第三章 もふちゃんに吐露する思い

3-1


 私は急いで家のかぎを探す。ドアを閉めていこうと思ったのだけれど、見当たらないであせったが、カバンの中を全部ひっくり返すとやっと出てきた。

 それを持って後を追う。


「オスカー様!? ……あれ? え? もう、いない」


 すでにそこにオスカー様の姿はなく、うすぐらわたろうが続くのみ。

 シンと静まり返った周囲から、人の気配はしない。

「早い……もしかして庭をっていったのかしら」

 そう思い、庭の方へと視線を向けると、しげみがかすかにれたのに気がついた。


「え?」


 そこからしろがねいろの美しいしっぽがゆらゆらと揺れているのが見え隠れして、私はおどろきながらも植え込み中をのぞき込むと、なんと、夢で出会ったもふちゃんがいた。


「え? も、もふちゃん?」

「んなぁ」


 また会えるなんて思ってもみなかった。

 私はもふちゃんをき上げるとぎゅっと抱きしめた。


「あったかい。もふちゃんだぁ。夢じゃなかったんだぁ。うれしい。おっと、今はそれどころじゃなかった」


 私はもふちゃんを部屋の中に入れると言った。


「オスカー様のことをかくにんしてくるから、少し待っていてね」


「なぉ! にゃ! なぉ――ん!」

「え? どうしたの? あぁ。さびしいのね。ごめんね、すぐ、すぐ帰ってくるから!」


 私はそう告げて、まりすると急いで廊下を走っていく。

 この時間になると人とすれちがうことはほとんどない。

 私は王家専用の居住区の入り口に立つ門番へと声をかけた。


「すみません。本日第二王子殿でんと共にお仕事をさせていただいておりました、メリル・メイフィールドと申します。第二王子殿下はもう帰ってこられたでしょうか」


 無事でいてくれればいいがと思ったのだけれど、門番は首を横にった。


「いや、まだお戻りにならない」

「え? 分、かりました。ありがとうございます!」


 私はもしやだんの方へと向かったのだろうかと思い、そちらに行こうとして、足を止めた。

 オスカー様があれだけ急いで、あせをかきながら帰ったのだから、もしかしたら私は知られたくない事情があるのかもしれない。

 せめて心の中で、病気ではありませんようにと祈る。

 結局私は不安な気持ちのまま、とぼとぼとした足取りで部屋へと帰った。


「なぉーん」


 びゃっのような見た目だけれど、可愛かわいらしい鳴き声のもふちゃんに、私はぎゅっと抱きつくと、大きく息を吸った。


「なぉ……」


 もふちゃんは動きを止め、私はもふちゃんのにおいを全力で吸い込んだ。


「す――――――はぁぁぁぁぁ」


 明日になればきっとオスカー様の無事が分かるはずだ。私はそう自分に言い聞かせる。


「はぁぁぁ。オスカー様、だいじょうかしら」

「なぉ」


 一回一回しっかりとあいづちを打ってくれるもふちゃんのかしこさに、私は感動する。こんなに可愛らしく賢いもふもふがいるとはとひとみかがやかせる。


「賢い! もふちゃん、賢い!」

「な……ぉ」


 顔をなんだかいやそうにゆがめる姿も可愛らしい。会話が成立しているような気がして不思議なもふちゃんだからなのかなぁと思いつつ、顔を上げるとまどしに庭の先を見つめた。


「オスカー様……はぁ、心配。早くて、朝一で確認をしにいこう」

「なぉ」


 私は鍵をしっかりかけたのを確かめ、それからもふちゃんのどこを整えていく。


「おなかはすいていない?」

「なぉ」

「もふもふしていい?」

「な……ぐるる」


 本当にかくしているわけではなく、わざとらしくぐるるという姿に、私は笑ってしまう。


「かーわーいーい! はぁぁぁ!」


 私はもふちゃんを抱きしめると頭をで回し、キスを降らせる。


「なぁ! にゃ! なぁぁあ!」


 可愛すぎる。キスされるのが嫌なのかもがくけれど、決してつめでひっかいてこず、体をよじったり肉球でふみふみとして私をどうにかどけようとする。


「はぁぁぁ。可愛い。やされる」

「にゃぁぁ」


 しばらくすると私をどけるのは無理だとさとったのか、全身の力をくもふちゃん。

 やりすぎたかなと、私はもふちゃんの前で正座をして謝罪する。


「やりすぎました。ごげん直していただけないでしょうか」

「なぉ……」


 可愛い。

 私は言葉を本当にやり取りしているようなもふちゃんが、可愛くて可愛くて、またもふもふとしたいしょうどうを必死で抑えたのであった。


「さて、もふちゃん。私はお入るから大人しくしててね」

「なっ……ぉ」

「あ、もふちゃんもいっしょに入ろうか?」


 せっかくだからもふちゃんがもっともふもふになるように綺麗に洗おうと私はもふちゃんを抱き上げかけたのだけれど、今までにないほどしゅんびんにもふちゃんはげる。


「え? お風呂きらい? でも、もっとふわっふわになれるよ?」


 きっと抱きしめたらそれはそれは幸せな気持ちになるであろうくらいに。

 そう思ったのだけれど、もふちゃんはかろやかに私から逃げると、たなの上の方で座ってしまった。

 これは絶対に嫌だという意思表示なのだろう。

 私は、すごくよごれているわけではないし、嫌がっているのにいするのはよくないなと思いあきらめることにした。


「分かったよ。もふちゃん。じゃあ一人で行ってくるね」

「みゃぉん」


 残念だなぁと思いながら私は出来るだけ早く入浴をすませた。

 お風呂から上がるとだいぶさっぱりとした気持ちになる。

 ほう|具《ぐを使って髪の毛をかわかしつつ、部屋へともどると、もふちゃんはおぎょうよく寝床の上に丸まっており、大変可愛らしい。


「もーふちゃん」


 私はもふちゃんを抱き上げて、ひざの上にのせたのだけれど、もふちゃんはとたんにピンっと耳としっぽをばして逃げた。


「みゃぉぉぉぉ!」


 どうしたのだろうか。

 お風呂上がりは暑いので短いナイトドレスで過ごす。このナイトドレスはうすくて軽くてすずしいからお気に入りだ。

 そして、ここにはだれもいないので髪の毛を下ろしていても眼鏡めがねをかけなくてもいいということも、解放感があっていい。

 髪の毛をくしかしながらしょうだいの前に行くと、自分の姿を見てため息をつく。


「はぁ……」


 もふちゃんも鏡の前へやってくると、少し驚いたように私の瞳を覗き込んだ。

 

「あれ。もふちゃんも、もしかして気になる? 眼鏡でかくしていたものね……」

「みゃ……」


 私は笑うと、自分の目を見つめながらため息をついた。


「なんで私の髪や目はこんな色なんだろう……こんなんだから、メイフィールド家のそこないなんて言われる……いや、それ以前の問題か」


 もふちゃんが心配そうに私のことを見ているので、私はもう逃げないのかなと思って抱き上げると、膝へのせた。

 もふちゃんは少し体をこわらせたけれど、その背をやさしく撫でながらつぶやく。


「メイフィールド家は、きんぱつへきがんが当たり前なの……でも私は黒髪にものみたいな赤い瞳。生まれつきこんな見た目だから、お父様にお母様は不義を疑われ、お母様にはお前のせいだとめられた……お兄様やお姉様からは、けがらわしい化け物っていじめられてたの」

「っ……」


 私は、もふちゃんに話しかけながら、小さくため息をついた。


「そんな私の周りには誰もいなくてね……私、よく図書室でひとりで本を読んでいたの。そこで出会ったのが、ほうじんの本。美しい円、せんさいな文様。一つ一つに意味があって夢中になったのだけれどね……もう一つ私には不幸があった。魔法陣をね、私、発動出来るだけのりょくを持っていたの……幼かったから、それがおかしなことだって分からなかった」


 不安をするように、自分を落ち着かせるように私はもふちゃんに打ち明けていた。


「お母様に見つかってね、ほおを何度もたたかれて、それで、絶対に誰にも言ってはダメだって。赤目で魔力まであったら、魔物そのものじゃないかって……だから、ずっと秘密にしていたの。大人になって、それが悪いことではないのは、知ってはいるんだけど……だけど……」


 体がふるえ始め、|怖》こわ》くてたまらなくなる。


「どうしよう……魔力を、使ってしまった。使ってしまった」


 なみだがぽたりぽたりと落ちて、あの日、お母様に化け物と呼ばれせっかんされたことが思いかぶ。

 今では魔力を持っていることが知られたとしても、社会的に見ればほまれであり、むしろかんげいされるということは、頭では理解している。

 魔力そのものについても学び、の対象ではないのだとも分かってはいる。

 ではなぜ怖いのか。

 自分の心の中に、にくにくしげに私をにらみつける母の姿が焼きついているからだ。

 いっしゅんで無力な子どもに引き戻されてしまう。

 まだ、私はあの頃のおくとらわれたままなのだ。


「どうしよう……どうしよう。平静を保って、何ごともないようにしていたけれど、怖い」

「みゃ!」

「え?」


 私のことをぎゅっと抱きしめるように、もふちゃんが手を伸ばしてきた。

 驚きながらも私はもふちゃんをぎゅっと抱きしめ返す。


「ありがとう……私、私……これからどうなるんだろう」


 人からきらわれるということが怖い。

 私は小さくため息をついてから、もふちゃんを抱く腕に力を入れる。


「オスカー様に、嫌われたくないな」

「みゃっ!?」

「え? もふちゃん?」


 もふちゃんは私の顔が見えるように体を引くと鳴き始めた。


「みゃ、なぉ、みゃむぁ、みゃみゃみゃみゃ」

はげましてくれているの? 優しい子だねぇ。うん……オスカー様、すごくてきな人だから、嫌われたくないの」

「みゃ!? みゃ、みゃぁぁぁぁ」

「ふふふ。だってね、女性が働いているのにもへんけんがなくて、こんな……頭もぼさぼさだし、見た目も可愛くないのに……私を嫌がることもないなんて、ふところが深すぎるでしょう?」

「みゃ……なぁん……」

「え? その顔は、え? うーん。分からないけれど、もふちゃんって表情ゆたかねえ」


 そのあとなんともいえない声でもふちゃんが鳴くものだから、つられて私は笑ってしまう。

 れいに片づいた部屋の中、先ほどまではオスカー様と一緒だったのになぁと思う。


「今度びん買おうかな……オスカー様と一緒に、また、ご飯食べられたら、運よく食べられたら、机の上にお花かざってたら、もっと素敵かなぁ」


 室内が寂しく感じられて、私はふと思いついたことを呟く。


「みゃぁ」

「ふふふ。いいアイデアって思ってくれてる?」


 やっぱり人の言葉を理解しているみたいで、本当だったらいいのにと私はひとちた。

 深夜二時ごろ、いつの間にかもふちゃんを抱きしめたままねむっていたらしく、魔法具の音で目を覚ました。

 この魔法具は職場からのコールであり、最初はきんきゅうようだと言って渡されたのだけれど、今では急ぎの仕事や欠勤などで人手が足りない時によく鳴る。

 まさか深夜に呼び出しかと、私はがっかりとしながら起き上がる。もふちゃんもハッとした様子で飛び起きて、あたりを見回してから、こっちを向いた。


「もふちゃん、ごめんね。職場から緊急の呼び出しだから行ってくるね」

「みゃ? みゃみゃみゃみゃんみゃ?」


 驚いた様子のもふちゃんは私の足元をとてとてと歩き回るけれど、私はたくをすませる。

 外に出ようとしたところで、ドア前にもふちゃんがちんした。


「もーふちゃん。行ってほしくないの?」

「みゃみゃみゃみゃぐるにゃ」

「え? 何それ。すごく可愛い」


 私はどうしようかなと迷って、思いつくと、大きめのカバンを持ってきて口を広げた。


「もふちゃんも一緒に行く? こっそり」

「みゃ……みゃん」


 なんともいえない表情を浮かべたのち、もふちゃんはカバンの中にすっぽりと入り込み、私はそれをかかえると職場へと向かって歩き出した。

 ずっしりとした重みを感じながら、もふちゃんを膝にのせて仕事が出来ると想像すると、幸せすぎて顔がにやけそうになる。

 部屋には明かりがついており、ロドリゴ様の姿があった。どうやらロドリゴ様も叩き起こされたようで、大きなあくびをしながら、私の机の上に資料を積んだ。


「なんでも、急ぎらしい」

「そうなのですか……」

「ああ。今日お前が使った魔法陣だが、王城にも資料として提出しろと言われている。魔法陣をてんした報告書を作成しろ」

「え……今ですか?」

「そうだ。さっきゅうにということだ」

「……分かりました」


 明らかにロドリゴ様よりも私に振られた仕事の量が多い気がする。その上こちらは報告書もか。

 仕方がないかと、私はもふちゃんの入っているカバンを膝の上にのせて、作業を始めた。

 カバンの口を開けているので下を向けばもふちゃんを見られる幸せ。もふちゃんは眉間にしわを寄せている。

 魔法陣しゃえいの仕事ではないものもまざっているなと思いながら、先に報告書を仕上げて、魔法陣を最後に添付し完成させるとロドリゴ様へ提出した。


「出来ました」

「おう。ご苦労だった。他の仕事も緊急性が高いらしくてな、俺はこれをほう使つか殿どのに届けてくる。お前も終わりだい関係部署へと回していけ。日中さぼったんだからこのくらいやらないとな」

「え? 魔法使い様……もしかして王国筆頭魔法使いのアルデヒド様にですか?」

「ああ、早急に持ってきてくれとたのまれているんだ」


 まさかロドリゴ様が雲の上の人であるアルデヒド様と関わることがあるなんてと内心驚いてしまう。

 そしてさらにびっくりしたのは、ロドリゴ様がカバンに筆記用具などの私物をまとめて部屋を出ていったことである。

 私はぜんとしながら、小さくため息をついた。

 急を要する仕事なのは仕方がないのだろう。だけれど、自分はここに残されて働いて、ロドリゴ様は書類を届けたら家へ直帰する。

 私は魔法陣射影師として騎士団に協力したつもりなのだけれど、ロドリゴ様にとってはさぼりになるらしい。

 もふちゃんは飛び出ると、おこったようにがるるるるとうなり声をあげた。


「どうしたのもふちゃん?」

「がるるる!」

「怒っているの?」

「みゃんみゃ、みゃみゃーみゃ!」

「え、かばんに入ってたの嫌だった? 怒っている姿も可愛い。ごめんね」

「みゃ……みゃあぁ」


 何を言っているのかは分からないけれど、もふちゃんが私のことを心配してくれているのは伝わってきた。

 心が癒やされる。

 けれどおそらくもふちゃんには飼い主がいるだろう。早くおうちを見つけて返してあげなければならない。


「ちゃんと飼い主さんのところに戻れるからね」

「……みゃ」


 返したくないなと思うけれど、きっと飼い主さんも必死で捜しているだろうから。

 もふちゃんの頭を撫でながらひと時の癒やしを楽しんだ。

 私はそれから着々と仕事をこなしていく。はっきり言って、すでに四時間くらいは眠っているのでいつもより進みが早い。

 やはりすいみん不足だと作業効率が悪くなるから、出来ることならば毎日九時間眠りたいな、なんてことを考える。

 一段落したところで私は体をほぐすように大きくびをすると、椅子から立ち上がった。


「もふちゃん、かばんに入ってくれる?」


 そう呼びかけると、もふちゃんは少し迷ったようなそぶりを見せたあとに、小さくため息をついてカバンの中へと潜り込んだ。

 なんだか本当によく言葉を理解している気がする。

 私はカバンをかたにかけ、書類を小脇に挟み廊下に出た。

 各部署それぞれ夜勤の職員が詰めており、私は担当ごとに必要な書類を確認しながらわたしていく。

 なかぎの連携は業務全般の進行にえいきょうするので、仕事は早く上げたらすみやかに次の部署に回さなければ。

 私はノルマを終えると、あくびを噛み殺して宿舎へと帰った。

 あと三時間は眠れそうだ。時計を見て頭からたおれるようにベッドへ寝転ぶ。


「あぁー……つかれた」

「みゃ~」


 私をづかうような視線に、私はもふちゃんをぎゅっとベッドの上で抱きしめる。


「もふちゃんが私の家族になってくれたらいいのに」


 その言葉に、もふちゃんの体がこわった。嫌だったかなぁとえんりょがちに、その頭を撫でる。


「おやすみ。もふちゃん」

「なぉーん」


 もふちゃんとずっと一緒にいたいなと思いながら、私は夢の世界へと落ちていったのであった。

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