第二章 推し様と思いがけない急接近!?⑨

「とにかく、お前は今夜はもう帰るんだ。エリも何か思いなやんでいるみたいだし……。エリの花飾りが欲しかったら、俺が買って帰ってやるから」

「悩み……? 何かありましたの?」

 ジェイスさんの言葉に、マリエンヌ嬢が心配そうに私を見る。

「その……っ」

 言いよどんだ私ののうに、ふとマリエンヌ嬢に相談してみてはどうだろうというてんけいひらめく。公爵令嬢といえど、私は貴族としてのおつきあいなんて経験がない。何より、レイシェルト様推しのマリエンヌ嬢に反対されたら、らぐ気持ちをなつとくさせられる気がする。

「あの、たとえ話なんですけれど……。もし、もしもですよ? 前に立つのもおそれ多いくらい憧れている人にお茶会にさそわれたとしたら、やっぱり、ごえんりよさせていただきますよね……?」

「いえ、行きますわ!」

「ですよ……えぇっ!?」

 予想とは真逆の返事にすっとんきょうな声が飛び出す。マリエンヌ嬢がぐっと両のこぶしを握りしめた。

「憧れの御方のお誘いでしょう!? そんな貴重な機会をのがすなんて、ありえませんわ!」

 きっぱりと断言するマリエンヌ嬢を見て、おのれあやまちに気づく。そうか! いんの者である私とちがって、華やかなマリエンヌ嬢はどう考えても陽の者だ。

 マリエンヌ嬢なら、レイシェルト様のおとなりに立っても、だれも文句なんて言わないだろう。

「い、いえでもっ、誘われた相手は評判が悪い人物でですね……っ! もしそのせいで憧れの御方の評判まで下がったりしたら、絶対許せませんよねっ!?」

 そうだ。レイシェルト様の名声に傷をつけるなんて、ばんあたいする大罪だ。

 レイシェルト様は誰がどう見ても非の打ちどころがない王太子殿下だけれど、腹違いの弟・ティアルト殿下がいらっしゃる。ミシェレーヌおうの実家に連なる貴族達の中には、母君がぼつして後ろだての弱いレイシェルト様ではなく、ティアルト様を次代の王にしては、と言う者もいるらしい。当のお二人自身の仲がよいので、私もちらりとうわさで聞いただけで、大きな動きにはなっていないようだけれど……。

「たとえ短い間でもそんな相手と過ごすなんて、もし耳にしたらご不快でしょう?」

 もし、私がマリエンヌじようのようなはなやかで堂々とした美人だったら……。

 せんいことを考えてしまい、ずきんと胸が痛む。いくら憧れても、自分以外の誰かになんて、なれるわけがないのに。

 やっぱり、お茶会のお誘いは断るべきだ。あの時は勢いでお受けしてしまったけれど、邪悪の娘がレイシェルト様やティアルト様とお茶会だなんて、していいはずがない。私はただ、かげからそっと推させていただくだけで十分に満足なんだから。

「わたくしは、その相手のひとがらだいだと思いますけれど……? たとえ噂では評判の悪い人物だとしても、実際に会ってみないことにはわかりませんもの」

「マリエンヌの言う通りだ。人の噂ほど当てにならないものはないからな」

 決意を固める私の耳に、みように実感のこもったマリエンヌ嬢とジェイスさんの声が届く。

「エリが話題にしている方がどなたなのかわかりませんけれど……。わたくしはせっかくの機会なら、ちゃんとつかむことをおすすめしますわ。だって、そんなてきな機会、次もあるかわからないでしょう? それに」

 マリエンヌ嬢が私をはげますように、にこりと微笑ほほえむ。

「もしかしたら、評判を知っていて、それでもいつしよに過ごしてみたいと思われたのかもしれませんわ。そうだとしたら、ごこうを無下にしてしまったことをずっとこうかいすることにならないかしら?」

 マリエンヌ嬢の言葉が矢のように心をつらぬく。

 邪悪の娘である私とレイシェルト様とのお茶会なんて、本来ならありうるはずがない。この機会を逃せば、らいえいごうありえない。たった一度だけのせきだというなら……。

「……行っても、よいのでしょうか……?」

「結局は、その方のお気持ち次第ですわ。お兄様もそう思われるでしょう?」

「その、俺は……」

 何やら言いかけたジェイスさんが、あきらめたようにいきする。

「いや、確かにそうだな。周りの目を気にして、本当に望んでいることができないなんて、鹿らしい。自分の望む通りにするのが、いいと思うぜ」

 こちらを見下ろすジェイスさんのまなざしは包み込むようにやさしくて、背中を押してもらった気持ちになる。

「ジェイスさん……。マリエンヌ様も、相談に乗ってくださりありがとうございます!」

 がおでぺこりと頭を下げると、とつぜん、マリエンヌ嬢にきつかれた。

「きゃ──っ! エリったら可愛すぎますわ! お兄様から話を聞いていて、どんな方かとずっと気になってましたけれど……っ! こんな可愛い方だったなんて!」

「マ、マリエンヌ様!?」

 抱きつかれた勢いでフードがずれそうになり、あわてて押さえる。マリエンヌ嬢を引きはがしたのはジェイスさんだ。

「おいっ!? 余計なことを口にするな! お前、もう帰れ!」

 なぜか急におこった声を上げたジェイスさんが、私とマリエンヌ嬢の間に立つ。

「もうっ、お兄様ったら、心のせまい男はきらわれますわよ?」

「口が軽い妹がしかられるほうが先だろうけどな。ほら、もういいだろう? おしのびで出かけたのがばれないうちにしきもどれ」

「もう、仕方のないお兄様ね。わかりました。ひとまず欲しいものを買ったら帰ります」

 あれとこれとそれも、とマリエンヌ嬢が買いめるんじゃないかと思うくらいたくさんの花かざりを買い上げてくれる。

「この花飾り、本当に素敵ですわ! わたくしもお友達にすすめてよいかしら?」

「もちろんですっ! ありがとうございます!」

 レイシェルト様グッズが広まるなんて、喜び以外の何物でもない。しかもこんなに買ってくれるなんて、新しい材料を買うだけじゃなく、寄付にだって回せます!

 たくさんの花飾りを買ってごまんえつなマリエンヌ嬢と従者をジェイスさんと一緒に店の外まで見送る。マリエンヌ嬢を乗せた貸し馬車が通りの向こうへ曲がって行くのを見てから、ふう、と大きく息をつくと、同時に隣からためいきが降ってきた。

「ほんと急に悪かったな。うちのまいが。まじないのじやをしたんじゃないか?」

「とんでもないです! 今日はお客さんも来てなかったですし、気にしないでください。それより、華やかでお優しくて、本当に素敵ですねっ、マリエンヌ様は! さすがジェイスさんの妹さんですっ!」

 ぶんぶんとかぶりをり、勢い込んで告げると、ジェイスさんが息をむ音が聞こえた。かと思うと、「ったく、これだからエリは……っ!」と、急に大きな手でフードの上から頭をわしわしとでられる。

「ジェ、ジェイスさんっ!? ちょっ! フードがずれ──」

「やめないか。嫌がっているだろう?」

 あわててフードを押さえると同時に、するどい声が割って入る。忘れようもない美声におどろいて振り向くと、通りの向こうからフードをかぶった青年が真っぐこちらへけてきていた。顔は相変わらず鼻から下しか見えないけど、いつしゆん、レイシェルト様かとさつかくするほどの美声はちがいようがない。一週間前に黒いもやはらった青年だ。

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