第43話・エピローグ

 ……それから、まもなく、国王陛下は崩御された。


 次に王位を継ぐのは、第二王子のジュードだ。


 ◆


「父は死んだ。第一王子クラークスは罪人となった。リーンは幼すぎる。……今、王座に就けるのは俺しかいない。わざわざアンタと結婚しなくてもな」

「……私とあなたが結婚する必要はなくなったってこと?」

「そうだよ」


 陛下の葬儀が終わり、私はジュードに城内の一室に呼び出されていた。


(なんの話をするのかと思ったら……)


 二人きりで話をしたいと言われ、カメリアはリーンの乳母に預けて来たのだが。


 これからしばし喪に伏したのち、ジュードは正式に戴冠式を行う。だからその前に……とでも考えたのだろうか。


 ジュードは目を細め、ふっと私から目を逸らし、窓の向こうを見つめた。


「……悪かったな。お前はもう脅される謂れもなければ俺の婚約者でもない。自由に生きろ」

「自由に……ね」


 私は高い位置にある金髪頭を見上げる。


 思い返せば、最悪の出会いからよくここまで付き合ったものだなと自分でも思う。最低だ、最悪だとあんなに思っていたのに。


 今はもう、この男の顔を見ているのが、そんなに嫌なことではなくなってしまっていた。


 窓の外を眺める横顔は私が思う彼の顔よりもなんだか大人びていた。陽の光を浴びて、菫色の瞳は煌めき、潤んでいるようにも見えた。


「ジュード」


 名前を呼ぶ。だけど、彼は振り向かない。


 じゃあ、しょうがない。私は自ら彼のそばまで近づいていった。


 そして、胸ぐらを掴んで無理やり引き寄せる。

 この男にしては珍しいくらいまん丸になった目と目が合った――と思いながら、勢いに任せて顔を押し付けると、ガチンと歯と歯がぶつかった。


「いった……」


 あんまりにも痛くてうずくまる。

 ジュードは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆然と大きな手のひらで口を覆いながら、私を見下ろしていた。


「……あ、あなたが言ったんでしょ、お前がキスする相手はこれから先、俺だけだからなって」


 睨むように上目遣いで言ってやれば、「ハハ」と乾いた笑い声をさせながら奴は薄く笑った。


「私の自由にしていいのなら、いいでしょ。このままでも」


 痛い口元を押さえながら、私はふんぞり返って強がる。


「……ひっでーキスだな」

「う、うるさいわね」

のかよ」


 記憶力のやたらいい男にもう一度「うるさい」と繰り返す。


 ――たしかにそういうやりとりをした。先に引き合いに出したのは自分の方だ。


 初めて唇を奪われて、あんな風にされたくはなかったとか文句を言った。


 それで、コイツは「じゃあ、せめて次するときはお前の理想通りにしてやるよ」とか、そんなことを言っていたのだ。俺と結婚するんなら俺以外の相手とはもうできないんだからと。


「……仕方ねえな」


 口ではそう言いつつも、ジュードは見たことがないくらい、とろけるような優しい表情を浮かべていた。


 大きな手のひらが、私の髪を撫でて、顔の横の毛を耳にかける。

 

「半歩下がって、目つぶって、上向いて、じっとしてて」


 低い少し掠れた声が囁くままに、私はジュードの言う通りにした。


 それから、そう間をおかずに、唇に柔らかい感触が重なった。私の記憶の中にある最悪のキスとも、私がさっきやらかしたひどいキスとは全然違う。


「……ほら、こういうのがちゃんとしたやつだよ。覚えとけ」


「……最低っ」


 ニヤリと笑う男の余裕の表情が悔しくて、私は彼の胸に勢いよく顔を埋め、ぎゅっと服の裾を掴んだ。



----------------


二人の物語を最後まで書ききることができてホッとしています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

そして、よろしければぜひジュードとコルネリアのこれからも応援していただけますと幸いです。


☆☆☆評価がまだの方は、読了の印に押していただけるととても嬉しいです。


本作はカクヨムコン9に参加しております。

どうかたくさん応援していただいて読者選考を通過することができましたら大変嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

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ニセモノ聖女は引退したい 〜どうも、「俺と婚約しないと偽者だとバラすよ」と脅された偽聖女です〜 三崎ちさ @misachi_sa

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