ドジな私の忘れもの

烏川 ハル

それを忘れるなんてとんでもない!

   

 一世一代の大仕事を終わらせて、まだ興奮冷めやらぬまま、六畳一間のアパートへ帰ってきた。

 まずは着ているものを全て洗濯しようと思って、ポケットから財布と鍵を取り出したり、ベルトも引き抜いたりしながらスボンを脱ぐ。続いてワイシャツのボタンを外し、胸ポケットに手をやったところで、サーッと血の気が引いた。

 そこに入っているはずのスマホがなかったのだ。


 スマホのメモアプリには、今日の大仕事の詳細な計画がしるしてある。頭の中で何度もシミュレーション済みだったが、それでも念には念を入れて、先ほどの現場で何度も計画書のメモを確認したくらいだ。

 つまり、その時点ではまだ確かにスマホを持っていたということ。

「まさか……。あの現場に忘れてきたのか?」

 恐ろしい可能性が独り言となって、私の口から飛び出した瞬間。

 部屋のインターホンが鳴った。


 すっかり動揺した頭でドアを開けると、立っていたのはスーツ姿の二人組。

 私服の刑事だった。


 まだ遺失届も提出していないのに、警察がスマホを持ってきたのだ。ただし、私に返すためではなかった。

「これ、あなたのスマホですよね?」

 そう言いながら、ビニール袋に入れたスマホを見せつける。

 私が返事する前に、もう一人も口を開いた。

「あなたの叔父が本日、屋敷の地下にある金庫室で殺されましてね。金庫室なのでもちろん窓はないし、施錠されていた扉は、特製の鍵でしかけられない。その鍵は一つしか存在せず、しかも死体の右手に握られていました。推理小説ならば密室殺人とか不可能犯罪とか呼ばれる状況です。しかし……」

 同僚が手にするスマホをちらりと見てから、彼は言葉を続ける。

「……現場に残されていた、あなたのスマホ。おかげで謎は解けました。ちょうどこの事件に当てはまる密室トリックが、メモに書いてありましたから」




(「ドジなさつじんはんにんの忘れもの」完)

   

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ドジな私の忘れもの 烏川 ハル @haru_karasugawa

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