第42話・いつかその日がきたら
「終わった、な」
「そうね……」
私たちは今まで密会に使っていた地下の物置じゃなくて、見晴らしのいいお城のバルコニーに出て会話をしていた。
季節は春、心地よい風が吹いていた。
あれから、私とジュードがこうして二人の時間を過ごすのは久しぶりだった。
クラークスの聞き取りや調査についてで顔を合わせることはあっても、忙しくてなかなかゆっくりと話す機会はなかった。
ようやく今日、ひと段落ついた。まだまだクラークスの余罪は星の数ほどありそうだが、大きな罪状は確定した。
そして、これからのこの国の方針も。誰が王位を継ぐのか、これからの国家運営をどうしていくのか。
クラークスが国を荒らしてきた後始末には長い時間と労力がいるだろう。クラークスの企みが阻止されたと知った帝国の動向も注意していかなければいけない。
まだまだやることはたくさんあるけれど、とりあえず、ジュードの『クラークスの王位継承を阻止する、クラークスの悪事を暴く』という目的は達成された。
今はまだひと段落。だけど、ひとまずここで『終わった』と言ったっていいだろう。
「……はあ、もうだめ……!」
「あら、カメリア」
へろへろなカメリアの声をして、後ろを振り向く。肩で息をするカメリアが近くまで寄ってきていた。さっきまで、リーンと一緒にバルコニーで追いかけっこをしていたのだけど、疲れて休憩しに来たらしい。
「……驚いたわ。男の子って、あんなにちっちゃくても、こんなに足が速いのね」
ふう、と息をつきながら、カメリアはバルコニーの床にそのまま座り込んだ。お城の中で清掃は行き届いているだろうけど、着ているドレスは汚れてしまうだろう。
……うん、でも、このくらいの年の子はそれくらいやんちゃでないとね!
「カメリア、走れたの?」
「うん、ちょっとだけだけど。前よりもあたし、いっぱい歩けるの」
カメリアは誇らしげに胸を張る。
長年に渡る監禁生活で、カメリアの足の筋力は衰えていたけれど、ちょっと驚きのペースで回復の傾向を見せていた。……やっぱり、『聖女』だからかしら。さすがに一瞬で衰えた身体の機能がすぐ治る! みたいな奇跡は起こせないけれど、信じられないくらい回復が早い。
痩せていた手足も、ちょっとふっくらとしてきて安心する。
深呼吸をして息を整えていたカメリアに、駆け寄ってきたリーンがニコニコと満面の笑みで抱きついてきた。
「つーかまえた!」
「きゃっ、もうっ、いまは休憩中!」
きゃははは、と甲高い笑い声が響く。
カメリアはリーンに体重を預けられて、身体をよろめかせるけれど、嬉しそうにはにかんで、リーンを抱きしめ返していた。
カメリアとリーンがこうして二人で遊ぶのは今日が初めてじゃない。
私とジュードが用事を済ませる間、二人で遊んで過ごしてもらうことが何度かあった。リーンの乳母もカメリアのことを気にかけてくれて、二人が楽しく遊べるように色々取り計らってくれて助かった。
ジュードも、リーンの乳母のことはしょっちゅう「よくやってくれている」と評していた。どこか、かつての自分の乳母を重ねながら呟いているような気がした。
リーンは元々人なつっこい性格をしているし、二人は乳母の協力もあって、すぐ打ち解けたようだ。
小さな子が二人、じゃれあっている姿を見ていると、なんともいえない幸福感が胸にこみ上げてくる。
カメリアのほうが、リーンと比べると年はだいぶ上なのだけど、クラークスのせいで閉じ込められた生活をしていた彼女は年よりも幼げなところがあるので、屈託なく無邪気に全力で遊びたがるリーンとの関わりは、そんな彼女の隙間を埋めてくれて良いのではないかと思う。
リーンも、王族として生まれたおかげで近い年の子と遊ぶ機会はほとんどなかったそうだから、二人の交流は互いにいい刺激になるはずだ。
「リーンももうすぐ四歳だっけ」
「おう。誕生パーティのときは招待状出すから絶対来いよ。死んでも来い」
「出さなくてもいい圧出すのやめてくれる? 呼ばれなくても行くわよ。カメリアも一緒に」
座ったままじゃれ合う二人を少し離れた位置で眺めながら、ジュードとそんなことを話し合う。
「カメリアは、神殿にも『本物の聖女』と認められたそうだな」
ふと、ジュードは呟くようにして言った。
「ええ。カメリアも少しずつ、神殿の環境に慣れてきているわ。私と一緒の部屋で仲良く暮らしているしね」
「今度、神殿の方にも行くよ。リーンを連れて」
「ぜひそうして。薬草畑を案内してあげる。不思議なことに、カメリアが世話している区画の成長がやたらといいのよ。聖女の豊穣の力なのかしら」
カメリアは神殿で私のお手伝いをしながら、神殿で『聖女』はどんなことをするのかを学んで過ごしている。
私が偽者だったこと、そして本物の聖女であるカメリアを連れてきたこと。神殿の神官たちはとっても驚いていたけれど、私のことを罪に問うことはしなかった。
いままで私がこの国の人々を救い続けていたことは事実だから、と。
ただ、私を『聖女』だと言い張ってお金で売った父についてはこれから返金しろと追い立てる、と聞いた。私としてもそうしてくれるとせいせいする。ただ、父はどうも国内にはもういないみたいで……知らないうちに私の生家である子爵家は没落していたようだ。
「お前はこれからどうするんだ?」
「そうね、偽者を続けるわ」
「……」
聖女・カメリアを誘拐し、監禁していた罪で裁かれるようになったクラークスだけど、表向きには単なる『少女誘拐』に留めることになった。
いままで、本当の聖女が実は不在であったことが知られたら、その混乱は国内に留まらないほどだろうというのを考慮してのことだ。
だから、国民たちは、まだ、みんな私が『聖女』だと思ったままなのだ。
神殿にいる神官たちも、カメリアが本物の聖女であることを知っているのは幹部クラス以上の人間に限られている。
私は今も神殿を訪れた人の話を聞き、病や傷を治す聖女業に勤しんでいた。
「
「そりゃすげえな」
軽口を叩きながらも、ジュードの表情は柔らかく、優しかった。
私も口元を緩めて、彼に笑い返す。
「聖女だから……ってその子の生き方を定めてしまうことは、したくないって思った」
「そうか」
ジュードは静かに相づちを打って、私の話を聞いてくれる。
「私。ずっと本物の聖女が現れてくれたらいいって思っていた。そのことしか考えていなかった。……本物の聖女であるその人がどういう人なのかとか、全然頭の中になかった。『聖女』なら、みんな、その役目を全うするんだろう、って」
神殿の神官が言う話では、『聖女』は生まれ落ちたときから使命を宿しているということだった。
だけど、カメリアは今よりもっと幼い頃、生みの親と共に暮らしていた頃に「神殿に向かえ」という声が聞こえても、なんのことだかわからなくて、その声もいつの間にか聞こえなくなったと話してくれた。
そして、クラークスはカメリアに「君の代わりに『聖女』の仕事をしてくれている人がいるから大丈夫」と私のことを話していたそうだ。それで、カメリアは私を『あたしの代わりに聖女をしてくれているいい人』として憧れていたらしい。
カメリアの両親が子どもの話をよく聞いてくれる人物であれば、今とは違う未来を迎えていたかもしれない。
……でも。
「……カメリアは何も知らない少女だった。聖女としての使命は知っていても、どうしたらいいのか、わかっていなかった。そうよね、教えてくれる人がいなかったらそうなるわよね。それに、『本物』だって……『聖女』なんてやりたくない、って子もいるはずなのに」
今のカメリアに必要なことは、年相応の経験をたくさんして、元気に育つこと。『聖女』の役割を強要するよりも、そっちのほうがよっぽど大切なはずだ。
「ふーん。アンタはそう思うんだな」
「そうよ。私は強制的に『聖女』にさせられたから、余計にね」
ジュードはバルコニーの柵にもたれかかり、頬杖をつきながらニヤリと私に笑ってみせる。
「アンタだって、辞めてもいいんだぜ」
「私は結構好きでやってるの」
「そうだな、似合うよ。ニセモノ聖女」
軽口だけど、ジュードの声はとても優しくて柔らかいものだった。
「カメリアが『聖女』になりたいって思うようになってくれたら、すぐに喜んで譲るわよ」
ふっ、とお互いに笑い合う。
しばらくは頑張る。本物に負けないくらい、偽者として、やりきってみせる。そして、いつかその日がきたら……。
(ニセモノ聖女は、引退よ)
春風が私たちの髪を、なびかせていた。
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