第8話Ep4.被服部部長/活動報告

「さすが部長~~! じゃあこの件はこれで一件らくちゃく――」

「え、ちょっと待ってくださいよ」


 カイがニコニコと言いかけたのを遮ったのはサトルだった。その声は上ずり、先ほどまで顔の高さに上げていた布をいまはグシャリと握りしめている。


「誰も疑問に思わないんですか? 被服部の部長が美化委員なら、その布を見た時点で何が起こってるかわかるはずじゃないですか。猫のこととかはともかく、少なくとも被服部の誰かが部活で使った布を捨ててるってわかるじゃないですか。その布は美化委員全員が見てるんですよね? それで何も言わないってことは、僕の考えはまったくの的外れってことに……」


 彼はもともと肌が白いけれど、いまはそれを通り越して青いくらいだ。いつも涼し気な目元は固く開かれていて、唇は微かに震えている。

 まだ出会って二か月ほどだけど、けれど、それでも――カイはこれほど動揺するサトルを初めて見た。


「――あっ、ああ~~! 確かに! 言われてみればそうですよねっ。俺全然気づかなかったですよ。さすがサトル先輩っ!」

「た、確かに~! いや先輩スゴイっすね!」

「――――っ!」


 初対面でも様子がおかしいことがわかったのだろうか、カイに合わせてタクミまでわざとらしい声を上げる。

 けれどサトルは唇を噛んで俯いた。

カイとタクミが途方に暮れて顔を見合わせとき――、低い、けれどよく通る声がゆっくりと広がった。語り口は軽くて、内容も薄くて――、でも、あたたかい声。


「――ヘイ。まあ落ち着けって」


 そう言ってジンゴはサトルに緩やかに近づき、近づいて――さりげなく机から一枚引き抜いた布切れをサトルの額に押し当てた。そのままグリグリとこすりつける。


「ジンゴさ――え、いや、なに。やめて――やめろって!」


 当惑した声はすぐに苛立ちに変わり、サトルはその手を払いのけた。

 垂れた瞼の下、明るい色をした瞳が視界に飛び込む。


「いひひっ。ほら深呼吸。……へーき? 戻った?」


……あぁ、と唇の隙間からわずかに吐息が漏れる。血の気が引いて痺れかけていた頬にじんわりと熱が戻る。

 端にぼやぼやと靄のかかっていた視界がクリアになって、馴染みのある顔がこちらをじっと見つめているのに、サトルはやっと気が付いた。その顔は口元も目元も笑っているけれど――、眉だけがハの字に下がっていた。彼が人前で誰かを心配している時の顔。

 続いて、その後ろでチラチラとこちらの様子を窺う一年たちの姿が目に入る。サトルは彼らのつま先を見つめながら小さく言った。


「…………すみません。取り乱しました」


 そして自分の肘をギュッと掴む彼に、一年ふたりは曖昧に微笑んだ。その姿は自分を守るみたいに弱々しくて――普段の彼を知っているカイにはどうにも居心地が悪かった。


「……まあさー、お前はあいつらを知らないからそう思うかもしんねぇけどさ」


 素早く自分以外の人間の様子を見渡してから、お悩み相談部部長兼生活指導委員長は勢いよく机に腰をおろした。ミィッ、と木製の机は小さく軋み、風圧で布切れがふわりと舞う。カイは慌ててそれを拾おうと手を伸ばした。


「実際、いまの被服部部長に他の部員の面倒見る余裕なんてほぼねぇと思うぜ」

「なんで……?」

「もう来週だぜ? でも、まぁ……公式行事じゃねぇもんな。一年は知らないだろうし、サトルもそういうの興味ねぇしな」

「なにがあるんです……?」


 舞い落ちる布の隙間から先輩を見上げる。――普段と見る角度が違うからだろうか。

 いつもニコニコと笑っている印象の強い先輩の顔は――どこか遠くを見つめ、固く険しかった。

 その睨むような表情のまま、ポツリと答える。


「ファッションショーの季節だ」






――――――――――


【活動報告】


日時:六月十日


作成:仁吾未来


相談者:一年三組 会沢拓生(美化委員)


相談内容:

 清掃活動中、特別棟周辺に布が頻繁に落ちており、原因を特定してほしい。


結果:

 布を置いたのは被服部に所属する生徒であり、被服室から見える野良猫に布を掛けた後、猫がいなくなり残ったものだった。


備考:

 美化委員長より話を通し、被服部部長より部員に注意喚起が行われた。

 野良猫は犬神動物病院にて保護。現在里親探し中。


――――――――――



 六月十日、金曜日。

 放課後、十七時。生活指導室。


活動報告書これひっさしぶりに書いたわ」

「久しぶりに部長が仕事しましたね」


 部長が手早く書き上げた報告書をサトルが受け取りファイルに仕舞う。その後ろでジンゴはググっと腰を伸ばした。


「猫は無事にお前と犬神ンとこので捕まえられたじゃん。布もキョーコからマキ通して注意してもらえたっぽいし。これで大丈夫だろ。うへー、マキめちゃくちゃピリピリしてんだろうな。顔合わせないように気をつけよ」

「イヌガミ、って、前の漫研の人ですか?」

「ええ。カオルくんの家、動物病院なんですよ」


(犬神って苗字で動物病院なの強いな)


 そんなことを考えるカイの傍ら、ジンゴはまた別の紙を手に取った。紙――否、それはチケットだ。タクミが去り際に「あ、そうだ、いまの話で思い出しました。これ、委員長から渡してこいって頼まれてたんですよね。『アタシも出るからあげる。生徒会長はどうせ来るでしょ』、ですって」と置いていった、三枚のチケット。


「ジンゴさん、それどうします? 行きます?」

「行くっきゃないっしょー。キョーコ直々にこんなことしてくるってことは、向こうは向こうで色々あるんだろうな……。はあ、めんどくせぇ。けど行かなきゃもっとめんどくせぇからなぁ」

「? めんどくさいんですか? ジンゴ先輩、そういうの好きなのかと思ってました」

「そりゃ、なにもなけりゃあ好きだし特等席で見れるって考えたらラッキーだけどよ。これ渡してきた相手がなぁ……。ま、とりあえずカイは何も考えず楽しめよ。ほれ、渡しとく。サトルも来いよ、美化委員長は俺たち三人での出席をご所望のようだ」


(なんでこんな嫌そうなんだろ。美化委員長のこと、そんなに嫌いなのかな……?)


 首を傾げながらチケットを受け取る。先輩の思惑はさておき、印刷されているポップな文字を見ると自然と心が弾んでくる。

 なぜって、そこに書かれている文字は。


『第5回ファッションショー 指定席』

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