2-7


 肩を並べて歩きながら、会話の糸口を探していると、オスカー様が重い口を開いた。


「言いにくかったらいいのだが……これまでもああした男はいたのだろうか」


 ディック様のことをしているのだなと察した私は、少し考えてから答えた。


「……私は一応メイフィールド公爵家の娘なので、家をぐことの出来ない次男の方や三男の方はお金が目当てで、また長男でもだんしゃく家やしゃく家の方々にしてみれば、公爵家とのつながりが欲しいようでして、そうした皆様から声をかけられることはあります」


 私がモテているわけではない。

 メイフィールド公爵家という肩書きに引き寄せられてくるだけだ。


「そうなのか……」

「はい。職場に嫌がらせをされることもありました。ですが、ロドリゴ様がそういうところは助けてくれるんです」

「ほう。なんだ、意外だな」

「ふふふ。はい」


 女性とは結婚こそが幸せ。そう言って何度も何度も魔法研究部に押しかけてくる者もいた。

 ただそうしたやからに対しては、ロドリゴ様が持ち前の嫌味で撃退してくれる。そこだけはロドリゴ様に感謝していた。

 高圧的で不当な仕事を押しつけるのにはへいこうしているが、彼は私が働くこと自体に反対しているわけではないので、その点はとてもありがたい存在だった。


「……そうなのか。まぁ、君ほどりょくてきな女性ならば、うむ、声をかけたくなるのも仕方がないか」

「へ?」


 言われた言葉の意味が分からずに、オスカー様を見上げると、オスカー様はどうしたとでも言いたげに首を傾げる。

 この人は、こんな私にも気遣いでおを言ってくれるのか。

 これは、女性を勘違いさせてしまうのではないかと私は親切心から忠告した。


「オスカー様。あの私のような女にまでそのように接するべきではないです。しゃこうれいを真に受けて、勘違いした女性に、いつか後ろからされますよ」


 真面目な顔でそう伝えたのだけれど、オスカー様は楽しそうに笑った。


「ははははっ。後ろから……っふ。私を後ろから刺せる女性とはかなりのだろうなぁ。まあそれは置いておいて私のようなとは? 君は十分素敵な女性だが」


 真っすぐに言われ、私は固まってしまう。

 この人は、まさか本気で私をそのような女性だと思い込んでいるのであろうか。

 もしや、目が悪い?


「あの、視力は大丈夫でしょうか」

「もちろん、目はかなりいい。っふふ。なんだ君はおもしろいな」

「いえ、そのようなことは……」

「ふむ。だが不思議だな。自分の力で王城で働き、しかもゆいいつの魔法陣射影師として採用されているのだから優秀なのだろう。それに……その、私から見れば君の瞳も、おさげの髪形も……とても、か、可愛らしいと思うのだが」

「へ? はえ!?」


 驚きのあまり変な声が出てしまう。

 私の目が、このぼさぼさのおさげが、可愛い?

 そう思った時、ちょうど宿舎の前に着き、私は慌てて話を切り上げた。


「ああああえっと、その、ありがとうございました! ででで、では、失礼します!」

「え? ああ」

「では!」


 そう言って部屋へとけ込みドアをバタンと閉める。

 心臓がバクバク鳴って、もう意味が分からないと思いながら一歩踏み出した瞬間、床に散らばっていたものに足を引っかけ思いっきり転んだ。

 それと同時に、山積みにしていた物品が雪崩なだれを起こし、私は押しつぶされた。


「わあぁっ! きゃ……ぐへぇ……」


 最後のほうは確実にカエルがつぶれたような声であった。


「メ、メリル嬢!? 大丈夫か!? 中に入るぞ!」


 現在大量の物の下敷きという状況であり、私は身動きすら取れない。

 こんなことになるなら片づけておくべきであった。

 もふちゃんの夢を見て、しんしつへとすべて追いやった物を、積み重ねてこちらの部屋に戻したのが悪かった。

 しかし、私はハッとする。

 この部屋に、オスカー様が!? いやいやいや。無理だろう。

 第二王子をこんなかいに入れていいわけがない。


「だ、だめっ!」

「メリル嬢大丈夫か!?」


 オスカー様はドアを開けるなり、溢れたものに押しつぶされている私を見て驚きの声をあげると、慌てた様子で私のことをおびただしい物の中から助け出してくれた。

 恥ずかしい。

 もういなくなってしまいたい。

 うめいていると、オスカー様は私に怪我がないことを確かめてからさわやかな笑顔で言った。


「無事でよかった……転んだのか? そのひょうに、散らばってしまったようだな」


 消えてしまいたい。

 私がもうどうにでもなれとばちでいると、オスカー様は部屋を見回してから言った。


「片づけを手伝おう。これでは、休めないだろう」

「え?」

「よし。ではメリル嬢は、私に見られたくないものはふくろに入れて向こうの部屋へ持っていってくれ。私は適当にそうを始めてもいいか?」

「えっと……はい」


 を言わさぬその言葉に、私はうなずく。

 突然始まった大掃除に、私は内心オロオロしながら、手を動かし始めたのである。

 不器用な私と比べてオスカー様の手に迷いはなく、どんどん掃除が進む。

 自分の部屋を男性に片づけられるということに衝撃を受けている間にすべてが終わり、オスカー様はごみを、王城内にあるごみ集積場まで運んでくれた。

 私が綺麗になった部屋に立ち尽くしていると、ごみを捨てにいったオスカー様は、あさぶくろに食材を入れて帰ってきた。


「え? え? あの、どうしたのです?」

「ちょうど夕食の頃だろうと思って、王城のちゅうぼうから色々もらってきたのだ」

「え?」


 私は一瞬で青ざめる。

 高級な食材があっても、私に料理は出来ない。

 わたわたしていると、オスカー様は荷物を片づいた机の上に置いて言った。


「サンドイッチでも作ろうか。キッチンを借りてもいいか?」

「へ? あ、はい」

「いい肉ももらってきたんだ」


 そう言って机の上に出されたお肉を見て、私は目を輝かせた。


「わぁぁぁ」

ごうせいにいこうか。メリル嬢は座っていてくれ。今日は私が君に作らせてほしい」

「え? で、でもお怪我は?」

「このくらい大丈夫だ。世話になったお礼もしたかったんだ。今日はちょうどよかった」

「世話?」

「あ、これは先ほど地下で助けられた礼ではないぞ。命を助けてもらったのだ。今日の礼はまた改めてする」

「え?」


 オスカー様はそう言うと腕まくりするやぎわよくパンを切り、バターをって、野菜をのせ、焼いて味付けした肉をはさんだ。

 その他にもゆで卵やハムのサンドイッチを完成させていく。

 私も手伝いたかったけれど、むしろじゃしてしまう気がして、飲み物を用意すると大人しく待った。

 ふと窓の外へと視線を向けると、太陽がしずみ、うすやみの中、雲が流れていくのが見えて、私はほっと息をつく。

 なんだか久しぶりにゆっくりしている。あんな事件があったことが噓のようだ。


「さあ、出来た。食べようか」

「わぁぁぁ。美味おいしそうです!」


 私達は椅子に座り、サンドイッチを手に取りかぶりついた。

 オスカー様も私も、選んだのはまず肉厚なサンドイッチである。

 にくじゅうがしたたり落ちて多少ぎょうは悪いけれど、かまっていられない。


「おいひいでふぅ~」

「あぁ。うまい」


 お肉最高である。こんなにいいお肉にはなかなかありつくことが出来ない。

 それをサンドイッチで、かぶりつきだなんて、なんというふくだろうか。


「ひあわへですぅぅぅ」


 ほっぺたが落ちそうである。口の中にたくさんほおって食べることが出来て幸せ。

 メイフィールド家にいた頃にはごうな|料理を出されたこともあったけれど、砂を噛むようでいつも味がしなかった。

 けれど、オスカー様と一緒に食べていると、お腹も心もなんだかほんわかしてくる。

 満たされるというのはこういうことなのだろうか。

 私とオスカー様は静かな部屋で、お互いに美味しいねと笑い合いサンドイッチを食べた。

 お腹いっぱいになった私は、片づけは自分がするのでと言って、洗い物をオスカー様がいる間に終わらせてしまう。

 オスカー様が帰ったあとだと、やらない気がしたから。

 そして食後の紅茶を楽しんだ。

 実家からもらった紅茶があってよかったと、内心ほっとしたのはここだけの話である。

 なんだか一気に家族みたいな雰囲気になったなぁと私は思った。そして家族という言葉に、小さくため息を漏らしそうになる。

 家族とうまくいかない私が、家族みたいとは? と、ちょう気味に笑ってしまう。

 それと同時に、遅い時間に男性が部屋にいても、オスカー様ならドキドキは確かにするけれど、自分が恋愛対象外なのはもはや当たり前すぎるから、残念だけど安心する。

 私達はその後もなんだかんだと楽しく会話を続けていた。

 そして、今日の事件についても私とオスカー様は考察を始めたのである。


「あの魔法陣は、かなり古いものでした」

「古いものか……だが、何故発動した? 魔力を誰かが流したわけでもないぞ」

「はい。それにあの魔法陣は正しい発動の仕方はしていないと思います。魔法陣の描き方にいびつな箇所があり、おそらく失敗作なのではと。ですが、それでも発動した」

「何故? 魔力を流さずに使う方法があるというのか?」


 私は丸眼鏡をかちゃかちゃといじりながら、少し考える。

 それから魔法陣射影綴りを取り出すと、今日転写しておいた魔法陣を見つめる。

 かなり古い魔法陣であることは確かだ。

 そして歪な配置をもたらしているへびの文様。失敗の起因はこれとして、別の場所で見たことがある気がする。どこだっただろうと思い出そうとしても、仕事がらみというところまでで、それ以上は分からない。

 私はかんちがいだろうかと小首をかしげてから言った。


「この魔法陣、もしかしたら失敗作の転用なのかもしれません。つまり、失敗作だけれど、爆発するという性質を発見し、それを発展させた。実験をしてみなければ確証は得られませんが、なんらかの発動条件を満たせばばくする魔法陣ではないでしょうか」

「それは、やっかいだな」

「はい。本当に厄介です。つうの魔法陣であれば、魔力がなければ発動しませんから」

「魔力がある人間も少ないからな。まあ、私は多少有しているが」

「そうなのですか?」

「ああ。王家の血筋は案外多いのだ。兄上も魔力を持っている」

「そうなのですね」


 答えながら、流れでどうして私に魔力があるのか聞かれるのかなと、身構えていた。

 だけれども、オスカー様は何故かそわそわし始める。


「えっと、す、すまない。そろそろ、その、帰ろうと思う」

「え?」


 突然のことに私は少し驚くけれど、確かにすでに夜もけてきたし、オスカー様も忙しい人だからとうなずく。


「引きとめてしまってすみません。あの、サンドイッチすごくおいしかったです。それに片づけも、ありがとうございました」

「あ、いや、いいんだ。私も……う……」

「オスカー様!?」


 うめき声をあげたオスカー様は胸を押さえながら床に膝をついた。

 駆け寄ると、かなり冷や汗をかいている。


「オスカー様、とりあえず横になりましょう。人を呼びます!」

「あ……いや……原因は分かっているから、だい……じょうぶだ」


 そうはいってもかなり苦しそうである。絶対に横になったほうがいい。

 私はオスカー様にこんがんした。


「お願いです。ベッドで休んでください。すぐにお医者様を連れてきますから」

「だい、じょうぶだ」


 オスカー様は立ち上がるとふらふらとした足取りで外へと出ようとする。

 私は絶対にたおれてしまうと思い、泣きそうになりながら止めた。


「お願いです! 寝てください!」

「す、すまない……急用があるのだ」

「で、ですが」


 オスカー様は苦しげな表情でドアに向かっていく。せめて私は王城の本館まで送り届けようと思った。


「分かりました! ではついていきます」

「必要ない、すまない」


 オスカー様はいきなりだっのごとくしゅんびんに、慌てた様子でドアから出ていってしまったのであった。

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