続々・混沌の履歴書〜就活に協力した居酒屋夫婦の話〜
変形P
あっぷるちゃんの履歴書
その日も居酒屋の開店準備をしているところにたっくんが女の子を連れて来た。ちなみに今日も嫁は外出中だ。
「おっちゃん、この間はサンキュー。金さんも無事に就職できたみたい」
「そうか、良かったな。ここへ飲みに来るよう言っとけよ」
「わかってるって。ただ、面接の時に『こんなに給料は払えんぞ』と言われたってさ」
「ほお?たっくんと同じ年収を希望額として書いたんだがな。まあ、会社によって高給なところとそうでないところがあるからしかたないか」
そう言って俺はたっくんが連れて来た女の子を見た。金髪で髪が長くフワフワと横に広がっている。化粧は派手目で、ラメの入ったピンクの口紅とアイシャドウを塗っている。頬には星形のマークが描いてあった。・・・それともシールか?
最近暖かくなって来たせいか、ふわっとした半袖の服装だが、二の腕に花柄の
「この子はたっくんの彼女か?」
「まだ彼女じゃないよ。最近知り合ったばかり」とたっくんが言うと、
「『まだ』って期待してるん?」とその子が言ってたっくんのお腹に肘鉄を食らわした。お腹を抱えて涙目になるたっくん。
「と、とにかく彼女もバイトしたくてさ、面接を受けることになってるんだけど、そこでも履歴書を出せって言われてるんだ」
そう言ってたっくんは女の子の方を向いた。
「このおっちゃんに履歴書を書いてもらうと、100パーセント就職できるんだぜ」
「まだ二人しか書いてないけどな」
「今度はあっぷるちゃんの履歴書も書いてくれよ、おっちゃん」とたっくんが言ったので、俺は聞き返した。
「あっぷるちゃん?それがその子の名前か?」
「あっぷるはニックネーム。ほんとの名前は
「リンゴだからあっぷるか、なるほどな」と俺は言った。あっぷるは人名としてはぶっ飛んでいるが、リンゴも珍しいなと思った。しかし、椎名林檎という歌手もいたはずだし、ハイヒールリンゴという芸人もいる。リンゴはそれほど突拍子もない名前ではないのだろう。
ポケットからくしゃくしゃの封筒を出し、中の履歴書用紙を俺に差し出すたっくん。
「とりあえず書いてくれよ」
「ああ、かまわんが。・・・ボールペン、ボールペンはどこだ?」
「あ、あたし持ってる」とあっぷるちゃんは言って、持っていた小さなバッグからキラキラした模様入りのボールペンを出した。
「じゃあ、このペンを借りるぞ」と言ったところでたっくんが、
「じゃあ、後はよろしく」と言って店を出て行った。
おいおい、と思ったが、あっぷるちゃんが俺を凝視しているので、仕方なくボールペンを手に取った。
「名前の日立は普通の日立か?リンゴはカタカナか?」
「日立はあの日立と同じ」とあっぷるちゃん。あの日立とは「この木なんの木」の日立か?
改めてあっぷるちゃんを見ると、やはり派手さが目につく。「日立じゃなくて目立ちだな」と冗談を考えていると、
「リンゴは難しい漢字のリンゴ。あたしは書けない」とあっぷるちゃんが言った。
自分の名前を書けないのか?と思ったが、確かにリンゴの漢字はすぐに思い出せない。
リンゴのリンは輪だったかな?確かに画数が多くて難しい。リンゴのゴは?・・・五でいいか?合わせて『輪五』か。そういえば来年東京オリンピックがあるな。タイムリーな名前だ。
そう考えながら俺は氏名欄に「目立五輪」、ふりがな欄に「ひたちあっぷる」と書いた。ボールペンのインクの色はショッキングピンクだった。・・・まあ、いいか。
「そうだ。今日の日付を書いておかなくては」と思って「平成31年」と書こうとしたが、今月から元号が変わっていた。確か「令和」だったな?まだ慣れないが、「昭和」に似た字だ。
俺はそう思いながら「昭和元年5月15日」と今日の日付を書いた。
「生年月日は?」
「へーせーりんご年いーりんごの日」とあっぷるちゃんが答えて俺は目を丸くした。
「そんな生年月日があるか?」
「あるよ。りんご年は
「ああ、なるほど。0をリンと読むのか。リンは輪だから0になるな」
・・・「へーせー」と聞いた気がするが、平成05年とは普通言わないから、2005年の間違いだろう。となると、平成・・・17年生まれか。
「いーりんごの日は10月5日」
「なるほど、
生年月日欄に「平成17年10月5日」と書く。
「で、何歳になるかな?今年は令和元年、つまり平成31年だから14歳か?誕生日がまだだから13歳と書いておこう。・・・しかし思ったより若いな。20代だと思ってたが、バイトだから問題ないか。・・・次は性別だが、当然女なんだな?」
「うん。ギャルだよ」とあっぷるちゃんが言ったので、性別欄に「ギャル」と書いた。
「住所は?」
「教えない。ストーカーとか怖いもん」
「いやいや、履歴書には住所を書かなきゃ」
「じゃあ、りんご
「りんご
「いいよん」と軽く答えるあっぷるちゃん。どうにも調子が狂う。
住所を書いてみたが、さすがに
「次に電話番号とメアドを教えてくれ。・・・メアドは『appuru-puru-rin5@・・・』か」
次は学歴と職歴だが、13歳なら中学生か。
「あっぷるちゃんはどこの中学なんだ?」
「あたしの中学は弘前市立りんご中学」
「弘前?・・・確か青森県だな?」ひょっとして家出中かと思ったが、面倒なことには首を突っ込まない方がいいだろう。
俺は学歴欄に「弘前市立りんご中学校卒」と書いておいた。まだ卒業する年ではないが、アルバイトするにも高校生ぐらいの年齢でないとまずいだろう。
卒業した年は今年、平成31年3月にしておこう。
「職歴は・・・まだないだろうが、どこかでバイトしてたことはあるか?」
「去年までメイド喫茶でメイドしてた」とあっぷるちゃん。
中学生でメイド喫茶なんて大丈夫だったのか?と思ったが、履歴書にはあまり不利になるようなことを書かない方がいいだろう。
「あっぷるちゃんのような可愛い子なら、うちでも雇いたいくらいだぞ。そのメイド喫茶の店名は?」
「アキバのピンクアップルって店」
ピンク?風俗店じゃないだろうな?と思いながら「ピンク喫茶「メイドアップル」(接客業)」と書く。メイドとピンクを書き間違えてますます風俗店みたいになったが、中学生が風俗店に勤められるわけもないので、面接相手にそうじゃないと理解してもらえるだろう。
「次は免許と資格だ。何か免許か資格は持ってるか?」
「そろばん10級」とあっぷるちゃんが言ったので俺は驚いた。
「10級か。そいつはすごいな。10級の上は初段か?」
「さあ・・・。小学校でやめたからよくわからない」
「とにかくそろばんができるってことは計算ができるってことだな。普通の会社の事務のバイトもできるかもな」と俺が言ったら、あっぷるちゃんは照れて笑った。
ちょっとかわいい。俺も顔がにやけてしまう。
その時居酒屋の入口の戸が開いて嫁が入って来た。机にあっぷるちゃんと向かい合わせに座っている俺たちを見て、嫁が目を吊り上げた。
「あんた、何だい、その女は!?二人っきりでいちゃいちゃして、いやらっしいたらないよ!」
「バ、バカ、誤解するな」
「何が誤解だよ!」と怒鳴る嫁。俺と嫁のやり取りを聞いているあっぷるちゃんはぽかんとした顔をしていた。
「この子はたっくんに紹介されて・・・」
「あの子は女の手配までしているのかい!?」
「違う、違う。また、履歴書を書くのを頼まれたんだ」
その時ようやく俺の前に書きかけの履歴書が置いてあるのに嫁が気づいた。
「何だ、それならそうと言っとくれよ」
「だから今言ったじゃないか」
俺の横に座る嫁。「ところでこの子はどこに就職しようとしてるんだい?スナックかい?」と偏見のある嫁。
「そういえば聞いてなかったな。どこのバイトに応募したいんだ?」
「あっこの弁当屋さんの受付」
「それはいいところじゃないか。計算ができると代金の受け取りもスムーズだろうな。・・・そろばんの段位は何年生の時に取ったんだ?」
「確か小2」
「早いな。けっこう頭がいいんだな」と俺が言うとあっぷるちゃんがにやけた。嫁の目がきつくなる。
「小2なら7歳ぐらいか?約6年前だから、平成・・・25年頃か」と考えて免許・資格欄に「平成25年、そろばん初段」と書いておいた。・・・段だったか級だったか、嫁との騒動で忘れたが、多分あまり違いはないだろう。
「さて、次は志望動機か。あっぷるちゃんは何で弁当屋に勤めたいんだ?」
「あっぷるちゃん?」と嫁が口をはさんだ。
「あ、ああ。この子は名前をリンゴと言うんだが、あだ名があっぷるちゃんだそうで、そう呼んでるんだ」
「何があっぷるちゃんだよ!この子があっぷるちゃんなら、私はピチピチピーチ姫じゃないか!」
「あ、ああ、そうだな・・・」異議を唱えたいが、後が怖いので否定するのはやめておこう。
「とにかく志望動機だ」
「ん〜とね、楽そう」
「楽じゃないだろ。昼飯どきだと客が殺到するぞ」
「忙しいのは弁当作る人。あたしは受け渡しだけ」
「そんな考えでやっていけるかなあ?・・・とにかく、文章を考えよう。私はメイド・・・ピンク喫茶で接客業をしてました。お客さんに料理を差し出すと喜んでもらえ、やりがいを感じる仕事でした。・・・何で前のピンク喫茶は辞めたんだ?」
「そこで出してたオムライスにケチャップで字を書こうとして、客にぶちまけたから」
「恐ろしいな。クリーニング代やら何やら店が払わなければならなくなったのか。でも1回ぐらい多めに見てもいいもんだが」
「5回ぐらいした」とあっぷるちゃん。この子をうちの居酒屋で雇うのは無理だ。
「・・・ところがお客さんにストーカーされ、やむなくそのお店を辞めました。しかしその時のやりがいが忘れられず、御社・・・じゃないな、楽そうな貴店で働きたいと思いますっと。これなら住所をはっきり書かなかった理由にもなるな。どうだ?」
「いい〜」と言って拍手するあっぷるちゃん。
その時たっくんが横文字を使ってくれと言ってたのを思い出した。接客や料理を出すことはサービスと言うな?仕事はビジネス。店を辞める・・・エスケープか?やりがいはエクスタシーだな。あるいは昔、薬師丸ひろ子が主演していた映画『セーラー服の聞かん坊』で言っていた「カ・イ・カ・ン」かな?「楽そうな」はさすがにまずいから、「快楽そうな」に変えておこう。そして最後はラブコールで締めくくる。・・・そう考えて俺は次のように書き直した。
「私はピンク喫茶でサービスしてました。お客さんにサービスするとエンジョイしてもらえ、エクスタシーを感じるビジネスでした。ところがお客さんにストーカーされ、やむなくエスケープしました。しかしそのカ・イ・カ・ンが忘れられず、快楽そうな貴店でビジネスしたいとラブコールします」
「次は趣味・特技だな。これは既に書いた『そろばん初段』でいいだろう。いや、同じ言葉は芸がないから、『玉はじき初段』にしておこう。ほかに趣味か特技はあるか?」
「んーとね、よく友だちの肩や足をもみもみするけど、上手だってほめられるよ」
俺はあっぷるちゃんの手を見た。爪が長く、ごてごてと塗りまくっている。あんな手でもまれたら、爪が刺さって血だらけになるだろう。
俺はとりあえず趣味・特技欄に「マッサージも喜ばれます」と追記しておいた。
「最後は希望欄だな。時給とか要望はあるか?」
「時給は高いほどいいけど、お任せする。でも、仕事が長引いたら割り増ししてほしい」と答えるあっぷるちゃん。
「わかった。ついでに夜に飲み会でもするようなら、うちを紹介してくれよ。そのことも書いておくぞ」と俺は言って、
「時給は相場で。ただし延長の場合は追加料金をいただきます。夜の接待はお任せください。いい店を知ってます」と書いた。
「できたぞ」と言ってあっぷるちゃんに履歴書を見せる。本人はこれで良さそうだったが、後から嫁がのぞいて、
「ちょっといやらしいんじゃないかい?」と難癖をつけてきた。
「ピンクの字だからそう見えるだけだ」と言って履歴書を折り、封筒に入れてあっぷるちゃんに渡す。
あっぷるちゃんは「ありがと」と言って俺のほっぺにちゅっとしてくれた。
「じゃあね」と言って店を出るあっぷるちゃん。俺は鼻の下を伸ばしながら笑顔で見送ったが、その時、背後から大量の瘴気がわき上がって来るのに気がついた。
俺は恐ろしくて、後を振り返ることができなかった。
~~~完成した履歴書~~~
履 歴 書 昭和元年5月15日現在
◆
◆生年月日 平成17年10月5日生(満13歳) 性別 ギャル
◆
◆学 歴
平成31年3月 弘前市立りんご中学校卒
◆職 歴
平成30年 ピンク喫茶「メイドアップル」(接客業)
現在に至る
◆資格・免許 そろばん初段。
◆志望の動機
私はピンク喫茶でサービスしてました。お客さんにサービスするとエンジョイしてもらえ、エクスタシーを感じるビジネスでした。ところがお客さんにストーカーされ、やむなくエスケープしました。しかしそのカ・イ・カ・ンが忘れられず、快楽そうな貴店でビジネスしたいとラブコールします。
◆趣味・特技など
玉はじき初段。マッサージも喜ばれます。
◆本人希望記入欄(特に給料・職種・勤務時間・勤務地・その他についての希望などがあれば記入)
時給は相場で。ただし延長の場合は追加料金をいただきます。夜の接待はお任せください。いい店を知ってます。
続々・混沌の履歴書〜就活に協力した居酒屋夫婦の話〜 変形P @henkei-p
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