レタスとキャベツが入れ替わってる...?

芽福

第1話 俺の世界

もしゃっ......パキッ。



「あれ...?」



最初に違和感に気が付いたのは、13時頃食べたチェーン店のハンバーガー。


「...」


キャベツだ。


キャベツが挟まっている、グラタンコロッケのバーガーでもない、パティ、トマト、ソース、それから本来ならばレタスで構成されている、スタンダードなバーガーに。


それも、ちぎられた大きめのヤツが、生そのままだ。


「まじ?今日、ちょっと奮発して良いとこに食べに来たのに」


普通、ハンバーガーって言ったらレタスだろ。


「不味くはねぇけどよ...」


なんだ?ドッキリか何かか?落ち着け、深呼吸。ポテトを食おう。


「...ポテトは普通の味。おいしい」


続いて、ドリンク。今日はオレンジジュース。


「これも、普通」


考えろ、岩谷 揚。この異質な状況に対する答えを出すんだ。そうでなくては、折角の何てこと無い休日に変なところから水を刺されたまま、この後ゲーセンに行くことになる。


「ま、一番あり得るのはテレビの企画か」


周りを、ぐるっと見渡す。カメラらしきものは特に無さそうではあるが...


「来るならはやく来い。ってか、地味すぎだろ!レタスが入ってるとこに換わりにキャベツ入れるって。こんな企画絶対ボツじゃん。よく通ったな...」


バーガーにかぶりつく。まぁ、不味くはないんだけどなぁ...。で、ポテト喰う。合間にジュースを流し込む。ポテト喰う。バーガー喰う。


残ったソースにポテト付けて食べて、最後にちょっと氷を噛む。


紙ナプキンで、口を拭く。


...いいのか、テレビ局?俺は退店するぞ?いいのか?トレーを返却口に下げたよ?店の外出ちゃうよ?


「ありがとうございましたー!」


「あっ、どうも...」


店員のお姉さんの爽やかな笑顔が、今この時だけは不気味に映る。


え?


ホントに店離れるよ?えっ、じゃあ調理場のミス?いやいやいやいや。流石にあり得ないミスだよ。意味不明過ぎるって。


「...」


今はまだ、カウンターのお姉さんに背を向けた状態。つまり、まだ店の外には出ていない。


ここで、何か後悔を残すのは引っ掛かりを残してしまう。


確かめねばなるまい、その真実。


「あっ、あのー」


「はい、何でございましょう」


「えっと、お聞きしたいんですけど、さっき、ハンバーガーの中にぃ...キャベツが...」


「それが、どうかなさいましたか?」


え。


「えっ、いやだって。レタス!この店のハンバーガーはいつもレタスが...」


「え、ええっと。当店のハンバーガーはいつも、パティ、トマト、キャベツでご提供させていただいている筈ですが...?」


は?


いやいやいや。えっ、お姉さん?正気?でも、嘘をついている顔じゃない。俺にはわかる、この人俺のことを異常者を見る目で見てる。


「あっ、えっ」


「あっ...」


気まずい。


「しっ、失礼しました、変なことお聞きして。ありがとうございます...」


「あっ、いえいえ。ありがとうございました」


その場から逃げるように、駐車場へ。


「嘘...だろ」


走る。兎に角、最寄りの駅へ。そして電車に乗って大きなショッピングモールのフードコートに行く。


「ドッキリじゃないなら、この状況はなんだ?レタスがいきなり世界的に不足したって訳でもなさそうだし、ハンバーガー屋の店員さんは、前からキャベツが入ってるって言った。嘘だ、そんなはず無い」


スマホで、さっきのハンバーガーショップのサイトを調べる。すると、驚いたことに全てのレタス入りバーガーの画像がキャベツに差しかわっている!


何かのフェアって訳でもない。ただただ、普通の面をして、そこにキャベツがいる。


経営方針の変更?


にしては、あまりに大胆なこの事象に対して、世間。つまり、SNSの反応は薄いどころか皆無だ。


そうこうしているうちに、電車は目的の駅へ。居てもたっても居られず、電車から走りだし人混みを抜け、改札も走り抜ける。


途中、誰かにぶつかったので手を切るようにして急いで謝罪し、フードコートへ向かう。


「...嘘...だろ」


牛丼チェーンのサラダの絵柄が、変わっている。なんと、コーンなんかはいいとして、ちぎられた『キャベツ』に、千切りの『レタス』が入っているじゃないか!


「確かめよう」


意を決して、カウンターへ。サラダだけ単品の勇気は無かったので、小さめの牛丼とセットで頼む。


「やっぱり。レタスがキャベツに入れ替わってる事だけに留まらず、本来キャベツがあるべき場所にレタスがある。壮大過ぎるだろテレビ局、これだのためにディスプレイも商品も全入れ換えして店員さんにまで仕込みを入れるなんて。でも、甘いね」


実家。流石に、ここまでは影響は及んでいないはず。...だよね?


スマホを取り出して、電話を掛ける。


「あっ、もしもしお母さん?ひさしぶり。揚だけど」


「あれっ、正月でもないのに珍しい。何か用?...揚だけに!」


「いや、岩谷家定番ギャグはいいんだよ。今それどころじゃない」


「えっ、お金足りないの?昔から若干計画性が無いなーとは思ってたけどね。誰に似たんだか」


「だから、違うって!お金は...なんとか足りてるから。そう、質問に答えて欲しいんだ。あのさ、ちょっといいお店にある、スタンダードなハンバーガーには欠かせない野菜がある。それってなんだと思う?」


「え?謎解き?心理テスト?性格診断?お母さん、そういうの好きだよ」


「ちがう、シンプルに答えて。パティは答えなくていい」


「え?うーん。そうねー。トマトかな。あとソース」


「それだけじゃない。まだ上に、彩りのために緑の...」


「ああ。キャベツね!イメージ的にはそんな感じ」


「は...はは。...はいはい、なるほどね。お母さんもグルか。いやー、テレビ局もなかなかやる。ここまで根回し完璧とは畏れ入るよ。どれどれ、そろそろネタバラシの時間かな?」


「え?ごめん、いまいち話がつかめないんだけども...もしもし?揚?」


...


「じゃあね、バイバイ」


「ちょっ、揚?」


マジか。


え、もしかしてこれ世界規模なの?っていうか俺のスマホ改造されてる?


そう思って色々なサイトを物色してみる。


「どこを調べても、レタスとキャベツの役割が入れ替わってる」


その日、俺は遁走した。東へ西へ。スマホで調べられる範囲に関しては、全てスマホが改造されているという可能性もある。


しかし。


その日、見て回れる限りの飲食店系列のレタスとキャベツは全て、入れ代わっていた。


レタス入り回鍋肉。


えびとキャベツのシーザーサラダ。


「違う。別に不味くはない。けど...」


街のどこを走っても、例外無く全てが書き換わっている。


「お待たせしました!カツ定食でございます」


最後にたどり着いた、夜のトンカツ屋さん。当然という顔をして、そこには千切りレタスが乗っていた。


ああ...


キャベツに含まれるビタミンは消化を助けてくれるなどの役割がある。


だが、栄養価の面は普段それほど気にしないのでまだいい。だが、レタスは切るとそこから変色が始まり、ちょっと茶色くなってしまうのだ。だから、千切りには適さず、大きく千切るのが一般的。だが。


「ああ。...よーーく見ると所々茶色い...」


いや。別にいいんだけど。


不味くはないんだけど。


「違う...俺は異世界に来てしまったのか...」


慣れない、千切りレタスの食感に、頭が不具合を起こしたのではないかと錯覚する。


その瞬間、俺のなかにたまっていたもやもやが溢れだした。


「キャベツとレタス。似てるけど全然違う。それぞれその役割は違うのに」


周囲には、たくさんの人がいる。


テーブル席の家族連れ。隣のカウンターの席で急いで食べる、会社帰りらしき人。


でも。この人たちも、信じているのだろうか?


これが正しい世界だって。


そんなわけない。たとえ、一人になったとしても、俺はこんなの認めない。


「トンカツには...トンカツには...」


震える手を、テーブルに叩きつけ、腹のそこから叫ぶ。


「トンカツには!!キャベツでしょうがァーーーーーー!!!!!」




-----




急に叫びだす客に、ざわつく店内。




そして、その様子を調理場から見つめる、目付きの鋭い男が一人。


「...見つけた」


盛り付けの終わっていないカツ丼をその辺に放置し、獲物を捕らえる目をして、舌なめずりをした。

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