第4話 黄泉の国の侵攻❶

「あらあらあらら…………。こいつはマズイ数なんでないの……?」

王国軍の第1部隊隊長の佐東は冗談めかしく言っているが、その表情は明らかに冗談ではなかった。

目の前に広がる光景。迫り来る大勢の異形のもの達。

「ガーゴイルにキマイラ、ケンタウロス、キュクロプス…………1万ぐらいか?」

その数に唖然とする佐東。今までも何度か黄泉の国からの侵攻はあったが、その数は良くて100と少しと言った程度だった。というのも黄泉の国の各生物達は協力する事は無く、各群れの意思での侵攻が同時になる事は殆ど無かった為だ。


「いつもの侵攻でも100人は動員するのに……。相手が1万以上に対して、こっちは総動員してせいぜい2000ってところか……。」

王国軍2番隊隊長、寿々木のこの発言と表情は軍の殆どの兵士の絶望を如実に現していた。

種類にもよるが、黄泉の国の侵攻100体に対して100人を動員し、平均して死者は20人、負傷して前線を退く兵士は10人程出てしまう。

かつて偶然にも連続して侵攻があった際、応援部隊が到着した頃には生き残りは僅か数人となっていた程、1戦にかかる緊張感や疲労は甚大なものとなるのだ。


「馬鹿野郎!」

そう言ってゴン!と2人の頭を殴った屈強な男…………全隊指揮官、比良坂はニカッと笑って殴ったばかりの2人の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「これから命を懸けようって時に、トップの俺たちがそんな顔をしてみろ。本当に全員死ぬ事になるぞ。」


振り返ってビシッと姿勢を正した2人の胸の中心を強く握った拳でドン!と叩き、比良坂は続けた。


「勿論ここで死ぬ気なんて全く無いけどな、俺は最後まで俺の誇れる俺でいるつもりだ。俺の背中を見て育っていく奴らも、いる事だしなぁ!」

力強く発言しながら、ちらと後方からコチラへ向かって来るもの達を見つめる比良坂。

その中には一人息子、薙の姿もあった。

彼らの通る道を海が割れるように開けていく兵士たち。彼らの声は驚愕と歓喜で溢れていた。

「……国王直属部隊……零番隊も出るのか?!」

「彼らが出てくれるのならば我々にも勝機が!」

徐々に歓喜の声が高まる兵たちをかき分け比良坂がいる先陣に加わる零番隊のメンバー。

その先頭に居る男の両肩をがっしりと掴む比良坂。

「ミカ坊、情けねぇ話だが、お前たちが頼みだ。この国を守る為……俺達で必ず食い止めるぞ!」


その横で、佐東と寿々木は目を合わせて驚愕していた。

国王直属部隊があるのは知っている。出世を望むものなら、国王直属部隊に配属される事を目標に武功をあげるのだ。だがまさか、彼らがこれ程若いとは想像していなかった。

総勢10名、その全員が20歳そこらと言った若者だ。

中には女性も2人いるでは無いか。


「……疑ってんのか?」

「い、いえ!そんな事は……」

疑惑の目線を敏感に感じ取った比良坂がぐるりと首を横へ向けて2人を睨みつけた。その迫力にギクッとなる2人。

先頭の男はそんな比良坂を止めつつ、2人の方へと視線をやった。

「私達が若造なのは事実ですし、ご挨拶もまだしておりませんので。私は国王直属部隊零番隊隊長、織部三日月と申します。佐東隊長、寿々木隊長、お初にお目にかかります。」

そう言って丁寧に頭を下げる織部に続き、メンバーが次々と挨拶を始める。



「同じく零番隊戦術指揮官、稲嶺百いなみももです。今作戦の副指揮官を拝命させて頂きました。」

「同じく零番隊、比良坂薙です。いつも父がお世話になっております。」

息子?!と驚く2人に自慢げなニヤつきを見せた後、2人の間に入り肩に手を置いてふんぞり返る比良坂。

「うちのバカ息子と、バカ息子には勿体ない出来た嫁さんだ!びっくりしたろう!」

「……一応百が嫁さんってのは言っちゃダメなんだけど……。」

「……まあ良いじゃないか!彼らは口が堅い!なぁ……?」

若干青ざめながらもこちらに釘を指してくる比良坂にビビりながらも、戦場に似合わない空気感に若干緊張が解ける2人。


その場にいる全員が、水平線へとハッキリと現れた大群へと視線を戻し、若干和んだ空気がピッと張り詰める。


新任の兵士の1人、今回が初の出兵の男は脚の震えが止まらない。心臓の音がやけに大きい。滝のように嫌な汗が流れ、地面がぐわんぐわんと波打つように動く。


「……勝つぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

怒号の様な一喝が前から聞こえふと視線を上げると、ニカッと笑う男の姿が見えた。

自身が憧れ、目標にするその背中は大きく、堂々としていた。

気付くと身体の震えも、心臓の音も気にならなくなり、胸の部分に熱い何かが込み上げてくるような気がした。


全軍、前代未聞の侵攻に向けて突撃を始めた。

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ヴォレ・トン・クール 白久 巻麩 @kimidori4489

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