3-3

 

 魔法陣の爆発事件について、私がそうに協力していることがどこからかメイフィールド家に伝わったのであろう。

 翌日、背の高いスラリとした金髪碧眼のお兄様が、王城の魔法研究部にやってきた。

 朝起きた時にもふちゃんの姿がなく落ち込んでいた私は、お兄様の登場にさらにどんよりしてしまう。

 お兄様はこうしゃく家を継ぐためにお父様からの指導を受けていて、わざわざ私に会いにくるようなひまはないはず。

 いぶかしみながら、自分の席から立ち上がり、お兄様を迎えた。


「久しいなメリル」

「お兄様、どうなさったのですか?」


 結婚もし、間もなく当主となるお兄様が、一体なんの用事であろうか。

 お兄様は難しい表情で言った。


「……をしたと聞いたぞ。みな、心配している」

 

 その言葉に、私は首をかしげた。


「皆? ただのかすり傷ですし……何を突然? 私のことを気にかける必要はないかと思いますが……?」


 どういう風の吹き回しだろうかと思っていると、お兄様はため息をついてから私のことを真っすぐに見つめて言った。


「……もう家に帰ってきて、どこかへとついだらどうだ」


 決まり文句に、私はやはりとらくたんしてうつむいた。

 お兄様は私の肩に手を置くと続ける。


「幼い頃のことは……すまなかった。私も子どもだった。今はもうお前のことを化け物だなんて思ってなどいない」


 心の中がえぐられるような感覚を覚えながら、私はくちびるむ。

 まるで終わったことのようだなと思った。

 お兄様にとっては、こんな場所で簡単に謝ればすむ程度のだったのだ。

 ぷすぷすと音を立てて胸にくすぶっていた何かが、今度はひやみずを浴びてぐにゃりとゆがむような、あるいはお腹の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような不快さに、吐き気すらする。


「メリル、いい加減意地を張るのはやめろ」


 お兄様はそんな風に思っているのか。

 肩をつかむ手に、わずかに力が入るのを感じた。

 その時――。


「何をしている」


 低くひびく声が聞こえ顔を上げると、こちらに向かってオスカー様が険しい顔でつかつかと歩み寄ってくる。

 すかさず私とお兄様との間に割って入り、私をかばうように立つとたずねる。


「何か、あったのか?」


 私に声をかけるオスカー様に、お兄様は頭を下げると言った。


「王子殿下にごあいさつ申し上げます。私はメイフィールド家のビクターと申します。妹が怪我をしたとの報を聞き、心配してけつけました」


 オスカー様はその言葉に姿勢を正すと言葉を返す。


「そうか。メリル嬢の兄上か。今回、メリル嬢に怪我をさせてしまった責任のいったんは私にもある。申し訳なかった。ビクター殿にも心配をかけた」

「いえ。大したことがないと知り、安心したところです。久しぶりに王城で働く妹にも会えてよかった」


 その言葉に、オスカー様は小首を傾げた。


「ビクター殿。失礼だが、なごやかなふんではなかったが?」


 お兄様はしょうを浮かべたあと静かに答える。


「久しぶりだったのでそう見えただけでしょう。なあメリル」


 私はびくりと肩を震わせた。どうしても返事をすることが出来ずにいると、お兄様がため息をわざとらしくつく。


「……我が家は色々とありましてね……なので、出来ればメリルとは早く和解をしたいと思っているのですが、なかなかにこいつもがんというか意地を張っているというか……まあそういうわけなので、おづかいは無用です」


 お兄様にとってはつまらないことなのだなと思いながらうつむいていると、オスカー様が口を開いた。


「ふむ。家族のことにしゃしゃり出るのは失礼かと思うが、メリル嬢がおびえているように見えたのだが……」


 その言葉に、お兄様の頰が少しかいそうに引きる。

 ただしすぐにみをつくろった。


「そんなことはありません。なあ、メリル」


 同意しろと強要されているかのようなあつりょくを感じて、私は思わず助けを求めるようにオスカー様の服を摑んでしまった。


(しまった……!)


 王族に失礼を、と慌てて手を引こうとすると、オスカー様の指が重なる。


「メリル嬢? どうかしたのか?」


 温かくて大きな手にドキリとしながらも、私はゆっくりと自分のそれを離し、首を横に振った。


「す、すみません……大丈夫です」


 オスカー様は、静かに言った。


「大丈夫、か?」


 大丈夫かと問われれば、大丈夫ではない。

 お兄様の言葉に言い返したいけれど出来なくて、そんな自分がみじめになってくる。

 ずっとそうだった。家族に対してずっと何も言えずに、うじうじして。

 そんな自分がだいきらいだった。

 情けない。そう思いぐっとこぶしにぎりしめていると、そんな私の手をオスカー様はもう一度取り、小さな声で言った。


「……今、君がどんな気持ちなのかは分からないが、言いたいことがあるならば、まんする必要はない。こうやって耐えることはないんだ」


 顔を上げた私に、オスカー様が優しく微笑ほほえむ。


「私は、少し外していよう」


 オスカー様はお兄様へと視線を向けた。


「家族の話に口を出してすまなかった」


 しゃざいしてオスカー様は離れたところへと移動し、そんなオスカー様に何やらロドリゴ様がすり寄っていく。

 私は、少し勇気をもらったような気がした。


「……お兄様」


 真っすぐにお兄様を見上げる。


「私、意地になっているわけじゃ……ないんです」


 お兄様と、私は久しぶりにあいたいした。


「……お兄様は、私がお父様には無視され、お母様には叩かれたことを知っておられますか? 私は生まれてからずっと、一度も、メイフィールド家の娘として両親とけいに認められたことは……ありません」


 震えそうになるのをぐっと我慢しながら、私は言葉を続けた。


「私に帰ってこいというのは、嫁げという意味で……ていよくやっかいばらいしたいだけでしょう。意地になるな? 違います。怖いんです……きょぜつされるのが。ずっと、ずっとずっと、化け物のらくいんを押された記憶が胸の中にこびりついているんです。忘れられないんです。お兄様は忘れても、私は昨日のことのようにお兄様の冷たい瞳を覚えています」


 重なっていた視線を、お兄様はそらす。


「昔のことじゃないか」

「……そうですね」

「昔のことだろう。もういいじゃないか。水に流せよ。なんでそれが出来ないんだ」


 お兄様にとっては過去のことでも、私にとってはそうではない。

 だからこそ、勇気を振りしぼったのだ。


「お兄様にとっては簡単に水に流せる出来事なのでしょう。ですが……私には無理なんです。……申し訳ありません。私には難しいことなので、それをお兄様が嫌だと思うのであれば、私のことは、もういないものと思って忘れてください」

「メリル。貴族の娘として生まれた以上、どこかへ嫁いだほうが幸せになれる!」


 お兄様の言葉に、私は首を横に振った。


「王城で働き、給与をもらい、地に足をつけて生きています。貴族の娘としての責任を果たせていないことに関しては、申し訳ありませんが……どうしてもどこかとえんだんを結ばないといけないほど、メイフィールド家は落ちぶれてはいないでしょう? ならば放っておいてもらうことは、出来ないでしょうか」


 自分でもわがままなことを言っているのは分かる。

 貴族の一員としての役目は果たせていないのは確かだ。

 だけれども、お兄様お姉様のように公爵家の子女として何不自由なく大切に育てられてきたわけではない。

 いないものとして扱われて、別館でただ生かされていた。

 衣食住に困ったわけではない。だから感謝はしている。

 だけれども……。

 私の言葉に、お兄様は驚いているかのように目を丸くし、それから静かに言った。


「女は……妻となり子をして一人前だろう? 仕事なんてしてどうする。女の幸せを捨てるというのか?」


 ぐっと、胸が苦しくなりながら、私はお兄様に告げた。


「お母様は……幸せそうですか?」


 私の一言に、お兄様が押し黙る。


「……立ち話でする、内容ではなかったな……」


 それから、静かに息をついた。


「……とにかく、大きな怪我でなくてよかった。じゃしてすまなかったな。では……失礼する」


 そう言い残すとお兄様は私に背を向けた。

 後ろ姿を見送りながら、小さく息を吐く。

 お兄様が立ち去ったのち、ロドリゴ様を振り切りオスカー様がこちらへと来る。


「大丈夫か?」


 私は顔を上げ、それから、小さくうなずく。


「はい……ありがとうございます」

「……もう一度聞くが……大丈夫か?」


 づかわしげなその視線に、私は苦笑を浮かべてうなずいた。


「見苦しいところをお目にかけてしまい、申し訳ありません……」

「……それはいい。こちらも、勝手に話に入ってしまい悪かった」

「いえ……あの、オスカー様。変なことを尋ねてもいいですか?」

「なんだ?」

「私は、仕事など辞めたほうがいいのでしょうか……」


 こんなことを聞かれてオスカー様も困るかなと思いながらも、心の中のもやもやが晴れない。

 そんな私に、オスカー様は真面目な声で言った。


「メリル嬢は、ゆうしゅうな魔法陣射影師だ。貴族として王国にこうけんする仕事をしている。それは胸を張るべきだ。……家庭のことには今回私は割り込めなかったが、もしメリル嬢が望むならば間に入ってちゅうさいしてもかまわない」


 その言葉に驚き、私は口を開く。


「オスカー様は、家に帰るべきとは……思わないのですか?」

「それぞれの家庭の事情があるだろう。いちがいにそうだとは考えない」


 オスカー様は少しばかり間を置くと、私のことをじっと見つめて言った。


「……もし、無理やり連れ戻されそうになった時には、私がくちえをしよう」

「どうして……?」

「どうして? メリル嬢。繰り返すが君は優秀だ。もっと胸を張れ。自信を持っていい。君はらしい能力を持っている立派な女性だ」


 そんなこと、人から初めて言われた。

 私は、どうしようもなく泣きたくなる。

 それをぐっとこらえてうつむき、私は小さな声で言葉を返す。


「ありがとうございます……もしもの時には、お願いしてもいいですか?」


 オスカー様はにっと笑ってはっきりとうなずく。


「もちろんだ。いつでもたよってくれ」


 そんなオスカー様の言葉に、心が救われたような気がした。

 嬉しくて、オスカー様に笑みを向けると、何故かオスカー様は慌てた様子で頭を押さえる。


「オスカー様? どうかなさったのですか?」


 尋ねると、オスカー様は首を横に振り、両手を頭に置いたまま答えた。


「な、なんでもないんだ」


 しばらく固まっていたオスカー様だったけれど、少しすると両手を下げて、それからほっとした様子で言った。


「か、髪に寝ぐせがついていたのを思い出してな。ちょっと押さえていただけなのだ」


 オスカー様でもそうしたことを気にするのだなと、笑ってしまう。

 知れば知るほど、オスカー様に親しみを持つことが出来るなと私はほっこりしたのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




【書誌情報】

「愛されなかった社畜令嬢は、第二王子(もふもふ)に癒やされ中」 

≪試し読みはここまで!≫


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愛されなかった社畜令嬢は、第二王子(もふもふ)に癒やされ中 かのん/ビーズログ文庫 @bslog

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