エピローグ

 悦子さんにトロフィーを渡す。悦子さんは穏やかな表情をしていた。


「1万円ぶんの図書カードもどうぞ」


「いいわ。莉子さんが本を買うのに使って。わたしは大人だもの」


「そっスか」


 素直に1万円ぶんの図書カードを受け取る。


「もう高校生じゃないのに、こんな立派なトロフィー受け取っていいのかしら」


「悦子さんはこの間まで、間違いなく高校生だったじゃないスか。受け取っていいんスよ」


「そうね。莉子さん、届けてくれてありがとう」


 そういう話を、コーヒーとルマンドをつつきながらしていると、悦子さんのスマホが鳴った。知らない電話番号らしい。しかし悦子さんは躊躇なく出た。


「はいもしもし貫井です。はい。はい。……はい。え、それって、はい。はい。ちょっと待ってください」


 悦子さんはあたしに、長い電話になるだろうから帰るといい、と伝えてきた。なんの電話か分からないが、悦子さんの表情は比較的明るいので、心配しないで帰ることにした。


 家に帰り、郵便局のアルバイトに必要な書類をまとめていると、悦子さんから電話がかかってきた。出てみると、悦子さんは少し興奮しているようだった。


「今年春に公募に投稿した作品が、3年間出ていなかった大賞、とにかく一番てっぺんの賞を獲ったの!』


 聞き間違いかと思ったがどうやら本当らしい。悦子さんは少し早口で続ける。


「賞金300万の賞なの。そのうえ書籍化が確定なの。それも文庫本じゃなく、ちゃんとハードカバーで文芸書の棚に並ぶの。しかもそのあとも編集者さんがついてくれるの。すごくない!?」


「すごいじゃないっスか! おめでとうございます!」


「本が出たら買ってね、図書カードで」


「そうするっス! 悦子さん、ひと段落したらおめでとう会しましょう」


「そうね。必ずよ」


 悦子さんはとてもとても、嬉しそうだった。


 ◇◇◇◇


 それから半年ほど経って、あたしは高校2年生になっていた。そろそろ進路とかそういう面倒なことを考えなくちゃいけない時期だ。でもそんなに悩まないでなり行きに任せてもいいかもな、と思っている。


 春に刊行された、悦子さんの本「動物園」は大ヒットしていた。だれもが、大々的に報じられた悦子さんの境遇に驚き、悦子さんの人生を想像し、そして本を買って、読んだ結果周りの人にも薦める、という連鎖で、悦子さんはもはやベストセラー作家としてある程度の地位を築いていた。2冊目も今年じゅうに刊行するのだという。


 悦子さんの夢だった猫も、春先にお家の軒下で生まれて母猫に見捨てられた子猫というのを拾って悦子さんが世話をしている。いちど触らせてもらったがとても可愛らしい子猫だった。サビ模様だから女の子だ。


 その年の本屋大賞は、悦子さんの作品「動物園」が受賞した。テレビに映ってインタビューに応じて、「友達が応援してくれたからです」と語る悦子さんを、あたしは誇らしく見つめた。


 この人のいう友達は、あたしのことなのだ、と。(おわり)

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アオハルおばさん 金澤流都 @kanezya

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