第二章 推し様と思いがけない急接近!?⑩

「誰だお前は?」

 ジェイスさんがいぶかしげにまゆり上げる。

「彼女に以前、相談に乗ってもらった者だ。それより、彼女から手をはなせ」

 息も乱さず駆けてきた青年が、私の頭の上にのったジェイスさんの手首を掴む。

「はぁ? 別に嫌がることなんざしてねぇよ。っていうか、客じゃないなら邪魔するな」

「なぜ客ではないとわかる?」

 青年の低い声に、はんっ、と小馬鹿にしたようにジェイスさんが鼻を鳴らす。

「決まってるだろ? こいつはうでがいい。たいていの客は、一回相談するだけで解決するんだよ。それも知らないとはにわかだな、お前」

 ぐっと青年がくやしげに奥歯をみしめる。っていうか!

「あの、二人とも私の頭の上から手をどけてくれませんか!? 重いんですけれど!」

 私の声に、はじかれたように二人が手をのける。重くて首を痛めるかと思った。

「あの、どうかなさったんですか? またなやみ事が……?」

 青年のかたにはうっすらと黒い靄が見える。たった一週間なのに、また靄が見えるなんて、よほどストレスフルな生活を送っているとしか思えない。

「いや、悩みというより、きみが無事に帰れたのかと、心配で仕方がなかったんだ。先週は、結局送ることができなかったからね。あの後、何事もなく帰れたかい?」

 言葉と同時に、けんだこのある手が私の手を包む。ジェイスさんが眉を吊り上げた。

「おいっ!? お前こそ何してやがる!?」

 ジェイスさんが青年の手を引きはがそうと掴みかかる。

「エリに手を出すんじゃねぇよっ!」

「エリ……。きみの名前はエリというのかい?」

 引きはがそうとするジェイスさんをすずしい顔でスルーしながら、こちらへ顔を向けた青年が甘やかに微笑む。

可愛かわいらしい名前だね、エリ」

「あ、ありがとうございます……っ」

 瞬間、顔がぼんっと熱くなる。

 レイシェルト様そっくりの美声で、前世の名前を呼ばれるなんて……。み、耳と脳がけるぅ~っ!

「あ、あの、私もお名前をうかがっても……?」

 今だ! チャンスは今しかないっ! おずおずと問うた私の質問に、青年が一瞬、ためらうように口を引き結ぶ。と。

「レイと……。そう呼んでくれるとうれしいな、エリ」

 レイだなんて……っ! 前世の推しのれい様と同じ音の名前だなんて、運命としか思えない。どうかレイ様とお呼びさせてください……っ!

「おいレイ! いい加減、エリから手を離せ!」

 レイ様の腕をにぎつぶしそうな勢いのジェイスさんがいらったようにさけぶ。ジェイスさんと力で張り合えるなんて、レイ様もかなりきたえているのだろう。というか、そろそろ放してくれないと、私の心臓がこわれそうだ。「あの……」と身じろぎすると、レイ様が仕方なさそうにようやく手を放してくれた。

「というか、きみにまで名を呼ぶことを許してはいないが。警備隊の見回り中なんだろう? 最近、もめ事がひんぱつしていると聞いている。しっかり見回ってきたらどうだい?」

 ジェイスさんに顔を向けたレイ様が、冷ややかなこわで告げる。

「何でそんなことを知っている? というか、顔をかくしたしん者をエリと二人にできるか! おいエリ、よからぬことをする前に、こいつをしょっぴいてやろうか?」

「不審者とは失礼きわまりないな。エリによからぬことをするはずがないだろう?」

「いきなり手をにぎっておいてどの口がほざく!」

 額に青筋を立てそうな勢いでジェイスさんが叫ぶ。その肩にはさっきまでなかった黒い靄がただよっていた。レイ様とジェイスさんが険悪な顔でにらみ合う。ジェイスさんにつられたように、レイ様から漂っていた黒い靄がさらにくなる。

「や、やめてください、二人とも! 会ったばかりなのに、けんするなんて……っ」

 知っている人達が目の前で喧嘩をするところなんて見たくない。なんとか止めないと、と声をふるわせながらうつたえると、二人が弾かれたように姿勢を正した。

「す、すまない」

「す、すまねぇ」

 しゅん、と二人そろって肩を落とす様子は、叱られた大型犬みたいだ。二人が落ち着いてくれてほっとする。

「きっと二人ともつかれがたまってるんですよ。おまじないをしてあげますね」

 ジェイスさんに向き直る。

「目を閉じて、ジェイスさんの大切な人のことを心に思いえがいてくださいね」

 手をばし、しんみような様子で目をつむったジェイスさんのたくましい肩にふれる。

「あなたとあなたの大切な人達に幸せが来ますように……」

 いつもお仕事お疲れ様です、という気持ちを込めて黒い靄を祓う。

「どう、ですか……?」

 目を開けたジェイスさんにおずおずと問うと、ジェイスさんがなぜかうっすらとほおを赤らめて視線をらした。

「お、おう……。おまじないをしてるのは何度も見たことがあったが……。実際にやってもらうのは格別だな」

「エリ。わたしにもしてもらえるかい?」

 レイ様が身を乗り出すようにして片手を差し出す。

「あ、はい。でも手は……」

「前にしてくれた時は手を握ってくれただろう? そのほうが、よく効く気がするんだ」

「じゃあ……」

 別に手を握っても握らなくても、祓うのに変わりはないけれど、レイ様が効く気がするというのなら、かまわない。

 差し出された手にそっと指先を重ねると、包み込むようにぎゅっと握られた。

「目を閉じて、大切な方のことを思い描いてくださいね」

 ジェイスさんと同じように、レイ様の肩の黒い靄も祓う。

「どうでしょうか……?」

「ありがとう。とてもいい気分だ」

 にこやかに微笑ほほえんだレイ様が、不意につないでいた手を持ち上げ、ちゅ、と手のこうにくちづける。

「っ!?」

「おま……っ! てめぇっ! いい度胸だなっ! 成敗してやる!」

 ジェイスさんがこしいた剣のつかに手をかける。肩からは再び黒い靄がき出していた。

「ジェイスさん!? どうしたんですか!?」

 さっき、確かに靄を祓ったはずなのに!

 レイ様の手をほどいてジェイスさんへ一歩み出そうとすると、ぐいっと手を引かれた。

「ひゃっ!?」

 よろめいた身体からだをジェイスさんのたくましいむないたきとめられる。

「何のだ? 彼女を放せ」

 ジェイスさんと私の間に腕を差し入れたレイ様が、私を引きはがそうと後ろから抱きしめる。

 えっ!? ちょっと何これ!? 私いつの間にサンドウィッチの具になったの!?

「は? お前こそ放せよ。割って入ってくるんじゃねぇ」

「というか、二人とも放してくださいよっ! いったいどうしちゃったんですか!?」

 私の声に二人ともやけにゆっくりとうでをほどく。ジェイスさんのもやは、はなれる前にそっと手ではらっておいた。

「二人とも、お店の前で喧嘩だなんて、ごめいわくになるんだからしないでくださいっ!」

「きみが、そう言うのなら……」

「おう……。努力は、する」

 二人ともやけに不満そうだ。まあ、年下のむすめに注意されたら仕方がないだろうけど。

「じゃあ、私はそろそろ帰るので……」

「「送っていこう!」」

 二人の声が見事にハモる。

「ジェイス、きみはいい加減、職務にもどりたまえ。エリはわたしが送っていく」

「はぁっ!? 身元も知れねぇお前に送らせられるワケがないだろ!? 見回りなら送りながらでもできる。エリだって、俺のほうが安心だろ?」

「えっ、いえ……。私はひとりで帰るので……」

 じようがバレるから送ってもらうなんて結構です!

「「ひとりでなんてに決まってるだろう!」」

 またもや二人の声がハモる。

 何この一体感。さっきは相性が悪そうって思ったけど……。実はこの二人、ちやちや相性がいいとか……?

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