宝石の花
高黄森哉
宝石の花
俺は冒険者だ。冒険者というくらいだから、様々な場所を冒険してきた。理由は、お金を稼ぐため。この世界では、資源の賦存量の偏りが激しく、遠くに行けば行くほど、珍しいものが手に入る。それは、相手にとってもそうで、自国のつまらないものが思わぬ価格で売れることがある。
「ほう、これが、かの有名な花か。私たちの国では、まず見ることはない。ある高名な詩人が詠んだから有名だが、その姿を見た者は少ない。ありがとう。買おう」
この国の王女は言った。こんな、どこにでも生えているような植物が、普通の働きの三年分の収入になるのだから、世の中わからないものだ。もちろん、買われた花は栽培されるので、初回限りなのだが。
「ほう、花が欲しいといったな。この城の西の方にある深い森の、さらに奥深くに、泉があってな。そこでは、沢山の花が取れる。それらはここでしか採集できない。この国でも高値で売れるのだから、他にもっていけば、遊んで暮らせるほどになるだろう」
「そうですか。森は危険ですか」
俺の装備は心もとなかった。鉄出てきた短剣に、鉄で出来た防具。どれも、魔法はかけられていない。辺境の村では、魔法を知っている人間はすくないのだ。あの、金属と金属を特殊な方法で合体させる方法や、剣の鋭さや耐久を最大化させる砥石、などの魔法は、数学の知識が不可欠である。
「危険でない、とは言わないが、他と比べればマシな方だ。それでも、毎年、何百人も命を落とす」
「ドラゴンが出るとか。それとも、クマが出るとか」
「いや、あそこで本当に危険なのは、植物だ」
危険な植物。
「運動性つる性植物ですか」
「そうだ。ここでは、四色カズラと呼ばれている。見た目は汚いし、実は毒を持っている、その上、動き回って家畜を荒らすという厄介者だ。お前は装備が貧相だから気を付けろ」
「それで何百人も」
受ける印象より、被害人数が多い。クマでさえ、自分の村では、毎年一人死んだら大事なくらいだ。
「まさか。所詮、植物、松明で燃やせばなんてことはない。もちろん、山火事の原因になるから、するべきではないが。あそこは、湿気ってるから、多少は問題ないだろう。今までは問題はなかった」
彼女は言い聞かせるように言った。そこら辺の許可については、難しい判断に違いない。
「他に、ヒトトリソウ、というのがある。ベンチだと思って休憩すると、それが植物の顎で、トラばさみ式に殺されてしまう、というものだ。緑だからすぐわかるが、外から来たものは座るかもしれない。気を付けるように」
「何百人も死ぬものですかね」
「まさか。知っていれば、座ることはない。死ぬとしたら、よっぽど酔っていたか、よっぽど疲れていたか、自殺かのいずれかだ」
では、なんで、そんなに人が死ぬのだろう。
「さて、ここからはもっと危険な植物を紹介する。聞き漏らさぬように。最初は女体へちまだ。これは、文字通り女の形をしたへちまで、その、そうだな、一緒に眠ろうとすると、身体を溶かされてしまう。毎年、これで部外者が五人ほど死ぬ」
「そんなに強酸なんですか」
「いいや。もともと、あれが女の形をしているのは偶然で、鳥の巣を意識している。だから、鳥を溶かせればいいわけだ。その巣穴に、その、なに入れると、それだけが解ける。それで、自殺するわけだ」
彼女は、この話の間、俺の目を見ることはなかった。
「あとの九十五人は」
「男キノコというので、五人死ぬが、説明はいらないだろう」
「まあ、それは確かに。しかし、あと九十人も、一体なにで死ぬのですか」
王女は、玉座に座りなおした。
「それはもちろん、お前が今から取りに行く、セレスシャル百合のためだ。あの美しい花。それでも、取りに行こうと思うか」
ぞっとした。綺麗な花にはとげがある、ということか。しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ともいう。
「腕には自信があります」
「わかった。それは、とても美しい花だ。地下からくみ上げた宝石で出来ている。海辺の樹木が金を含有するように。七色の花だ。それでいて、下品ではない。安っぽくはない。美しさにも奥行きがあるものだ。なにを言っているかわからないかもしれないが、実物を見れば、理解できるだろう。故に、実物を知らなくても、すぐに判別がつくと思われる」
「猛毒ですか」
「いいや。その花弁は万病に効くと言われている。どんな、悪性腫瘍にも効く。使用時の多幸感は、どんな麻薬にも勝る。それでいて依存性が皆無だ」
そんな、花は栽培されるべきだ。しかし、彼女の口ぶりからは、そのようなことはなされていないようだ。きっと、この花にはとんでもない、不利益が存在するに違いない。
「わかりました。摂取すると、下界が相対的にくすんで見えるとか。あまりにも、幸せで、それ以降の生活がつまらなく、結果、自殺に至る」
「まさか。これは、あらゆる副作用がないのだよ。肉体面でも、精神面でも」
「故に、危険な動物が守っている」
だから、九十人も人が死ぬ。その生き物は、きっと、誰にも勝てないほど、強い生き物に違いない。繰り返される、花の強奪合戦に勝ち続けた、進化のレースの勝者。
「それもないな。あの森は異常な植物が多くて、動物はほとんどいない。植物が、開いたにっちを埋めようとするから、さらに植物相が奇怪になる。最近の調査だと、植物を食べる植物が現れたそうだ。いや、考えてみれば、生物全体としては珍しいわけではないか」
「ならば、危険な植物が守っている」
「それも違う。あれは、植物には作用しない。むしろ、悪影響だ。あれの周りは砂地でな。だから、すぐにわかるだろう」
俺はもうお手上げだった。彼女とのゲームは終了。答えを聞く。
「もうこれ以上は、ありません。答えを教えてください。一体、なぜ、その花は人を殺すんですか。これほどまでに、人に無害で、それどころか有用な花なのに。一体、その植物はどんな罪を抱えているのですか。どんな危険をはらんでいるんですか」
「だからだよ。一つも危険ではなく、誰に対しても救いになるからだ」
その植物の罪は、人を救うこと、だというのか。神みたいな植物の二面性、いや一面性。
「あの花が美しくて有用だからだ。それでいて、人畜無害だから。だから、奪い合いが起きる。それで、毎年、九十人も人が死ぬのだ。私たちがそれに手を付けないのは、戦争の火種になるからだよ。なんせ、万病に効くんだしな」
宝石の花 高黄森哉 @kamikawa2001
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