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 新幹線で青森県へ到着後、レンタカーで移動開始から三時間。未だに目的地へ辿り着けないまま、辺りは夕暮れとなっていた。


「まだ到着しないんですか、犬崎さぁん……」


「うっせぇ! 勝手についてきて文句言うな!」


 両頬を膨らまして文句を言う彼女は、如月きさらぎ 未夜みや。慣れない運転に疲弊している犬崎けんざき 快刀かいとの助手を名乗る女子高生だ。


「それに何で、オマエまでいるんだよ!」


「…………む?」


 後部座席に座る人物へ犬崎は吠えるが、当事者は呆れたような表情をするばかり。


「修行地に赴くと聞いたので、これは同伴せざるをえないと思ってな」


「せざるをえない、じゃねぇッ!」


 美少年の彼は鷹倉たかくら しのぶ。正真正銘の女で未夜の同級生。剣の達人でもあり、今も大事そうに携えている刀は伝説にも名を置く由緒正しき宝剣――布都御魂ふつのみたま


 隙あらば盗んで質屋に売り飛ばしてやろうと考えていた犬崎だが、隙を見せない鷹倉に最近では諦めかけていた。


「え、修行の話は本気だったんですか? 私はてっきり旅行だと……」


事の始まりは先日の『安部ミヒロ事件』で、怪異な存在と出会った事に起因する。


 奴の名はイシュタム。対峙しただけで相当な実力の持ち主だと分かった。危機感を抱いた犬崎は錆びついた勘を取り戻す為に修行を決断したが……運悪く、未夜に気付かれてしまう。


「渡りに舟とは正にこの事。共に力をつけよう」


 気合いの入っている忍に犬崎は溜め息で返した。


 ――そうこうしていると辺りは暗くなり、山道は更に険しさを増す。


「……本当に着くんですか?」


「仕方ねぇだろ、最後に来たのは随分と昔だしよ」


「計画性がないにも程がある。何故、事前に調べておく事をしないのか」


「うるせぇ奴等だな――おっ、丁度良い所に」


 ヘッドライトの先で白髪の女性を発見する。犬崎は車の速度を落とし、後ろから声をかけた。


「ちょっと悪いな、婆さん。道を聞きたいんだが」


 だが老婆は、こちらを向こうともしない。


「耳が遠いのか? この先にキャンプ場があると思うんだが、知らねぇか?」


 声を大きくして再度訊ねてみる。老婆は何も話さない代わりに、ゆっくりと前方を指す。


「この先か。ありがとな、助かった」


 軽く礼を告げて犬崎は再び車を進める。


「今の人……どこかおかしくなかったですか?」


「は? 何がだよ」


「いや、なんというか……こんな時間に、どうして山道を一人歩いていたのかなって……」


「成程、流石ですね。鋭い洞察力です」


「徘徊癖でもあるんじゃねぇか? ほっとけよ。こっちは腹が減って仕方がねぇんだ」


「犬崎さんって本当にデリカシーないですよね」


「無神経が服を着ているような存在だな」


「オマエら……大概にしろよ……!」


 何気なく語った未夜の言葉にもっと耳を傾けていれば、この先訪れる事件に巻き込まれる事など無かったかもしれないが……空腹と疲れにより、犬崎は集中力を欠いていたのかもしれない。

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