最終話 きっとまた会える
看板のネオンが光る。店の名は
僕はゆっくりと中に入る。ここはどうやら小料理屋らしい。店主は女性、多分ダリルの関係者だ。
この店はかつて、BLANCという店だった。今はもう他人の手に渡っている。改装が加えられ、土だった床は一段床が上げられてフローリングに、水回りも清潔になったらしくねずみもゴキブリもいない。
花々の店主は物静かな人物で、髪を結って着物を着、微笑んで料理と酒を出してくれた。他の客と話しながらしとやかに笑い、丁寧に料理を盛りつけている様子が信頼できる。
そんな風に彼女を見つめていると、こちらを見返してきた。にっこりと微笑んで。
「怪我は治られたんですか?」
驚いていると、彼女は僕に出汁の利いた揚げ豆腐を出してくれた。
「どうして僕の怪我のことを? いや、確かに一昨日退院しましたけど……」
「ダリルから聞いてましたから。福さんのご友人ですよね?」
福。懐かしい名前に目頭が熱くなる。僕は意味不明な言葉を並べながら涙を誤魔化す。
「お祖父様の裁判、大変でしょう。私、ご身内の方がどんなに苦労されてるかっていつも思ってます。それに、親族の方が別件で自首もされたって」
透也は警察に出頭していた。祖父が無事だったこと、彼に殺意がなかったこと、こちらが被害届を出さなかったことで起訴はされなかったが、祖父の件が表沙汰になったことで注目されてしまったようだ。
彼の人生はさらに困難なものになってしまった。これから自分でどうにかするしかないだろう。
祖父は、国や市民に裁判を起こされている。会社も人手に渡った。僕はまだ在籍しているが、じきに別の仕事を始めなければならないだろう。
ローズも、ソフィーも、エドワルドも、その他の親族たちも苦労を強いられる。でも、仕方のないことだ。
WCWRは不穏な動きを注視され、何人も関係者が逮捕された。これからますます逮捕者は出るだろう。とりあえず、しばらくはWCWRに関わる事件は起きないだろうと言われている。
「ところで、福たちはどうしてるか知らないですよね」
僕が聞くと、店主は首を振った。
「ある日、突然いなくなってそれっきり。でも、空っぽのお店のカウンターに手紙が残されてました。私宛に、この店の権利を渡すという内容のものと、あとはあなた宛の手紙です」
驚きのあまり立ち上がってしまった。椅子が転がり、周りの客がこちらに注目する。僕は慌てて椅子を戻し、座り直す。
「あの、その手紙……」
「渡そうと思って持ってました。私宛の手紙にあなたに渡すよう書いてありましたからね」
彼女は前掛けのポケットに手を入れ、そのフィルム製の封筒を僕に渡した。一緒にペーパーナイフを貸してくれたので、すぐに開くことができた。中に入っていたのは……。
「何がありました?」
店主が言う。僕は手紙を見つめながら泣いていた。
ありがとう、そう書いてあった。それだけだ。だけどかなり勇気づけられた。僕は正しいことをした。その自信が弱まっていたころだったから。
「ん? 何か書いてありますね」
店主は僕の持っている便箋の裏側を指さした。めくって裏側を見る。走り書きだ。謎めいた数字と、意味のないアルファベットの
「それ、IDとパスワードじゃありません?」
僕は自然と自分のポータブルスクリーンをログアウトし、新たにログインしてIDとパスワードを入力した。最初に表示されたのは、福の顔写真だ。これは、福のポータブルスクリーンのデータなのだ。
僕は夢中で調べた。彼の検索記録。彼のデータ。でも、めぼしいものは何も出てこない。仕方なく、小野寺アラン、と何となく入力した。するとポータブルスクリーンが不思議な動きをする。ドキュメントが一つ、表示される。更新日は、今日だ。
「ケープタウン」
それだけ書かれていた。ケープタウン。南アフリカ共和国の首都だ。福は、そこにいる?
僕はわくわくし始めた。福がそこにいるかもしれない。行けば彼らに会えるかもしれない。僕は店主に礼を言い、料金を払って店を飛び出した。
ネオンの輝くさいわい横町にいた。僕の右側にも左側にも賑やかに歩く人々がいる。
一生懸命に生きている人々。工場労働者もいればストリッパーもいる。性を売る者も買う者もいる。彼らはどん底を生き延びようとする人々だった。僕が見落としていただけで、彼らは本当に生きていた。福は、その中にいた。
僕は歩き出した。彼に会おう。きっと会おう。僕らはいつか会えるだろう。
それは必ず現実となるはずだ。
《了》
探偵は喪服をまとう 酒田青 @camel826
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます