第二章 推し様と思いがけない急接近!?⑪

「駄目だよ、エリ。先週も言っただろう? れんおとを夜分にひとりで帰らせるなんて、そんなことはできないよ」

「見ず知らずの男と二人きりにできるか。これも治安を守るための立派な防犯活動だ」

 歩き出した私を両側からはさんで、レイ様とジェイスさんが口々に告げる。ジェイスさんの言葉に、レイ様の声がかいそうに低くなった。

「いい加減、わたしを不審者あつかいするのはやめてくれないか?」

「フードをぶかにかぶって顔も見せねぇやつは、不審者以外の何者でもないだろ?」

「う……っ」

 ジェイスさんの言葉に、私も言葉にまる。ジェイスさんがあわてたように手をった。

「いや、エリは別だぞ!? その格好はまじない師の制服みたいなもんだろうし……」

「きみはもう少し考えてから口を開いたほうがいいのではないかい? こんなかつな人物が町人街の警備隊長とは……。不安極まりないな」

「何だと!?」

 食ってかかろうとしたジェイスさんに、レイ様がぴしゃりと告げる。

「最近、もめ事がひんぱつしている原因も、まだき止められていないのだろう?」

 今度はジェイスさんが言葉に詰まる番だった。もやり、とジェイスさんのかたから黒い靄がき上がる。思わず私は口を開いていた。

「あ、あのっ。私なんかじゃお役に立てないかもしれませんけど……。私にもできることは何かないですか? あ、そうだ! もめていた人の相談に乗ったりとか……」

「駄目だ!」

 するどい声に、ジェイスさんに伸ばしかけていた手をびくりと止める。

「すまん……」

 しまったと言いたげに顔をしかめたジェイスさんが、頭の後ろに手をやってがしがしとい茶色のたんぱつをかきむしった。

「……ここだけの内密の話だけどな。最近、もめ事が多いのは、どうやらじやきようからんでるらしいんだ」

「邪教徒が……!?」

 思わずおどろきの声が飛び出す。

 邪教徒とは、かつて人の世に争いと混乱を巻き起こした邪神ディアブルガをしんぽうする者達だ。現状に不満を持つおんぶん達が入信するらしい。

「邪教徒がかかわっているということは、邪神復活のために、人々を争わせてよどみを集めているのか……?」

 独り言のようにレイ様がこぼす。

「邪神復活、ですか……?」

 不穏なものを感じずにはいられない単語に、フードでかくれたおもを見上げると、レイ様がこくりとうなずいた。

「邪神の力の源となるのは、いかりや絶望といった負の感情だ。邪教徒達は邪神の欠片かけらに澱みを集めて、邪神復活のしきに備えているらしい」

 澱みとは、私の目には黒い靄として見える負の感情に違いない。あんなものを集めて、邪神を復活させようとたくらんでいるなんて……。考えるだけでおそろしい。

 と、心を読んだかのように、フードしにジェイスさんに頭をでられる。

「そんなにおびえんなよ。これ以上、がいを広げないために、俺達、警備隊がいるんだから。さっきはきつく言っちまって悪かったな。ただ、相手が相手だ。ちがっても、首を突っ込もうなんて思うんじゃねぇぞ?」

「そうだよ、エリ。きみのやさしさはらしい美点だが……。もし、きみの身に何かあったらと思うと、いても立ってもいられなくなる」

 さっとジェイスさんの手を頭の上からどけたレイ様が、私の片手をにぎる。形良いくちびるに甘やかなみがかんだ。

「もちろん、もし何かあったとしても、きみのことはわたしが守るけれどね」

「っ!」

 心臓がぱくんとねる。

 お願いだからレイシェルト様そっくりの美声で、そんなことを不意打ちで言うのはやめてほしい。いくらレイシェルト様とはほとんどお言葉をわしたことがないからって、似たお声のレイ様にときめいてしまうなんて……っ!

 そんなの、レイシェルト様にもレイ様にも失礼よ。心頭めつきやく、心頭滅却……っ!

「エリ? どうしたんだい?」

「お前がしつけに手を握ってるからだろ! 放しやがれ!」

 ジェイスさんがレイ様が握っていた私の手をもぎ取る。

 いえあの、二人とも身を寄せ合ってくると、間の私はせまいんですけれど……。

 と、道の先から何やらさわがしい声が聞こえてくる。

「くそっ、またもめ事か……」

 ジェイスさんが私の手を握ったまま舌打ちする。

「ほら。警備隊長、仕事だ。エリのことはわたしに任せて、職務にはげんでくるといい」

 ジェイスさんが目をり上げてレイ様をにらみつける。かと思うと、もう片方の手で、ぐいっと肩をつかまれた。

「いいか!? 俺は行かなきゃなんねぇが、不安なら待っててくれていいんだぞ?」

「待つ必要なんてないよ。エリはわたしが責任を持って送り届けよう」

 私が答えるより早く、レイ様が力強い声でけ合う。

 いえあの、流れでいつしよにヒルデンさんのお店を出たけど、こうしやく家まで送ってもらうわけにはいかないので……。

「お前には言ってねぇ! むしろ、お前が一番危険人物なんだよ! いいか、絶対に油断するなよ? もし何かあったら大声でさけべ。すぐに警備隊員がけつけるからな!」

 心配そうなジェイスさんの不安を少しでも取り除こうと、こくりと頷く。

「私ならだいじようですよ。それより、ジェイスさんこそ気をつけてくださいね」

 道の向こうから聞こえてくる声はどんどん大きくなってきている。

「おう、大丈夫だ。いいか!? ほんと気をつけろよ!」

 フード越しに頭をひと撫でしたジェイスさんが、身をひるがえして騒いでいる人々のほうへと駆けていく。広い背中を見つめていると、「大丈夫だよ」とおだやかな声が降ってきた。

「彼は強い。毎年行われる神前試合でも、優勝候補のひとりだからね。そうそうなんて負わないよ」

 王家が勇者の子孫であり、しようの気風が強いアルスデウス王国では、建国神話にうたわれるリーシェンデル湖のほとりにあるしん殿でんの前で、毎年、王家しゆさいの神前試合が開催される。

 ゆいしよある神殿にねむるのは、勇者とともに邪神ディアブルガをふういんした『大聖女』だ。

 伝説によると、最後の戦いで大聖女は命と引きえに邪神のたましいを自分の身体からだの中に封印し、魂を失った邪神の心臓を勇者がけんつらぬいたことにより、戦いが終結したのだという。

 なお、邪神の魂を封じた大聖女の遺体は、何百年もった今でも、少しずつ澱みを生み出し続けており、毎年、王族と聖者や聖女、そして神前試合の優勝者によって、澱みのけものじようするはらいの儀式が行われている。

 神前試合は大勢の貴族達が観戦するので、私もレイシェルト様やジェイスさんの勇姿は何度も見たことがある。去年は準々決勝で二人が戦うことになって、会場中の貴婦人達やれいじよう達が天まで届かんばかりに黄色い声を上げていたっけ。

 結果は、ジェイスさんが接戦を制して勝利を収めたんだけど……。

 戦いの後、かぶといであせれたかみを悔しげにかき上げていたレイシェルト様の表情も素敵でした……っ! 真剣さが伝わってきて、私の胸まで痛くなるほどだった。

「エリ? どうかしたのかい?」

 レイ様にいぶかしげに問われ、はっとわれに返る。

「そ、そうですか。でしたら安心ですね」

 神前試合の観客はほとんどが貴族で、いつぱん人はゆうふくな商人や下級かんなど、さほど多くはない。あくまでいつかいのまじない師である私は、ごまかすように笑みを浮かべた。

「まあ、次は負ける気はないけれどね」

 低い声で何やら呟いたレイ様が、不意に私の手を取る。

「さあ、ジェイスに心配をかけないように、わたしに送らせてくれるかい? というか、いつもこんなに遅い時間に帰っているのかい? 心配だよ」

 騒ぎをかいするべく、レイ様が私の手を引いてわきみちへと歩いていく。

「あ、ありがとうございます。けど、いつもは警備隊の皆さんが巡回してくれていますし、騒ぎに遭うこともありませんでしたから……」

 公爵家まで送ってもらうわけにはいかない。うまく断らないといけない、のに。

「やっと二人きりになれたね。きみと、もっと話したいと思っていたんだ」

 うれしくてたまらないと言いたげな声を耳にしただけで、何も言えなくなる。

 お、落ち着け私……っ! レイ様はレイシェルト様じゃないんだから! ちょっとお声がそっくりで、フードをかぶっていてさえイケメンオーラがあふれてて、つないだ手があたたかくてたのもしくて、心臓がばくばくしてのどから飛び出しそうだからって……っ!

 レイシェルト様以外にときめくなんて、オタク失格──。

「エリは……」

「はわっ!?」

 どきどきが止まらないおのれしつしていた私は、とつぜんの呼びかけにすっとんきょうな声を上げる。手を引かれて歩くうち、いつの間にか人通りのない道へと入り込んでいた。

「な、なんですか……?」

「その……。って間もないのにこんなことをたずねて、あきれないでほしいんだが……。エリは、だれか心に決めた人はいるのかい?」

「っ!?」

 ためらいがちに問われたしゆんかん、息をむ。心臓がぱくんと跳ね、鏡を見なくても、一瞬で顔が真っ赤になったのがわかった。

 考えるまでもなくのうに浮かんだ人物は。

 やっぱり私にとって、心に決めたし様は、レイシェルト様ただおひとりです……っ!

「誰だい!? 幸運きわまりないその男は!? もしかして、すでにこんやく者が……っ!?」

 飛び出しそうな心臓をマントの上から押さえると、レイ様にりようかたを掴まれた。私の前に回り込んだレイ様が、身をかがめる。

 ち、近いっ! おたがいフードをかぶっているとはいえ、近いですっ!

「こ、婚約者っ!? そんな方いませんよっ!」

 じやあくむすめである私に、婚約を申し込む貴族なんているはずがない。

 ぶんぶんとかぶりをった私に、レイ様がほっと息をつく。が、肩の手はまだはなれない。

「だが、先ほどの反応……。誰か、きみの心にんでいる者がいるのだろう? ……もしや、先ほどのジェイスではないだろうね?」

 だとすれば許さないと言いたげにレイ様の手に力がこもる。

「へ? どうしてジェイスさんの名前が出てくるんです? そ、その、推……えっと、あこがれている方がいて……」

 きょとんと首をかしげ、視線をせる。

 あの、やっぱりこのきよ、ちょっと近すぎると思うんですけど……。

「憧れの人? その者の名前を聞いても……。いや、ぜひとも誰か教えてくれないか?」

 こんがんするような声に、き動かされるように言葉が口をついて出る。

「レ、レイシェルト殿でんです……っ!」

 憧れっていうより、正確には推し様なんですがっ!

「レイ、シェルト……?」

 レイ様がぼうぜんと呟く。

「そんな、まさか……。信じられない……」

 きようがくに満ちた声に、反射的に言い返す。

うそじゃありませんっ! そ、そりゃあ私なんかがレイシェルト殿下のお姿を拝見できる機会なんて限られてますけど……っ! レイシェルト殿下は、一目見ただけで私の心をいたらしい方なんですっ! しくたんせいなご尊顔のうるわしさは言わずもがなですけれど、素晴らしいのは外見だけじゃなくて、気品あふれるたたずまいや、耳どころか理性までけちゃいそうな美声や、ティアルト殿下に向けられるあいみとか公明正大なおひとがらとか……っ! とにかく、本当に素晴らしいかたなんですっ!」

 勢いのまま言い切ってから、はっと我に返る。

 し、しまったぁ……っ! 推し様へのおもいを疑われた反動で、つい我を忘れて熱く語っちゃった……っ!

 鼻息もあらく熱弁を振るうなんて、絶対呆れられたにちがいないと不安になったたん

「ありがとう……っ」

 不意に、ぎゅっとき寄せられる。

「きみにそう言ってもらえるなんて……! 嬉しくてたまらないよ」

「えっ? えぇっ!? あ、あのっ、放し──」

 びゅぅっ、と強い夜風がく。

「あ……っ」

 あわててフードを押さえようとするも、抱きしめられていてかなわない。

 それは、私を抱きしめるレイ様も同じで──。

 ぱさり、と風にあおられたフードがめくれる。路地に差し込むあわい月明かりにあらわになったその顔は、まぎれもなくレイシェルト様の麗しきご尊顔で。

 ……え? なんでレイシェルト様が私の目の前にいらっしゃるの……?

「ありがとう、エリ。嬉しいよ」

 レイシェルト様がとろけるような笑みをかべる。

 待って。この笑顔、尊すぎる。今すぐ心のカメラのシャッターを一万回くらいきって永久保存したい……っ!

 っていうか、ほんとにレイシェルト様が目の前にいらっしゃる? 私、あろうことか推し様ご本人を前に、そうと知らずに熱く推し語りしちゃった……っ!?

 無理。待って。ちょっと無理……っ!

「エリ?」

 ぎゅっと抱きしめられたまま、砂糖よりも甘やかに名前を呼ばれた瞬間。

 私は、えきれず気絶した。



   ◇  ◇  ◇


 続きは本編でお楽しみください。

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