第8話Ep3.Why?/Who?


「最近この辺りに野良猫が住み着いてるんですけど、タクミくんは知っていますか?」


 首を振った彼にスマホを見せる。お腹が白で背中側が茶色い猫の写真。


(さっきの猫じゃん。あげちゃん)


「この辺りって言ったけど、この子学校の敷地内にもよく来てるんですよ。一般棟の周りは人が多いからか見たことないけど……特別棟とか講堂の周りには結構いて。それで、特別棟の裏手がお気に入りのお昼寝スポットなんですよね。あの辺午後になるといい感じに陽が当たるから。人もあんまりこないし」


 サトルは次々と画面をスワイプさせながら話し、一枚の画像で手を止めた。植込みの下で気持ちよさそうに丸くなる猫が映っている。


(ここまで全部猫の写真だったんだけど……。どんだけ撮ってるんだこの人)


 大量の猫画像を見せられたタクミは「へぇ、そうなんですね」と曖昧な笑みを浮かべた。先輩の話だからおとなしく聞いているけれど本当は早く終わってほしい、そんな表情。


「んで? その猫とこの布がどう関係あんのよ」

「特別棟の裏手――その猫がよくお昼寝してる場所って、中の教室から見えるんですよ。それに昼だけじゃなくて、放課後にもよくいるんですよね」


 部長の問いにサトルはさも「これだけ言えばわかるだろう」みたいに答えたけれど、他の三人は首を傾げるばかりだ。その様子に「はぁ、」と小さく息を吐いて言い添える。


「猫が気持ちよく寝てるの見たら掛けたくなりません? ──お布団」

「――ああ」


 カイにもやっと彼が何を言いたいのかわかってきた。つまり誰かが眠っている猫に布団のつもりで布をかけ、その後猫がどこかへ行って布だけ残ったということだ。

と同時に、昼休みに見た光景をふと思い出す。


「……先輩、もしかして今日の昼休みにもあげちゃんのとこ行ってました?」

「はい、最近はお昼に餌あげに行ってます。やっと自分から近づいてくれるようになったんですよ。それが?」

「いや、今日先輩っぽい後ろ姿を見かけたからちょっと気になってて……」


(ぼっち飯じゃなかったんだ)


 そう思いながら曖昧に笑って言った台詞に、サトルは後輩の顔をじっと見た。


「……いま、なんか失礼なこと考えてません?」

「えっ!? ヤだなぁ~、そんなわけないじゃないですかぁ~」

「『ぼっち飯じゃなかったんだ』とか考えてません?」

「ぎゃあ!? なんでわかるの!?!?」


 悲鳴を上げるカイを睨み、「ご飯は他人と食べなきゃいけないなんてルールはないんですよ」と小さく言う。


(それ結局ぼっち飯じゃん)


 やっぱり友達いないのかな……。


 浮かんだ言葉を、さすがのカイも飲み込んだ。



♢ ♦ ♢



「でだよ。布が落ちてる理由はわかったけどさー、結局誰がやってんだろな。お前らも注意しに行くんだろ?」


 ジンゴに顔を向けられ、タクミは「そうですね、できれば……」と首を縦に振る。

 けれど話を振った当の本人は腕を組んで天を仰いだ。


「結局新聞部モカに張らせるのが一番早いんかな。モカとキョーコは仲悪いし、協力してくれるかわかんねぇけど」


(うわ、新聞部部長……。会いたくない……)


 新聞部部長。三年二組、百目モモモク檬藻花モモカ

 彩樫高等この学校で知りたいことがあるなら、生徒会長か新聞部部長に聞けばいい。そう噂されるほどの情報通の片翼。

 見た目は可愛らしいが可愛らしいのは見た目だけ。中身は学校中に盗聴盗撮器を仕掛けるくらい苛烈で、吐き出されるのは猛烈熾烈な罵詈雑言。間違いなく、この学校で一番関わりたくない人物。


 そんな彼女のことを思い出し顔をしかめたカイから視線を外し、


「ああ、それならもう大体アテはありますよ」


とサトルは布をつまみ上げた。


「え、マジ?」

「本当ですかサトル先輩!?」

「誰なんですか?」


 その途端自分以外の三人に詰め寄られる。サトルはさっと身を引いて布を顔の前に広げて持った。ガードするかのようなその体勢で、


「このっ、刺繍! 色んな種類がちょっとずつあって、僕が言うのもなんだけどあんまり上手くないの……、なんだか練習してるみたいじゃないですか?」


 と俯きながら言う。黒髪の隙間から見え隠れする耳の先は微かに赤い。


「――ああ、確かに」


ジンゴは口元を緩めながら頷き、布をつまみ上げた。


「じゃあ家庭科の授業? 俺も一年の時にそんなんやった気がする。ふむふむ、つまり犯人は家庭科で布小物やってる一年生。量からしてひとりじゃない、っつーかいろんなクラスにちょっとずついると見るべきか? だから、美化委員通して一年の各クラスに注意喚起すれば解決! どうよ?」


 部長は布をぴんと張って三人を見渡した。

 けれど、


「えっ、いや……。それはもう終わったかも……?」


 と気まずそうに首を振ったのは、珍しくサトルではなくカイだった。

 ジンゴは少しだけ驚いたような顔をしてから、


「ほほぅ。ナニナニ、終わったってどゆこと?」


 明るい色の目を細めてカイに笑いかけた。


「あの、刺繍も確かにちょっとあったけど、それ最初の方の授業だったんですよ。四月終わりとか五月最初くらい? で、その後はティッシュケースとか小物作ってたんですけど、その授業ももう終わってて。俺たちのクラスは先週から調理実習入ってるんですよ」

「そうなんです。ウチのクラスだけじゃなくて、たぶんどこのクラスももう裁縫は終わってるんじゃないかと」

「ね。それに練習用にもらった布、もっとフェルトみたいのでこれとは違ったし」


 一年生ふたりに口々に言われ「う~んたまには俺もいいセンいったと思ったんだけどな……」とジンゴは唸る。

 その言葉に、


「いいセンはいってますよ」


とサトルが布の影から目だけを出した。


「家庭科の授業、確かにそれも刺繍の練習ありましたね。僕は手が血まみれになった記憶しかないですが。だけどこの布はふたりが言ったように、授業で使った布とは違う。――けど、あるじゃないですか。刺繍の練習をしそうで、こういう色んな種類の布を扱いそうな部活」

「部活――、あっ、手芸部とか!?」


 パッと明るい顔をしたカイにサトルは満足そうに眼鏡の奥を細めた。


「そうです、手芸部か被服部、それかそういう類の研究会。そういうのに入ってる人に話を聞けばわかるでしょう」

「――じゃあ被服部だな」


 ジンゴはいじっていた布を机に置く。微かに眉を寄せながら、


「さっきお前が言ってた、猫が寝てるのが見える教室って被服室だろ? じゃあしばらくは被服部が独占してる。被服部の部長はちょうど美化委員だし。マキに聞けばわかるだろ」

「ジンゴ先輩、詳しいですね。さすが〜!」

「俺も部長ですからね。サトルにばっかいいカッコさせてらんねぇわ」


そう言ってカイの方を向いたときにはもう笑顔で、ぶい、と指を突き出した。


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