思い返せば愛しいばかり。
フィリオーネはライアスと結婚して以来、宰相としての彼と過ごしていた一年を振り返っては羞恥に頬を染める、という奇行を繰り返していた。
一番恥ずかしかったのは、ライリーンの君としてのライアスが使っている香水を自分に振りかけて彼に嗅がせたことである。
これはあまりよくないと言われたフィリオーネは、文字通り香りが混ざって好ましくないのだと認識していたが、実際は“フィリオーネとライアスの香りが混ざっているのは精神衛生上よろしくない”という意味だった。
これに気がついたのは、寝室の香りがそうなってきたからである。これは確かによろしくない。フィリオーネは気づいてからしばらくは、寝室に入るのに毎回気合いを入れるしかなかった。
次に恥ずかしかったのは、寝たふりをしていた時のライアスの独白である。
あれは全てフィリオーネへの告白であった。そして、あの時に嗅いだライリーンの君の香水は、ライアスが第二皇子として父王と話をしていたからだと推察できる。
確か、彼はフィリオーネのことを“我が君”と呼んでいた。当時のフィリオーネは主君という意味合いかと思っていたが、これは愛していると言えない時に貴族が使う言葉でもある。
なんということだ。ライアスはフィリオーネが眠っていると思って愛を囁いていたのである。そして、彼の言う“全力で支える”とは宰相として教育に励むという意味ではなく、夫となった暁にはフィリオーネの女王としての責務を支える、という意味だったのだ。
人間の行動には根底に何かしらの理由がある。ライアスの行動を思い返すほど、彼がフィリオーネに愛を捧げ続けていたことを思い知らされる。フィリオーネはライアスの表面から内面を察し、好きになっていたはずだった。
しかし、それはフィリオーネの勘違いだった。
正に、思い込みというものである。
勝手な思い込みで好きになったのだけれど、本当の姿を知ったらもっと好きになってしまったわ。
結婚式に新郎として現れた彼に、複雑な気持ちを抱いたのは事実だった。先月までのあの胸の痛みは何だったのか。ずっと騙してきた理由を知りたかった。しきたりだから仕方ないと割り切っていたにしても、もっとやりようがあったのではないか。
しかし、フィリオーネはそれをライアスに伝えなかった。
我慢したわけではない。ライアスの言葉を、信じたのだ。
必ずフィリオーネを幸せにするという言葉を。
そして今、フィリオーネはライアスの一挙一動を思い出しては彼からの愛を感じ、赤面する。ずっと彼は彼なりの方法で、フィリオーネを愛しんでいた。
それに気づくたびにフィリオーネは、結婚式の件を許しても良いと思えるのだった。
姫と宰相の十二ヶ月 ~期間限定の宰相に愛のスパルタ教育されてます~ 魚野れん @elfhame_Wallen
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