鼓子花
有理
鼓子花
「鼓子花」(ひるがお)作:みなみ・有理
※みなみ様との合作です
白川 朝葉(しらかわ ともは)
酒井 茉夕子(さかい まゆこ)
白川 真(しらかわ まこと)
白川 梨花(しらかわ りか):娘。3歳。名前だけ。
酒井 稔哉(さかい としや)
酒井 夕哉(さかい ゆうや):息子。名前だけ。
スタッフ・教師
※真、稔哉は兼役をお勧めします。スタッフ、教師も男性が兼役してください。
茉夕子N「見慣れた化学準備室、隣の彼女は俯いたまま。」
朝葉N「見慣れた化学準備室、隣の彼女は私の手を握ったまま。」
茉夕子N「暗幕から漏れる外の光は私達を祝福しているようで、嘲笑っているようで」
朝葉N「スピーカーから聞こえるチャイムは私達の高校生活とこの関係に、終止符を告げた。」
茉夕子「あーあ。今日でおしまいかー。」
朝葉「ね。なんか、あっという間だったな。」
茉夕子「夢、覚めちゃうね。」
朝葉「そうだね。……覚めなきゃいいのにな。」
茉夕子「幸せだったよ。あさちゃん。いままでありがと。」
朝葉「ん、私も。愛してるわ、またちゃん。」
茉夕子N(たいとるこーる)「鼓子花」
朝葉N「私にとって結婚は、成り行きと世間体の最適解だった。」
朝葉N「学費が安かったから、という理由だけで選んだあの子のいない理系の国立大学。選んだ理由以外なにもいいところは無かった。男女比率8:2。私であるだけで何も困らなかった。初体験は、たまたまその日隣の席にいた男に捧げた。それから4年間、「寂しいの」と隣の誰かへ微笑み続けた。そんな私に友人なんて一人もできなかった。それ程までに私の大学生活は孤立していた。」
朝葉N「大学4年生の8月。妊娠していることが分かった。相手は2ヶ月前に寝た、物理学の授業で右隣に座っていた男。「責任は取る、結婚しよう。」これがプロポーズの言葉。”女の幸せは、結婚して家庭を持つことだ”と信じてやまない私の両親は、塵ほどの拒絶もなく喜んでいた。」
朝葉N「決まっていた就職先は、彼と両親に当たり前のように辞退させられた。卒業後すぐに出産し、彼の望むまま専業主婦になった。私に初めてを捧げた彼は父になっても、過ぎるほど一途に私も娘も大切にしてくれる。私はずっと、ずっと。あの日から穏やかな生活の中、微睡むような孤立に浸り続けていた。」
茉夕子N「私にとって結婚は、造作もないことだった。」
茉夕子N「高校を卒業して適当に選んだあの子のいない女子短大は特に何の思い出もできないまま、呆気なく2年の月日が過ぎていった。授業と課題の合間、息抜きという名の飲み会。変わったことといえば、何度か顔にメスを入れた。ダウンタイムが明けるたび誰もが私を欲しがった。名前はおろか顔もろくに覚えていない男と何度寝ただろう。それ程までに私の大学生活は枯渇していた。」
茉夕子N「煙草と甘い香水が混じった、作り物の清楚な私。就職先は叔父のツテ、広告代理店の受付。そんな私に差し出された指輪は43万円の0.3カラット。所詮そんなものか、とお人好しが具現化したような医者の彼を選んだ。」
茉夕子N「出逢いなんてさほど覚えていない。でも、どうせ彼でよかった。煩い姑も、プライドばかりの小姑も、跡取りを産んだ私が笑えば黙ってしまうんだから。顔面の課金額より随分安い左手の指輪。私はずっと、ずっと。あの日から満ち足りた生活の中、ひたすら枯渇し続けていた。」
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真「ともは、ともは。起きて。」
朝葉「ん……。どうしたの。」
真「梨花が咳してて。熱は無いみたいなんだけど。」
朝葉「(梨花の様子を見ながら)あ、ほんとね。すぐに気づかずごめんなさい。幼稚園におやすみの連絡しておくわ。」
真「うん。ありがとう。病院も行った方がいいんじゃない?」
朝葉「熱はないし、一旦様子を見ても(いいんじゃない)……」
真「(( )に被せながら)一応、ね?病院に予約の電話しとくよ。」
朝葉「……ええ。わかったわ。」
朝葉N「ため息を飲み、微笑みながら彼を見送る。
身支度を済ませ、立て付けの悪い玄関の引き戸を閉めた。」
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茉夕子N「“たまには病院に行って差し入れでもしなさい。”朝からガミガミ怒鳴る姑。目の前で大きなため息を吐くとキーッと顔を真っ赤にして立ち去って行った。思わず吹き出した笑い声はどうやら聞こえていないようだった。」
茉夕子「中村さん、私お義母様の仰る通り病院に顔出してくるわ。夕哉よろしくね。」
茉夕子N「広い庭でシャボン玉を吹く5歳の息子とその隣に立つ使用人の中村さん。彼女は微笑んで会釈する。」
茉夕子N「重い腰を上げて、白いスリッパを脱ぎ捨てた。」
(小児科にて)
朝葉N「病院に着くと、すぐに名前が呼ばれた。」
朝葉「白川です。よろしくお願いいたします。」
稔哉「白川さん、おはようございます。梨花ちゃんおはよう、今日は、咳?かな。」
朝葉「おはようございます。ええ、今朝から咳が出ていて。熱はないし食欲もあるんですけど……夫が心配性なもので。」
稔哉「そうですか。よーし、梨花ちゃん、先生お胸の音しっかり聞くね。梨花ちゃんも頑張ってお父さん安心させてあげなきゃね。」
朝葉N「私の膝の上で少し強ばる娘へ、医師はそっと聴診器を当てた。優しい声音に娘の緊張がほぐれて行くのをぼうっと感じていた。」
茉夕子「こんにちは、皆様。いつもお世話になっております。これ、休憩の時にでも食べて下さい。」
茉夕子N「私が来たことで急にバタつく院内。この気の遣われ方がいつも嫌いだった。酒井先生は外来だと言われ、会うつもりもなかった夫の元へつま先を向けた。」
稔哉「まゆこ、どうしたの?ここに来るなんて珍しいね」
茉夕子「あら、あなたも嫌味言うの?」
稔哉「そんなつもりは、ああ、母さんに言われたんだね。」
茉夕子「差し入れ渡しておいたから。」
稔哉「ありがとう。夕哉は?家かな」
茉夕子「すぐ帰るから。中村さんに見てもらってるわ。」
稔哉「そうか。今日は僕も早く帰るよ。」
茉夕子「…これ、忘れ物?」
稔哉「あ、白川さんのだ。まだ待合室にいるかな?」
茉夕子「私が受付まで届けるわ。帰るついでだし。」
稔哉「え、いいの?」
茉夕子「ついでだから。」
茉夕子N「デスクの端に置かれた、淡い色のハンカチ。綺麗に畳まれたそれを手に診察室を出た。」
朝葉「はい、梨花。手拭いて……あら、ハンカチ……どこか落としちゃったかな。」
朝葉N「診察後立ち寄ったトイレで、ポケットへ入れていたハンカチがないことに気づいた。」
茉夕子「これ、酒井先生の診察室で。白川さんのだって仰ってたけどもう会計済まされてます?」
茉夕子N「受付の若い子に預けようと差し出した瞬間、」
朝葉「あ、そのハンカチ……」
茉夕子N「酷く耳障りのいい聞き覚えのある声に、鳥肌が立った。」
朝葉「すみません、それ。私のだと思います。さっき診察室で落としちゃったみたいで……」
茉夕子「あ、さちゃん…」
朝葉N「ぽとり、とハンカチが落ちた。目の前には瞬きひとつせず立ち尽くす、整った顔立ちの女性。小さく発されたのは、あの子しか呼ばない私のあだ名。懐かしい響きに、脳が揺れた。」
朝葉「え……また、ちゃん、なの……?」
茉夕子「…っ、白川さんですか?すみません、落としてしまって。よかった、間に合って。」
茉夕子N「懐かしい呼び名に、はっと我に帰る。ここで動揺してはいけない、そう思った私は病院のパンフレットを手に取り受付の子に見えないように携帯番号を書き殴った。」
茉夕子「月末にリトミックのイベントをしてるんです。よろしければ、娘さんとどうぞ。」
朝葉「え、あの!(番号に気づく)……っ!……そうなんですね、今度参加させてもらいます。ハンカチ、ありがとうございました。」
朝葉N「ハンカチとパンフレットを私へ渡すと、彼女はぎこちなく微笑んで自動ドアの奥へ消えた。支払う間も、娘と手を繋いで帰る間も、私の手は震えたままだった。」
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朝葉「も、もしもし。」
真「あ、ともは?梨花どうだった?」
朝葉「……」
真「ともは?聞こえる?」
朝葉「あ、ええ、聞こえるわ。風邪の引き始めだろうって。もらったお薬を飲ませて、今寝かしつけたところよ。」
真「そっか。良かった。今日はなにかデザート買って帰るよ。梨花とともはへの、ご褒美。」
朝葉「嬉しい。ありがとう。」
真「ん、また帰る前に連絡する。」
朝葉「ええ。それじゃあ、また後で。」
朝葉N「夫からの通話を切り、机にパンフレットを広げた。特徴的な形で書き殴られた数字の「8」。見間違えるはずがない。紛れもなく、あの子の文字だ。かわいた喉のまま、冷えた指先で「朝葉です」とだけショートメッセージを送った。冷えた指先は、声を殺して疼く自身で温めた。」
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稔哉「まゆこ?具合大丈夫?」
茉夕子N「彼女と別れた後、早足のまま家に帰りそのまま自室のベットへ突っ伏した。使用人の中村さんには具合が悪いから少し休むと言い放った。返事も碌に聞かず、私は」
稔哉「まゆこ?部屋、入るよ?」
茉夕子「いい。大丈夫だから。」
稔哉「でも、」
茉夕子「もう起きるから。」
稔哉「…じゃあ、リビングで夕哉と待ってるね。」
茉夕子N「この火照った顔を見せられるわけがない。彼女からのメッセージを横目に、2度目の絶頂を迎えた。」
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真「お風呂上がったよ。次どうぞ。」
朝葉「ありがとう。」
真「梨花は?」
朝葉「テレビの前でゼリー食べてる。」
真「あ、ほんとだ。元気そうでよかった。」
朝葉「優しいお医者さんだったよ。」
真「……男?」
朝葉「え?」
真「お医者さん、男性だった?」
朝葉「う、うん。」
真「ふーん。」
朝葉「……ねぇ、まことくん。」
真「ん?」
朝葉「あ、あのね。梨花をリトミックに連れていきたくて。」
真「リトミック?」
朝葉「うん。今日行った病院で、月末に無料でやってるらしいの。梨花、運動もお歌も好きだしどうかなと思って。」
真「へぇ。いいんじゃない?梨花も喜ぶだろうし。でも月末か……仕事で連れて行けない日もあるかもなぁ。」
朝葉「あ、私が連れていくから大丈夫よ。歩いて行けるし、興味もあるから。」
真「……そう?それもお医者さんから聞いたの?」
朝葉「ううん、それは……受付の女性が教えてくれたの。」
真「そっか。リトミックかー、楽しいといいね。」
朝葉「ええ。」
朝葉N「受付の子に教えてもらったという嘘にもパンフレットを見せなかったことにも罪悪感は湧かず、ぽかりと空いていたなにかが満たされて行くようだった。」
______
茉夕子「ねえ、この服にリボン似合ってる?」
稔哉「うん、似合ってる。何?やけにご機嫌で。」
茉夕子「別にー。…あーもう、綺麗にできない」
稔哉「貸して?」
茉夕子「結べるの?」
稔哉「これでも医者だよ?」
茉夕子「ああ、それもそうか。」
稔哉「…でも、本当にどうしたの。急にリトミック参加するなんて。」
茉夕子「別にー。」
稔哉「でも、夕哉もう5歳だよ。」
茉夕子「5歳じゃだめなの?」
稔哉「いや、ダメなわけじゃないけど年齢層的に浮いちゃうかも。もっと小さい子が来るからさ。」
茉夕子「いいの。私が見たいだけだから。」
稔哉「そうなの?」
茉夕子「そうなの。夕哉が馴染めなかったら早めに切り上げて帰るから。」
稔哉「…リボン結べたよ。」
茉夕子「ありがとう。どう?」
稔哉「うん。綺麗だよ。」
稔哉N「彼女のポニーテールの上で揺れる赤いリボン。出会った頃からガラスケースの中で大切にされているそれは、僕に言わせればただの安っぽいラッピングのリボンだ。それが踊る日は決まって彼女の機嫌がいい日だけだった。」
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真「お、準備できたの?一緒に行けなくてごめんね。ともは達が出たら僕もすぐ仕事に向かわなきゃ。」
朝葉「んーん、いいのよ。さ、梨花。そろそろ行こっか。……あ、そうだ。ごめん、ちょっとまってて。」
朝葉N「鏡台に閉まっていた小箱をそっと開け、青色のピアスを取り出す。」
朝葉「懐かしい。」
朝葉N「久しぶりに見たピアスホールは、穴が塞がりかけていた。そのまま針を押し込むと、ぷつり と音がした。」
朝葉「ふふ。」
真「ともはー?どうしたのー?」
朝葉「久しぶりにピアスつけたくて。おまたせ、梨花。行こっか。」
真「……君にしては珍しい色だね、青。」
朝葉「そう?可愛いでしょ。」
真「可愛いけど、僕は赤とかオレンジとかそっち系の色が好きかな。でも似合ってるよ。」
朝葉「……ありがとう。じゃあ、行ってきます。」
真「行ってらっしゃい。気をつけて。」
____________
朝葉N「病院に到着すると、10数名ほどの親子連れが既に集まっていた。受付を済ませキョロキョロと辺りを見回すと、赤いリボンが目に止まった。瞬間、胸の奥底が軋んで息が止まった。」
朝葉「……っ!またちゃ、……さ、酒井さん。」
茉夕子「…こんにちは。来てくれたんですね、嬉しい。」
茉夕子N「親子連れがぞろぞろと集う教室に嫌気がさしてきた頃、お腹の底を震わせる声に弛む口元を隠せず振り返った。耳には揺れる青い花。昔よりなんだか美しく見えた。」
朝葉「……お誘いありがとうございます。こういうイベントに参加するのは初めてで。娘より私の方が緊張しちゃって。あ、娘の梨花です。」
茉夕子「梨花ちゃん、初めまして。うちのはあの、デッキに出てる白い服の。夕哉です。協調性も愛想もなくて。本当、誰に似たんだか。」
朝葉「えっと……(デッキを見て夕哉をみつける)ふふ、似てるね。梨花よりお兄ちゃんかな。」
茉夕子「今年5歳だから、そうね。少しだけ。」
スタッフ「皆さん。時間になりましたので始めていきます。保護者の皆様、教室後ろとテラスにも席を用意しております。どうぞお使いください。それでは、みんな!音に合わせて動いてみよう。先生の近くに集まってねー!」
朝葉「あ、始まるみたい。梨花、いっておいで…….って、もう先生のところに……。ほんと、人見知りしないんだから。」
朝葉N「そわりとする心臓を誤魔化しながら、彼女の右隣の席へ座った。」
茉夕子N「彼女の左隣はいつも私の特等席だった。」
茉夕子「…久しぶり。あさちゃん、変わらず綺麗だね。」
朝葉「っ!久しぶり、またちゃん。ほ、ほんと?……またちゃんに会えるから、今日は久しぶりに頑張っちゃった。またちゃんは……昔よりもっと綺麗になったわね。」
茉夕子「もう会わないって、思ってた。会っちゃいけないって。あの時一緒に卒業したんだからって。なんて言うんだろうね、こういうの。」
朝葉「わたしも。そうだなぁ。……偶然、たまたまって言うんじゃない?在りきたりだけど。でも必然とか運命より、なんかロマンチックで貴重な気がする。なんてね。」
茉夕子「あーあ。決心してたのに。狡い。」
朝葉「ふふ。……ねぇ、またちゃん。今度二人でランチしない?ゆっくり話したいな。」
茉夕子「うん。いいよ。今は母親の時間だからね。」
朝葉「やった。そうね、お母さんしてなきゃ。あ、もう終わるね。おかえり、梨花。楽しかった?そう、良かった。……じゃあ、また連絡するね。」
茉夕子「うん。また、ね。」
茉夕子N「視界から消える寸前まで目を離さなかった。偶然的、でもこれって運命だよね。必然だよね。縋るような感情はジャケットの裾を引く夕哉によって現実に引き戻された。」
______
朝葉「あ、またちゃん!こっちこっち。」
茉夕子「あ、ごめんね。ちょっと遠かったでしょ。」
朝葉「んーん!大丈夫よ。お店まで夫が車で送ってくれたの、いいって言ったのに。帰りもって言ってたんだけど、断ったわ。」
茉夕子「そう。」
朝葉「何食べるー?あ、これとか……これもまたちゃん食べれそうだよー……ってごめん、私ったら。」
朝葉N「無意識に出た昔の癖。
彼女の嫌いな食べ物も、好きな食べ物も、
私の指先はひとつも取りこぼさず覚えていた。」
茉夕子「ううん。私、それにする。」
朝葉「あ、じゃあ私も同じものにする。
このハンバーグ、美味しそうだし。
あ、でも……甘いにんじんついてるかなぁ。」
茉夕子「今日はくれないの?にんじん。」
朝葉「ん?あげる。」
茉夕子「うん。」
朝葉「美味しかったねぇ。13時前か……またちゃん、まだ時間ある?もし時間あるならコーヒーでも、」
茉夕子「これ。」
朝葉「ん?……え、これ……」
朝葉N「彼女が手渡してくれたのは、カード型のルームキーだった。彼女のつやりと照る親指の爪。そこに挟まれるルームキー。視線を上げた先にある、欲が潤んだ瞳。」
茉夕子「デザート。食べてもいい?」
朝葉「……うん。私もね、食べたいなって思ってたとこ。」
朝葉N「断る言葉なんて、一音たりとも持ち合わせていなかった。」
茉夕子「じゃあ、行こっか。」
朝葉N「久しぶりに触れた彼女の肌に、熱に、声に。孤立していた自身は、形を忘れて悦んだ。」
______
朝葉N「それからも、定期的に彼女とランチをするようになった。夫と出会った学生の頃から、誰かと出かける事など無かった私。
行く先・出かける彼女の名・帰宅時間。全て伝えていたけれど、彼の眉根は不安を形作るようになっていった。」
朝葉「あ、ピアスのキャッチが。どこに行ったかな……」
真「ん、見つけたよ。」
朝葉「わ、助かったわぁ。ありがとう。」
真「……なぁ、ともは。」
朝葉「なに?」
真「最近、よく出かけるようになったね。」
朝葉「久しぶりに親友に再会出来たのが嬉しくて。……あ、出かけすぎかしら。それなら、」
真「いや、月に一度程度だろ?頻度は別に。」
朝葉「……」
真「……」
朝葉「なにか、疑ってるの?」
真「……」
朝葉「親友は女性で、2人で食事してるだけよ。
行先も帰宅時間もいつも伝えてるじゃない。」
真「……綺麗になったから。」
朝葉「え?」
真「その人と会うようになって更に綺麗になったから、ともは。」
朝葉「……お友だちと会うんだもの。少しでも小綺麗にしておきたいじゃない。褒めてくれてありがとう。」
真「それだけ?」
朝葉「それだけよ。」
真「……本当に女性と会ってるの?2人だけで?」
朝葉「ええ。……あなた、今日おやすみよね。」
真「あぁ。」
朝葉「一緒に行きましょうか。
梨花は、私の母にお願いするから。」
真「……あぁ。すまない、そんな顔をさせて。」
朝葉「いいえ。私こそ。」
朝葉N「少しの緊張感とデザートがお預けになった焦燥感は、彼の目には悲しそうな顔にうつったらしい。その場で彼女へ電話をし、2人でレストランへ向かった。」
______
茉夕子「うん。わかった。コース人数追加しとくから。じゃあ後でね。」
茉夕子N「電話を切った途端、口から出たのは大きなため息だった。今日はデザート抜きかと思うととても残念だ。」
稔哉「まゆこ?」
茉夕子「なに?」
稔哉「あからさまに落ち込んでどうしたの?今日は例の彼女とランチだろ?」
茉夕子「別に。食べたかったデザートが売り切れてただけ。」
稔哉「…そう。また次食べればいいさ。」
茉夕子「ね、お義母さんのお誕生日、来月でしょ。今年もフレンチでいいかな。シェフ。」
稔哉「去年、夕哉が料理気に入らなかったみたいだから別の店にしたら?」
茉夕子「違う店ねー。」
稔哉「ここ。デザートも美味しいって評判いいよ。」
茉夕子「へー。」
稔哉「今度、母さん連れ出すから家で味確かめたらいいよ。その親友も呼んでさ。」
茉夕子「…うん。考えとく。」
稔哉「…ほら。後ろのリボン、結んであげる。」
茉夕子N「俊哉に渡された名刺を鞄に入れ、彼女と約束した店へとつま先を向けた。」
______
朝葉N「レストランへ向かう車内は、ただただ静かで。頻繁に遮断機が降りる踏切も、止まると長い赤信号も、彼にブレーキを踏ませることはなかった。
運転する彼の横顔は、私を優しい孤立の沼へ引き戻そうとしていた。」
真「少し、早く着いたな。」
朝葉「ええ。」
真「……怒ってる、よね。」
朝葉「怒ってないわ。少し、しょんぼりはしているけど。」
真「ともは……」
朝葉「まことさんを不安にさせたこと。反省してるの。」
朝葉N「私は知っている。こうして眉を下げると、彼が罪悪感に満ちた表情を浮かべることを。
節目がちに、ピアスのキャッチを再度耳へ押し付けた」
真「……あ。あの人かな?」
朝葉「ええ。」
朝葉N「聞きなれた彼女のヒール。
あの赤いリボンは今日は私を縛ってくれないのだと思うと、ため息が出そうになった。」
真「こ、こんにちは。」
茉夕子「こんにちは。お待たせしてすみません。」
朝葉「んーん、早く着いちゃったの。」
茉夕子「そう。初めまして、酒井 茉夕子です」
真「白川 真です。今日は突然すみません。」
朝葉「ごめんね、まゆこちゃん。予約の変更とか任せちゃって。」
茉夕子「たった一本の電話するだけなんだから、気にしないで。ともはちゃん。」
朝葉「ありがとう。今度、コーヒ奢らせて。」
茉夕子N「目の前にいる彼女の隣を独占するこの男を、いっそ殺してしまおうかと思う。そっと目の前に運ばれてきた色鮮やかな前菜達。突き立てるフォークに何度も期待する。次は野菜じゃなくてこの男の喉にしようかどうしようか。」
茉夕子「そういえば、旦那様急にお休みになられたの?ちょっとびっくりしちゃった。アフタヌーンティーとか予約してなくてよかったね。」
朝葉「あ、えっと、」
真「僕が無理を言って会いたいと言ったんです。
丁度仕事が休みだったもので。
……いつも2人で食事を?……すみません、不躾な質問をして。ともはやあなたを疑いたいわけじゃないんです。でも……ともはが今までこうして定期的に出かけることが無かったものですから。」
茉夕子「ああ、そうでしたか。旦那様の仰る通り、いつも2人で食事してるだけです。サプライズ的な出来事じゃなくて申し訳ないわ。」
真「そ、そうですか。いえ。」
茉夕子「私も一応、結婚して子供もいます。あれ、ご紹介下さったんですよね?うちの小児科。」
真「小児科……?この前娘が風邪をひいた時に予約しましたが……」
茉夕子「ええ、酷くならなくてよかったですね。」
真「確か、男性のお医者さんだったと伺って」
朝葉「その先生が、まゆこちゃんの旦那様なのよ。
あら、私言わなかった?」
真「え、そうなのかい?聞いてなかったよ。……その節はお世話になりました。いやー、ほっとしました、色々と。はは。」
茉夕子N「なんの味もしない食事に飽きてきた頃、メインの肉料理が運ばれてきた。わざわざリクエストして無理矢理添えさせたオレンジ色。なのに。」
朝葉「あ……。あなた、これ。食べてくれない?」
真「ん?ああ、人参か。いいよ。お皿に入れて。」
朝葉「ありがとう。」
朝葉N「ちらりと彼女へ視線を向けると、それを予知されていたように目が合った。微笑む瞳の奥に揺らめく、嫉妬と欲情。次回のデザートは、いつも以上に私好みなのだろう。」
茉夕子N「私のそれを、この男が食べた。湧き立つ感情を封じ込めた顔は上手に笑えているだろうか。次のデザートはとびっきりにしてやろう。そう、オレンジ色に誓った。」
真「今日は、本当にすみませんでした。これからも、ともはのこと宜しくお願いします。」
茉夕子「いえいえ。こちらこそ。」
朝葉「まゆこちゃん、今日もありがとう。また連絡するね。」
茉夕子「うん。またね、ともはちゃん」
朝葉N「帰り際に握った彼女の手はひやりとしていた。爪を立てて握り返された痛みは心地よく、息を止めて声を殺した。」
茉夕子N「何度も振り返り、手を振る彼女。そして一度も振り向かないその隣の男の顔をジリジリと目に焼き付けた。」
______
朝葉N「それからは、以前に増して歯止めが効かなくなった。」
茉夕子N「もっと、もっと。独り占めしたくなった。」
朝葉「わぁ。素敵なお部屋。レンタルルームなんてものがあるのねぇ。知らなかった。
あ、キッチン、うちより広いんじゃないかしら?
んーと……調理器具は一通りあるし、可愛いお皿もあるわね。」
茉夕子「本当。あ、でもカトラリーは持ってきたやつ使って。純銀なの。これ、装飾凝ってるでしょ。あさちゃんの口に入るなんて幸せな食器。」
朝葉「さすがねぇ。装飾もとっても綺麗。でも、本当にいいの?私の手料理なんかで。カトラリーが泣いてないかなぁ。」
茉夕子「どんなシェフより、あさちゃんのが美味しいから。」
朝葉「そう?またちゃんに食べてもらうの久しぶりだから、緊張しちゃう。口に合うといいけれど。」
茉夕子「合わないわけないよ。何作ってくれるの?」
朝葉「オムライス。デミグラスソースの方が好きだよね?」
茉夕子「うん。楽しみ。」
朝葉「ふふ。ちょっとまっててね。」
茉夕子N「たまにこちらを振り返りながら手際よく進められる彼女の手料理が、一生終わらなければいいのにと。手元のフォークを見て思いに耽った。」
茉夕子「ねえ。卒業式、覚えてる?」
朝葉「ん?もちろん。忘れたことなんてないよ。」
茉夕子「あの日、幸せな夢から起きなきゃって決めたよね。普通の額縁に戻るんだって。」
朝葉「うん。2人でそう決めたね。懐かしいなぁ、化学準備室。……普通の額縁にね、綺麗に飾られる絵になろうとしたの。なったつもりだった。でも最近気づいたの。」
茉夕子「何?」
朝葉「私を描いて塗ってくれたのは、両親でも彼でもない。またちゃんなんだって。またちゃんの手で、持ってる色で、私は彩られたんだって。」
茉夕子「私だってそう。でも、普通じゃないよ。私は普通の額縁に収まるほどいい子のままでいられない。」
朝葉「これからも、なったつもりで居られるよ。
普通の額縁に飾られた、穏やかで大人しい、綺麗な絵の私に。生みの親に時々愛でてもらえれば、ね。」
茉夕子「…」
朝葉「こんな私、きらい?」
茉夕子「ううん。いっそきらいならもっと上手くやれたのに。」
茉夕子「普通の額縁は思ってたより手狭で息苦しくて、呆気なくこのまま死ぬんだなって、そう思ってたから。こうやって、たまに額から出て手垢まみれにされるの、気分がいい。とっても。」
朝葉「決めたのにね。私たち、ダメ人間だ。」
茉夕子「ねえ。あの頃みたいに、ぐちゃぐちゃにしようか。」
朝葉「あの頃みたいに?」
茉夕子「お行儀よく制服着て、見境なく欲に塗れてたあの頃みたいに。」
朝葉「ほんとうに、いいの?……私、次は離せないよ、きっと。んーん、絶対に。」
茉夕子「なにそれ。もう離すつもりないよ。」
茉夕子N「ことん、と置かれた白い皿。黄色い卵にナイフを入れると中から溢れ出す半熟。」
朝葉「召し上がれ。たくさん、たべてね。」
茉夕子「どっちを?」
朝葉「どっちも。」
ふ
茉夕子N「熱を含んだ瞳には何もかもがぼやけて見えた。」
朝葉N「置かれたナイフに映った私の顔は、目を覆いたくなるほど淫らだった。」
_____
茉夕子N「幸せだった、そう。あの頃は特に幸せだった。制服を纏っていい子を演じていた頃、初めて自分の欲を知った。」
教師「仲本、野木、もう少し席離せー。あ、おい、葛木教室から出るな、こら。」
朝葉「隣の席、初めてだよね?私教科書とか消しゴムとかよく忘れちゃうから、その時は助けて。図々しくてごめんねぇ。」
茉夕子「あ、うん」
茉夕子N「窓側の1番後ろ。席替えで当たりを引いたのは久しぶりだった。隣に座るおさげ髪の子は柔らかく笑った。」
朝葉N「窓際でひとり、頬杖をついている彼女。半袖の白いセーラー服から生えている腕や指は、細く長く美しかった。」
茉夕子N「高校2年の時、不純異性交遊の疑いをかけられた。事実ではなかったが、もはやどうでもよかった。おかげで誰からも話しかけられない高校生活が始まった。裏で誰にでも股を開くマタ子ちゃん、とそう呼ばれていた。」
茉夕子N「だからこそ、彼女に声をかけられた時戸惑いを隠せなかった。」
朝葉N「彼女の噂は知っていた。でも、そんなものどうでも良かった。むしろ好都合だとさえ思った。
あの腕が、私の腰を抱いたなら。あの指先が、私の口に入ったなら。そう考えるだけで足の裏に力が入ったことだけが、私にとっての事実だった。」
朝葉N「教科書はおろか消しゴムを忘れたことさえ、本当はなかった。彼女に近づきたくて嘘をついた。
この湧きあがる欲を満たしたくて仕方がなかった。」
朝葉「まゆこさん、セーラー服似合うよね。腕、白くて長くて綺麗。指も細いし美味しそう。ふふ。」
茉夕子「美味し、そう?変なこと言うね。」
朝葉「まゆこさんって呼ぶの寂しいな。んー、またちゃんって呼んでる子とかいる?」
茉夕子N「その名前に心臓がはねた。咄嗟に横に振った首は軽い眩暈を起こさせた。」
朝葉「わ、じゃあまたちゃんって呼んでもいい?特別感。」
茉夕子「う、ん。いいよ。」
朝葉「ありがと。あ……私以外にまたちゃんって呼ばせちゃ、いやよー?」
茉夕子N「彼女がそう呼ぶと教室の前の方がざわめいた。なのに、目をやることもせず、」
朝葉「そうだ、私にもあだ名つけて欲しいな。またちゃんだけの。」
茉夕子N「真っ直ぐな目で私を貫いた。」
茉夕子「あさ、ちゃん。」
朝葉「あさちゃん……うん、すてき!初めて呼ばれる。嬉しいな!
改めて。よろしくね、またちゃん。」
教師「これで、ホームルーム終わり。みんな気を付けて帰れよー。」
朝葉N「白いセーラー服が黒に変わるより、私が彼女へ触れるようになる方が早かった。そして、黒いセーラー服が季節へ慣れる頃には、彼女から私に触れてくれるようになった。」
____
茉夕子「ねえ。将来の夢ってある?」
茉夕子N「人気のない化学準備室は私たちにとって都合の良い場所だった。校舎の端、埃っぽい暗幕、鍵の壊れた窓。試験管の並ぶ棚の下に白いシーツを敷き詰めて授業を抜け出しては欲に駆られた。」
朝葉「将来の夢?プログラマーかな。建前上は。」
茉夕子「建前上?」
朝葉「そう、建前上。またちゃんは?」
茉夕子「…ないかな。ねえ、建前じゃない夢もあるの?」
朝葉「ん?それはね、」
茉夕子「うん。」
朝葉「誰かのお嫁さんになって、」
茉夕子N「覗く木漏れ日が大きく揺れて」
朝葉「またちゃんと死ぬこと。」
茉夕子N「心の底まで揺さぶった。」
朝葉「今こうやってシーツにくるまってると、夢の中にいるみたいだなって思うの。卒業っていう朝が来れば覚めなきゃいけない。そんな夢。」
茉夕子「うん。」
朝葉「夢ってさ、覚めてすぐは覚えてないことも多いじゃない?でも、あるときふっと思い出すこともあるでしょう?」
茉夕子「そうだね。」
朝葉「私、好きなものはずーっと好きなタイプなの。お気に入りへの執着が強くて。だから、……言わなきゃダメ?欲深くて浅はかな女だなって嫌いにならない?」
茉夕子「なると思う?ならないよ。言って。」
朝葉「私との今を、またちゃんがふっと思い出す夢にしてほしいの。んーん、そうじゃなきゃイヤ。朝が来て忘れてしまったとしても、どんな将来をまたちゃんと私が生きても。ふふ。」
茉夕子N「薄い涙の膜が鮮明な世界を邪魔する。ゆらゆら揺らめく彼女の顔は、それでも網膜に、脳裏に、じりじりと焼き付ける。」
朝葉「またちゃんと死ぬことができるのなら、どんなに退屈で窮屈な日々だって穏やかに過ごしてみせるわ。あなたが好きな、この顔で。」
茉夕子N「悪びれもなく、笑って見せる彼女が、どこか泣いているように見えた。」
朝葉「またちゃん、将来の夢。もう一度教えて?」
茉夕子「あさちゃんと死ぬことにする。夢の中で、一緒に死ぬことにする。夢、覚めたら生まれ変わるから」
茉夕子「朝が来て、夢から覚めたら、逃がしてあげるから。そしたらもう会わないでね。次に会った時は地獄まで連れて行く。ね、約束して。夢から覚めたら、普通の幸せを健全に貰って生きて。」
朝葉「……分かった。約束するわ。」
朝葉N「差し出された彼女の小指を、歯型が着くほど噛んだ。」
茉夕子「だから、まだ夢だから、もう一回、シよ。」
____
茉夕子「言ったのに。あーあ。地獄行き決まっちゃった可哀想に。」
朝葉「そうね、可哀想。とっても可哀想なの、わたし。」
茉夕子「可哀想。可哀想で、とっても可愛い。」
朝葉「普通の幸せを健全にもらって生きてきたのよ。」
茉夕子「うん。」
朝葉「またちゃんの言う通りに過ごしてきたの。つい最近まで。」
茉夕子「うん。私もよ。」
朝葉「約束を破らせたのは、私でもまたちゃんでもない。……そう、神さま。だって偶然なんて神さましか操れない、そうでしょう?」
茉夕子「私は神さまなんて信じたことなかったけど、これを機に信じてみようかな。」
朝葉「ふふ。罰当たりだね、私たち。」
茉夕子「そうだね。」
朝葉「ねぇ。可哀想で、可愛いまたちゃん。もっと罰当たりなことしよ。2人で地獄に行くしかない、そんな日々を過ごしましょ。穏やかで、柔くて甘い、”普通”の日々を。一緒に、ね。」
茉夕子N「白くて細い、彼女の華奢な指が私の内腿を這う。」
朝葉「でも今はまだ夢だから。もう一回、シよ。」
茉夕子N「ぼやけた肌色の視界は、快楽と一緒に私を夢へ誘う。」
茉夕子N「ああ、そうだ。日常に寄り添う夢のように、薬に寄り添う毒のように。未来はどうせ地獄行きだ。」
朝葉N「地獄行き列車の車内がどんなに不快でも、苦しくても。私がそこで唱える言葉はきっと、念仏でも聖書の言葉でもなく、彼女への愛だけなのだろう。」
_____
茉夕子N「イルカのいなくなったイルカ公園。錆びたブランコが揺れてぎいぎい音が鳴る。」
朝葉「ん?もうご飯食べなくていいの?ああ、滑り台が気になるのね。ちょっとまっててね。」
真「ああ、いいよ。僕が一緒に行ってくるから。」
朝葉「ありがとう、助かるわ。水筒持っていく?」
真「一応持っていこうかな。あっ!りか、急に走るなって!」
朝葉「転ばないようにねー!」
朝葉「……ごめんなさい、バタバタして。」
茉夕子「ううん。元気な方が子供らしくていいじゃない。ね?」
稔哉「うん。うちの夕哉も滅多に公園行かないから、喜んでます。」
朝葉「ふふ。夕哉くんは……ああ、ブランコで遊んでるのね。梨花ももう少し大きくなったらブランコで一緒に遊べるかしら。」
茉夕子「あのブランコ、錆すぎじゃない?ちょっと見に行ってよ。」
稔哉「…もしかして邪魔者だって言ってる?」
茉夕子「…冗談言ってないで、ほら。」
稔哉N「青いピアスが光る度、赤いリボンが揺れる。視界に残る彼女達の重なった手の甲を俺は、見ないふりをした。」
茉夕子N「彼女の指先から伝わる熱が、腹の底を疼かせる。視界に広がる色のない日常が早く終わればいい、そう思う。」
茉夕子N「ああ、甘美な地獄が、待ち遠しい。」
鼓子花 有理 @lily000
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