第45話 少し未来の話(エピローグ)

 僕と寧々さんの交際が始まってから、今年で4年が経過した。

 4年も経っているのにさん付けが抜けないのは、その呼び方がしっくり来るという意味合い以上のモノはない。


 さて。

 僕らの仲は今も極めて良好であって、なんなら大学を卒業してすぐに結婚している。

 そして結婚した僕らはイタリアに移住し、その1年目の夏に差し掛かっている。移住の理由は、寧々さんがイタリアの叔父さんのもとで本格的な異国修行を開始したからである。僕はそれに同行してのサポート中だ。


 それと、僕は別にニートではなくきちんと仕事をしている。何をやっているのかと言えば、小説家である――というのも、完成した処女作を適当な賞に応募したら佳作に選ばれ、それを出版したらベストセラーではないにせよ、職として勘定出来る程度の収入を得られたのだ。今はリモートで出版社とやり取りをしつつ、新作を書いている状態だ。

 元々はゲームの脚本家を目指していたわけだが、寧々さんのサポートをしたい僕としては会社勤めが難しいので、一旦お預けって感じになっている。


 なんにしても、そういう事情でのイタリア作家生活である。

 それが僕の現状だ。


 そして僕に変化があったように、友人たちにも色々と変化があった。


 まず三代さん。

 彼女は炉菊さんと二人三脚で頑張ったラブコメ漫画で3年前に連載を勝ち取り、なんと今や発行部数が百万部を超えるヒット作家になっている。


『白木くんたちの関係性を漫画に落とし込んだらウケてしまったので、お三方には頭が上がりません……っ』


 というのが、最近連絡を取るたびに三代さんが告げてくる懺悔の言葉である。

 まぁ……ウケてくれたならそれでいいじゃないかという感じだ。

 原作料くらいは貰ってもいいだろうか、と思いつつも、そこはまぁ友人として大目に見てやろうってことで。

 

 そして僕の友人としてもう1人外せない存在と言えば、もちろん羽海だ。

 あいつの現状だが、イラストレーター兼エロ漫画家として第一線で活動中だ。大学1年の時の夏コミで絵師として声を掛けられたわけだが、そのときに起用されたラノベがメチャクチャ大ヒットして名前と腕が知れたことで、多方面から依頼が殺到するようになったという経緯だ。

 だから僕と同じく(これは三代さんもそうだが)、大学卒業後は個人事業主として活動し、どこかに勤めたりはしていない。


『――あ、壮介? 私だけど、今何してる?』


 今日の日中には、そんな羽海からの連絡があった。

 連絡は数日にいっぺんの頻度で来る感じだろうか。

 

『白木くんっ、お久しぶりですっ。今はお仕事中だったりしませんか?』


 どうやら同じ空間(多分羽海の自宅)には三代さんも居るようで、続いてそんな声も聞こえてきた。


「2人ともおはよう。今は小説の執筆中だよ」

『じゃあ仕事中なのね。お邪魔だった?』

「いや、ちょっとくらい話すのは全然いいよ」

『ありがとう。で、そっちって今は何時くらいなの?』

「朝の10時過ぎだな」


 時差は大体8時間。

 日本の方が進んでいる形だから、向こうは今午後6時くらいだと思う。


「2人はお盆休暇中?」


 今は8月中旬で、日本だとまさにそういう時期だ。


『そうよ。だから忙しい連載作家様を呼んで夕飯を楽しめているってこと』

『お盆前が合併号だったんで、ちょっとは休む余裕が出来たんですよ』


 三代さんは週刊連載だからな、激務で大変そうだ。


『そういえば、壮介だけじゃなくて寧々も仕事?』

「そうだよ。こっちも夏休みの時期ではあるんだけど、寧々さんの叔父さんの店は普通に営業してるからさ」

『暑い中で厨房は大変そうよね』

「まぁ、日本の夏に比べれば湿度がない分マシな部分もあるよ。羽海こそ身体には気を付けなよ?」

『分かっているわ。


 そう応じる声には慈愛の感情がふんだんに含まれていた。


『羽海さん、?』

『そうね、まだそこまでじゃないけれど』


 とのことで、僕は順調そうな羽海の状態を聞いてホッとする。


 そう――実は羽海、


 羽海をフることしか出来なかった僕は、羽海に何か望みがあればお詫びがてら叶えてあげたいと思っていたわけで、4年前の夏に要求を聞いてみたのだ。そしたら、


『なら、別に壮介と結ばれなくていいから……子供を産ませてくれない? 迷惑は掛けないから』


 などと言われ、当時の僕は度肝を抜かれたのを覚えている。

 けれど、それが冗談でもなんでもなく羽海の嘘偽りない思いだと知って、最終的には折れることになった。

 僕のことをずっと好きでくれていた羽海に対して、最大限譲歩出来る部分があるならそれだろうと思ったからだ。


 でも羽海の経済面が安定するまではダメだと言い張り、羽海が軌道に乗ってきた大学卒業間近の時期から子作りを始めた。今は大体妊娠5ヶ月目ってところだろうか。

 言うに及ばず、寧々さんの許可は貰っている。最初は当然渋い顔をされたものの、寧々さん的には自分が横恋慕だと思っている罪悪感があるらしいのと、そもそも羽海と仲良くなっているのでその辺の情も踏まえて、最終的には「ま……好きにすれば?」と認めてくれた形である。


『寧々には感謝してもし切れないわよね……それに少し申し訳なくもあるわ。寧々よりも先に壮介の子供を産んでしまうのは』

「大丈夫さ。寧々さんもたまにそれを愚痴ったりするけど、なんだかんだ羽海が産むのを楽しみにしてる感じだし」


 寧々さん自身はまだ身ごもっている余裕がないからこそ、羽海に楽しみを託している感じだろうか。


「あぁそれと、まだ先の話ではあるけど、臨月になったらそっちに戻るからさ」

『……わざわざ来てくれるの?』

「当たり前だろ。寧々さんもそうしろって言ってくれてるし、行くよ」

『ありがとう……寧々にもお礼を言っておかないとダメね』


 しみじみとする羽海をよそに、


『いいですねぇ……わたしも子供欲しいので、羽海さんが羨ましいです』


 と、三代さんがそんなことを言い出していた。


『あら、じゃあみあも壮介に孕ませてもらったら?』

『ふぇっ。そ、それは……どうなんですかね?』


 どうと聞かれても困ってしまうが……、


「とりあえず……冷静に考えてみるといいよ。羽海がやってるのは相当なことだから、それ相応の覚悟がないなら絶対真似しない方がいいって」

『そ、そうですよね……っ。で、でも……いつか……』


 いつか、って……まさか、三代さんは割とマジで乗り気なんだろうか。

 もしそうなったら寧々さんは許可をくれるのか否か……読めないな。 


『まぁそれはそうと、壮介は執筆中なんでしょ? じゃあひとまず今日はこれでね』

『そ、そうですね、お仕事の邪魔しちゃ悪いですしっ』


 というわけで、2人との通話を終えて、僕は再び執筆に集中し始めた。

 そして今日も日が暮れた頃に――


「――ただいまっ」


 寧々さんが借家に帰ってきた。

 出会ったときから変わらないウルフカットの黒髪を揺らしながら、パンツルックの寧々さんはまず最初に僕へのハグを行ってくる。帰宅時のルーティーンみたいなもんだ。僕はもちろんそれを快く受け止める。


「おかえり寧々さん、今日もお疲れ様」

「あたしが居ない間寂しくなかった?」

「まぁ、寂しかったかな」

「えへへ。じゃあこっからは美味しい夕飯作って心をあっためてあげちゃう」


 そう言って軽いキスをしてくれた寧々さんがキッチンへと移動していく。


 国が変わっても、大学時代から変わらない当たり前の光景が嬉しい。

 そんな光景が僕に潤いをもたらしてくれているのは確かなことで。

 きっとこれから先もキッチンで僕に背を向けてテキパキと動く寧々さんを、何百回、何千回と見ていくことになるんだろう。想像するだけで幸せだ。

 だからその幸福が決して崩れないように寧々さんと仲睦まじく過ごして、この光景を守り続けなければならないわけだ。


「寧々さん」

「ん、なーに?」

「愛してるよ」

「お――へへ、当然あたしもねっ」


 そんな返事が届く日常をありがたく噛み締めながら、僕は寧々さんとの生活をこれからも堪能していこうと思う。

 いつまでも、いつまでも――。





―――――――――――――――――

これにて物語はおしまいとなります。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


作者はこれからも色々と書いていくつもりなので、

もし良かったらフォローして作品を覗いてみてください。

本当にありがとうございました。


ちなみにこちらが新作です(URL機能してなかったらすみません)

https://kakuyomu.jp/works/16818023212693449466

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浮気されたので浮気し返そうと思って合コンに行ったら、僕を昔パシリにしていた同級生と再会して同棲することになった あらばら @siratakioisii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画