かくれんぼ
空一
かくれんぼ
「久しぶりっ!」
揺れる電車。立っている男。その黒服の男は、静かに分厚い本を読んでいる白服の男に、声をかけていた。
今となっては珍しくなったボックスシート型(4人が向かい合って座る)の電車は、人知れぬ秋景色の中を走っている。
「えっ‥あ‥人違いだと、思います。」
「いや、人違いじゃないって!絶対知ってるもん!」
黒服の男がニコッと笑う。電車は一号車。他に乗客はいない。
「ごめんなさい、わからないです。」
白服の男がそう断っても、黒服の男は引くわけでもなく、向かい合った席へと腰を落とした。
どすんと大きな音を鳴らす。
「ねえ、久しぶりに会ったわけだけどさ、何読んでんの?」
黒服の男がそう問いただすと、白服の男は咄嗟に本を閉じた。本をバックに直そうとする手が、汗で滲んでいるのが分かった。
「聖書‥?三浦くんって、キリシタンだったっけ?」
黒服の男は、白服の男の名前を知っていた。白服の男が明らかに動揺しているのが分かった。
「三浦って、知らないです。」
「え?だから、君の名前でしょ?なんでそんな嘘つくの?」
「わからないです。」
白服の男は、唇を震わせて答える。
「そう。まあいいか。」
黒服の男はつまらなさそうに、電車の外を眺めた。
電車は今、田園の中を走っている。ブルドーザーの形が、何度も通り過ぎていった。
「じゃあさ、思い出話でもしようよ。」
外へ向いていた視線が、すっと黒服の男へと戻される。
「僕たちって小学校が一緒だよね。小学校かー。懐かしいなぁー。」
「知りません。」
白服の男がぼそっと呟く。黒服の男はちらっと様子を見て、そのまま何もなかったように話し始めた。
「ねえねえ。あれさ。覚えてる?一緒にドッチボールしたときのこと。」
「覚えてません。」
「いやー、あれはとっても楽しかったよね。なんだろう?クラスの団結力が高まったというか?ほんとうに思い出深いなぁ。」
「そうですか。」
「あとさ。ぼくら鬼ごっこもしたよね。何分も何時間もやってさ。僕なんて帰ったら親に怒られちゃって。」
「やめてください。」
「ん?なんで?」
黒服がトーンを変えずに問いただす。白服の男は話を聞く度に震えてるみたいだった。
「僕、ほんとに知らないんで。」
「え?なんで。一緒に遊んだじゃん。」
「ほんとうに人違いなんです。」
「あっそ。別に興味ないけど。」
黒服の男は、鼠をあしらうように笑った。
ごぉーと音を鳴らして、電車はトンネルの中へ入っていく。
二人を照らすのは、電車の中の明かりだけになった。
「他にもさ。給食のときとか、好きなものを交換し合ったりとかしてさ。僕は食いしん坊だから、いっぱいもらっちゃって。」
「‥」
「食べきれなくて先生に怒られちゃったな。あの先生、元気にしてるかな。」
「元気だといいですね。」
「あっ!やっぱり三浦くんもそう思う?」
初めての返事に、白服の男は上機嫌になる。
「いや、ただ、そう思っただけです。そうだと、いいなって。」
「うーん。そうだね。そうだといいよね。」
「‥」
次はなにも返さなかった。
入り口が遠くなるにつれ、光がなくなっていく。
「あとはなにがあったっけ‥。あ、あれが一番の思い出じゃない?!あのさ、かくれんぼっ!」
「記憶に、ないです。」
「そうなんだ。でもね、やったんだよ。かくれんぼ。みんな隠れるのがうまくてさ、全然見つからないの。でもね。」
「明石くんは屋根裏にいた。佐藤くんは押し入れにいた。水野くんはゴミ箱にいた。」
「ねえ、三浦くんは今、どこにいる?」
「はっ‥」
白服の男は急に焦ったように立ち上がり、そのままその場をあとにしようとする。
だが、黒服の男は、強烈な力で白服の男の腕を掴んでいた。
「ねえ、まってよ。」
「いやだ、許してくれ、許してくれ。」
「あ、そっか。かくれんぼだから、この言葉を言わなきゃ。」
「三浦くん、みっけ。」
直進していく電車は、トンネルの中で終点をむかえた。
FIN_
かくれんぼ 空一 @soratye
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