3-2



*****



 メリルが眠ったあと、人間へと姿が戻ったオスカーは、そのがおを見つめながら小さく息をつくと立ち上がった。

 先と同様に部屋をさっと出て魔法具で鍵をかけると、王族居住区へと向かって歩き出す。

 自室へと帰り着いたオスカーは念のために兄に無事を伝えるようにじゅうへ指示した。


 心配しているといけないと思ったのだけれど、すでに自分がメリルのところにいるのをあくしていたとの返信が来てこそばゆい気持ちになる。

 オスカーは、大きくため息をつくと、ソファに座り、てんじょうを見つめた。

 まだ出会ったばかりだというのに、メリルの様々な一面に触れ、そして話を聞き、もっと知りたいと思う自分がいた。

 心臓がトクトクと音を立てており、胸に手を当てればいつもよりも速い。

 初めていだく感情に、運命の相手が分かるというおとぎ話を思い出す。


「運命など本当にあるのだろうか……だが、女性に対してこんな気持ちになるのは初めてだな……」


 メリルのそばはここがよく、とても楽しく、もっと一緒にいたいと思う。

 だけれどそれと同時に、いつわりの姿でメリルの話を聞いてしまったという罪悪感があった。

 自分がけものの姿でなければ、彼女はあんなにもなおに心情のはしなかっただろう。

 ここまで考えた時、獣ではなく人間の自分に打ち明けてほしいと思っていることに、オスカーは気づく。


「なんだこの感情は……」


 胸に手を当てながら、オスカーはまどい、ふと気づく。


「俺はまさか、獣の自分にしっしているのか?」


 そう分かったしゅんかん、感情がばくはつするような感覚を覚えた。

 ボフン。


「え?」


 オスカーは嫌な予感がして鏡の前へと急いで向かうときょうがくした。


うそだろう……なんだよこれ……」


 人間姿の自分にふわふわの白い耳としっぽが生えている。

 思わず、一歩後ずさった瞬間、それはぱっとせる。


「え……夢、じゃ、ないな……」


 起きたことが信じられずぼうぜんとするが、結局のところなやんだところで解決策も対応策も思い浮かばず、ふて寝するように、オスカーはベッドへと向かったのであった。

 二時間程度の仮眠ののち、オスカーは起床すると朝のたんれんへと臨む。

 体を動かすことで頭をすっきりさせることが出来る。

 全身しっかりとほぐしながら訓練を一通り終えると部屋へといったん戻り、入浴してから騎士の制服にえ兄の元へ向かった。

 結局のところ、昨日の現象はあの一回だけだったのだけれど、今後何がどうなるか分からない。

 獣への変身を、自由自在に出来るよう訓練しなければならない。なるべく早く。兄であるルードヴィッヒにはすでに会いにいくむねことけているので、少しくらいならば話す時間があるだろう。

 ちょうど朝の支度を終え、くつろいでいたルードヴィッヒの私室に許可を取り入った。

 ルードヴィッヒは侍従とじょに下がるように命じる。

 部屋に残ったのは二人だけであり、オスカーはあいさつをすませるとたんとうちょくにゅうに自分の体の異変について報告する。

 するとルードヴィッヒはき出すや、ひとしきりばくしょうして楽しそうに言った。


「あはははは! いや、すまん。だが、お前の頭にねこみみは……っく。すまん、どうしても、はははは!」


 上機嫌な兄の姿にオスカーはむっとすると、うでを組んでまゆを寄せる。

 その姿を見て、ルードヴィッヒはどうにか笑いを引っ込めると、コホンとせきばらいをしてから言った。


「そうむくれるな。だがそれは困ったな……初めてのことか。どうしてなのだ?」

「分からないんだ」

「では、そうなった時、何を考えていた?」

「え? えっと……たしか、メリルじょうのこと……だったような……」


 その答えにルードヴィッヒは少し驚いたように目を丸くすると、口元に手を当ててにやりと笑う。


「お前が女性のことを考える日がやっと来たか……やはり、運命の相手を見つけたのではないか? 女性に対してこんなに興味を抱く姿を始めて見たぞ」

「運命の……相手か」


 ルードヴィッヒは、ほんだなから何冊か本を取ってくると、それをオスカーへと手渡す。

「私も調べたところ、やはりそうした事実があったようだ。獣に変身出来た歴代の王族には特別な力があったようで、運命の相手を見つけ、結婚した者が多いとか」

「……結婚」

「メリル嬢であれば、しゃくり合っている。問題はないぞ」

「は? え? あ、いやいやいや。まだ早い! 兄上、からかわないでくれ」

「今まではやれけんだ、やれたてだ、訓練、訓練、訓練……私はある意味お前が心配だったんだが、どうやら春が来たようだな」

「な!? 兄上そんなこと考えていたのか? い、いや、まだ違うぞ。言っておくが、メリル嬢とはまだ出会ったばかりで」

「恋に時間は関係ない。それに何より運命の相手だろう」

「だ、だが、その、まだ二人で出かけたことだってない」

「まだ」

「あ……」


 オスカーは自身の顔を両手でおおうと、大きく、そしてゆっくりと息をく。

 何故なぜ自分がこんなにもどうようしているのか分からないというオスカーの様子に、ルードヴィッヒは驚く。

 弟のそんな姿を見たことがなく、眉を寄せた。


「なるほど……運命の相手が、はつこいか」

「っ!? ……分からない。今までだって他のれいじょうと関わることはあったが、これほど相手が気になることなどなかったんだ」


 呟くようにそう言うと、オスカーは小さく息を吐いて宙を見上げた。


「兄上が王位をいだ時、俺は結婚しなくてもいいと思った。俺が結婚をすればいらぬ

いさかいの原因にもなるだろうし、そもそも異性への興味が俺にはなかったからな」

「私はオスカーの子どもをでるのが夢なので結婚してほしいがな」

「……自分の子を愛でてろよ……」


 悩むオスカーの姿に、ルードヴィッヒは言った。


「今回の魔法信者の件はまだ解決していない。なのでメリル嬢とのつながりもある。せっかくだからこの機会を通して仲を深めてみろ。その上で自分の感情と向き合い、どうすればいいか決めればいいさ」


 その言葉にうなずくと、オスカーはため息をついてから姿勢を正しルードヴィッヒへと視線を向けた。


「話は変わるが、王城の仕事についてきたいことがあるんだ」

「どうした」

「メリル嬢が昨日の夜中にとつぜん職場に呼び出されてな、それで仕事をしに向かったんだ。あの様子だと、今回が初めてではないみたいだが、王城の事務方ではそういうことがつうなのか? 騎士団だと日勤、夜勤と分かれているが」

「武官も文官も同じはずだが、魔法陣射影師は彼女だけだからな……ふむ、少し気にかけるように伝えておこう」


 それからオスカーは昨日の爆発事件についても報告をする。

 しかし、メリルが魔法陣を使ったことについては、彼女の魔力に言及が必要になってしまうためせることにした。

 どうしてもこの件は一度メリルと話をしてから、改めてルードヴィッヒに伝えたいと思ったのであった。

 退出する前、ルードヴィッヒは言った。


「仕事も大事だが、じゅうじんについてもある程度せいぎょする練習をするように。メリル嬢と交流する時間を持ち、耳としっぽが何故生えたのかについても検証しておけよ」


 ルードヴィッヒはメリルとの接触による心境の変化が影響をもたらしていると考えているようで、そう助言をされたのだけれど、オスカーは一礼してしてから小さくため息をらした。


「交流……か」


 どうすればいいのか、オスカーは頭をきながらまたため息をついたのであった。

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