第2話 止まった世界
しまった!!ここまでのフラストレーションをぶつけてしまった。店内がざわついて...
ああっ!怖い目付きの店員のお兄さんがこっちにくる!!
「おゥ。そこの客」
「ひぃぃ!!すみませんごめんなさい!!」
「脅かしに来た訳じゃねェよ。あんな?さっき何て言った」
「ごめんなさい!!もう突然叫んだりしないので許してください!」
「違う違う。あんた、聞き間違いじゃなきゃあトンカツにはキャベツでしょうがー!とか言ってなかったか」
「えっ...あっ、はい」
ニヤァ。目の前の目付きの怖いお兄さんは、店の制服とおぼしき黒いシャツをパタパタ仰ぎ、頭のタオルを取り払った。
「お見事。この世界の違和感に気が付いたな」
「は...?えっ」
あ。ようやく、ネタバラシってことですか?
「...な...」
「な?」
「なんて手間のかかるドッキリを!どうやったかは本当に不明ですが、よくこんなことやりましたね!えっと、どこのテレビの方?それとも、どっかのユーチューバーですか?」
「残念。どっちでもない」
キィィィ...ン。
静寂だ。一人の時、静かすぎるが故に耳に刺さるように聴こえてくる、あの耳鳴り。
「うわっ、なんだこれ!」
世界が、止まっている。目の前の男と、俺以外全てが。
「お前ん家に案内しろ。あっ、店長!世話になったな、この店今日で辞めるぜ」
おそらく店長であろう止まったままの中年の男に声を掛け、制服を全て脱ぎ捨てたその男は、一瞬シャツと下着だけになる。その筋肉質ながらシャープな体つきの割には、肌がかなり白い。あと、この時代になぜか赤い褌を来ている。
えっ、なにゆえ?
いや、それどころではないんだけどね、今!時止まってるから!
最早、ドッキリとかで説明できる範疇ではない。この男、何者なんだ。
「おうなんだ?俺のことじろじろ見て。ま、そうだよな。気になるよな」
少し俯いて考え込んでいる間にその男はいつの間にか、青い、少しヨレた着物を纏っている。
「そう。アンタの予測した通り、キャベツとレタスを全部入れ換えてそのことを世界中のニンゲンに刷り込んだのはこの俺だ。そうだな、名は...」
ソイツはどこからか取り出した鞄を探り、そこから一枚のカード状の物を出してくる。
「今は、青野悠葉って名乗ってるぜ」
それはこの店の社員証だった。彼は自分の指で名前の部分をなぞりながら、そう言った。
「あおの...ゆうは。」
ん?
今、『今は』って言った?つまり過去は違うってことか...名前が変わったという事情にはイマイチ突っ込み辛いな。...いや、時間を止める程の存在だ。もしや、ヒトじゃないのか?
だって、さっき『ニンゲンに刷り込んだ』って言ってたし。
「あの...」
「ああ。俺はニンゲンじゃない。だからこの名前は本名じゃない」
えっ、もしかして心読まれてる感じ?
「心なんか読んでねえって。今、そういう顔してるぜ」
「ええ。ええ...?ええ...」
「おう。今頭のなかこんがらがってるな?無理もない。ほら、世界は全部止まってるぜ?もう一度言う。お前の家に案内しろ。でなきゃ、この止まった時間、二度と動き出さねぇかもな」
落ち着け、考えろ。整理するんだ、今まで起きたことを。
10時。休日だからとだらだら寝て、シャワー浴びて、着替えて色々準備して。それで、11時くらい?に、家を出た。電気屋で暇潰して、ゲームソフト買って、で、外出てハンバーガー食べて。違和感に気付いて遠いこの街まできて、ご飯食べまくって、叫んだら。
店員のお兄さんに気付かれて、ソイツは人間じゃなくて、名前を騙っている不審人物。...いやヒトじゃないなら人物ではないか...。いやいまそんな細かいことはどうでもいいんだよ!で。
時を止められた、と。
うん。
...
「こんなもん整理できるかーー!!」
「うわォ、うるせ」
「あっ、ごめんなさい。じゃなくて!貴方が時を止めたんでしょうが!」
「うん、そうだよ」
「元に戻してくださいよ!」
「だから言ってるじゃん。君の家に連れていってあげるから、そしたら戻す」
「警察に通報しますよ!」
「時が止まってるこの状態で?」
スマホは...うんともすんとも動かない。
「うう...テレビのドッキリだと信じたいよ」
「こんだけ手間隙かけてドッキリすると思う?ほら行くぞ。案ずることは、今はあまり意味が無い。」
「案じさせてるのはそっちだろ!ってか何で俺の自宅に行きたがるんだよ!」
「面白そうだからに決まってるじゃん?だってそうでしょ。俺が手間隙かけて作った術の中ただ一人。お前は、キャベツとレタスの入れ替わりに気が付いた、トクベツな人間。なァ若いの。名前は?」
コイツ、俺の名前を取る気なのか。
「...」
「はァ。俺みたいな類いにゃあ、名前を教えたくないと」
コイツ、ほんとは心読んでるんじゃないのか?
「心なんて読んでねぇ。ただ、そういう顔をしているだけだ。だーいじょうぶ、命をとったりァ、しない。だってお前は面白いからな」
ほんとなのかな。今のところ、全部、的中してるんだけどなぁ。
...仕方ない。どのみちここで逆らえば、止まった時のなかで永遠に閉じ込められる。
「岩谷。岩谷 揚だ」
「応。イワタニ ヨウ、イワタニ ヨウ...」
ソイツはチラチラと目線を動かし、こちらの鞄をじっと見る。
「なるほど。良い字面だ」
「えっ、透視でもしたのか?気持ち悪い!」
「ちがァうって。お前、鞄のなかの名刺がこぼれてんぞ?それ見たの」
ああ。これ、サークルで作った自分の名刺...
「...どのみち趣味が悪い」
「アッハハァ!それ、よく言われる」
さっきから、かなり口調が独特だ。
「んじゃーま、さっさと退店しようぜ。今のところ動けるのは、お前と、俺。それと、着ている服、荷物。移動に必要な諸々。俺が許可を出さないと、モノも生き物も、時間は動かない」
「服も?ああ、そうか。そうだよな」
「服の時間も止めてやろうか?鉄みたいに固まって面白いぞ?」
「遠慮しときます」
ゾッとする。いま、柔軟に動いてくれている服が文字通り一ミリも動かないだなんてそんな、不快に決まってる。
「ギャハハ!!そんな眉間にシワ寄せんなよ。冗談だってば」
「店の扉は?動かないぞ」
「それも問題無し。透けて通れるから」
つれられるがまま、店内の廊下を曲がって扉の前へ。
「ここから家までどん位?揚」
「馴れ馴れしく呼ばないでもらえます?」
「まあまァ。崩して崩して。さっきから急に硬いよ」
「だってそうでしょう?一応初対面なんですから」
「やけに落ち着いたニンゲンだなァ...今時の若いのは、みんなそんなもんなのかァ?なんつって」
どういう冗談だ。
レタスとキャベツが入れ替わってる...? 芽福 @bloomingmebuku
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