続・混沌の履歴書〜就活に協力した居酒屋夫婦の話〜

変形P

金さんの履歴書

たっくんが無事就職し、就職祝いを開いた1か月後に、久しぶりにたっくんが友だちをひとり連れて居酒屋を訪れた。


例によって開店前で、嫁は買い物に出かけている。


「おっちゃん、久しぶり〜」


「ほんとに久しぶりだな。ほかの居酒屋に浮気してただろう?」


「そんなんじゃないよ。毎晩でもここに来たかったけど、金がなくってね」


「就職したのに金欠かい?」


「スーツだのネクタイだの揃えたら金がなくなったのに、月末まで給料が出ないって言われてさ、まいっちゃったよ」


「まあ、就職した初日に給料は出さないわな。・・・それで給料は出たのかい?」


「うん、ようやくね。そこで改めておっちゃんたちにお礼を言いに来たんだよ」


「気を遣わなくていいんだぜ。今はどんな仕事をしてるんだい?」


「外回りの営業だよ。先輩について行って、先輩の後で頭を下げまくる毎日さ」


「客に対しては低姿勢にならなきゃいけないからな、その調子でがんばんな」


「ところで今日はまたお願いがあって」


「お礼に来たと言った舌の根が乾かないうちにお願いか?まあいいけど、今度は何だ?」


「ここにいるダチの金さんが俺を真似して就職したがっててさ、また履歴書を書いてほしいんだ」


「それはいいけど、金さんってのは本名か?」


「『遠山の金さん』って時代劇を知ってるだろ?こいつの名前が遠山の金さんとまったく同じだから、みんな金さんって呼んでるんだ」


「なるほど」と言って俺は金さんを見た。背が高く痩せぎすだが、髪を女のように肩まで伸ばしている。


ボールペンを手に取って受け取った履歴書の氏名欄に「遠山金三とおやまのきんさん」と書く。今日のボールペンは青色だった。赤色よりは目に優しい。


「性別は男か?」


「もちろん。・・・最近まで女と一緒に暮らしてたんだけど、働かないから追い出されたんだよ」とたっくんが横から説明した。


「女と暮らしてた?いわゆる同棲ってやつか?」


「実際はただのヒモだけどね」とたっくんが言い、


「言い方、言い方」と金さんが文句を言う。どうやら言葉数が少ないようだ。


性別欄には今聞いた「女のヒモ」と書いておく。


「生年月日は?」前にたっくんの履歴書を書いた時は、生年月日を言う前にいなくなったから、嫁と一緒に頭をひねらなくてはならなかった。直接教えてもらわなくては。


「1999年5月35日」と答える金さん。


「5月35日ね。・・・おい、5月は35日もないだろ!」と俺は言い返した。


「そうだっけ?」と頭をひねる金さん。


「子どもの頃『5月35日』って題名の絵本を読んで、自分の誕生日は5月35日だと思い込んだ。今さら正しい月日を思い出せない」


「しょうがないな。まあ、生年月日なんて人事の連中もちゃんとは見ないだろう。・・・1999年は平成何年だ?」と言ってたっくんと金さんの顔を見たが、二人とも即答できないようだった。


「今年が平成31年で・・・西暦は2021年だったか?その22年前だから。平成9年でいいか」俺は間違えないよう電卓を使って計算した。


「年齢は22歳か?いや、まだ4月だから21歳だな」俺の独り言を黙って聞いているたっくんと金さん。


「次は住所だな。女に追い出されて、今はどこに住んでるんだ?」


「とりあえず俺と一緒にいるよ」とたっくん。たっくんは確か住所不定だったから、金さんも同じってことか。


「次は電話番号とメアドだ。このチラシの裏に書いてくれ」


メアドは「kin-san-0535@・・・」だった。


「次は学歴だな。最後に卒業した学校の名前を教えてくれ」


「とうだい・・・」と金さん。


「はあっ、東大!?ほんとうか?」


「東台高校」と言い直す金さん。


「高校の名前が『とうだい』か?紛らわしいな」


「そういう地名だから、しょうがない」


「で、漢字はどう書くんだ?普通の『ひがし』の『だい』か?」


「そう。『ひがし』の『だい』」


俺は学歴欄に「東大」とまで書いて、「卒業した年は?」と金さんに聞いた。


「はっきり覚えてない」と金さんが言ったので、18歳になった年の翌年だろうと思って、生まれた年の平成9年の9に19を電卓で足して、平成28年と書いた。


卒業した年を計算するのに気をとられて、「卒業」の「卒」を学歴欄に書いていなかったので、「東大」の横に「卒」と書いておくのを忘れない。


「次は職歴だな?ヒモをしてたってことは、これまで無職だったのか?」


「少し前までファミレスでバイトしてた」


「接客か?それとも厨房か?」


「厨房内。食材を運び込んだり、ゴミを外に出したり、洗い物や掃除をする雑用係」


「雑用も大事な仕事だぞ。この店じゃ、俺がほとんどやっているけどな」と俺は言って店の入口を見た。嫁に聞かれたら文句を言われるからだが、まだ帰っていない。


「だけど転んだ時にゴミをまな板の上にぶちまけて首になった」


「おいおい、飲食業は衛生に気を遣っているから、そんなことをしたら追い出されるに決まっているじゃないか。・・・その後は無職か?」


うなずく金さん。


「雑用係じゃ外聞が悪いな。料理長の下で厨房の隅々を管理するという意味で、副料理長と書いておくか。・・・次は免許・資格だが、何か資格を持ってるか?」


「特に。・・・そういえばファミレスでは、『食材やゴミ運びだけはいっちょまえだな』って言われてたのに、それを失敗して・・・」


「みなまで言うな」と俺は言い、資格欄に「荷物運び1級」と書いておいた。


「それはいつのことだ?」


「彼女とは高校卒業の翌年のハロウィンで知り合って、酔っぱらって彼女の部屋に入り込んだ。ファミレスで働いていたのもその頃」


「平成29年10月頃か」と俺は納得して日付も書いた。


「後は志望の動機か。・・・そういえば聞いてなかったな。どこの会社に就職したいんだ?」


「普通の会社の就職試験には間に合わなかったから、倉庫会社への勤務を考えてる」


「荷物を運んだりするところか?資格がぴったりだな。ついでにヒモをしてたから、『梱包』も書いておこう。こっちは女に追い出されたから2級だな」と俺は言った。


「志望の動機はこんなんでどうだ?・・・ファミレスでは食材等の運搬に秀で、また、ヒモを使う梱包作業の経験も豊富です。倉庫での資材管理は自分の天職と思われ、現職を辞めて御社に転職することを志望します」


「なかなかいいけど、俺の履歴書みたいにカタカナを多く入れた方がいいんじゃないか?俺の面接の時、人事の担当者が『よくこんな文章を書いて出せたね?』と感心してたから」とたっくんが言った。


「そうか。じゃあ、少し直すか。『食材』、『運搬』、「秀でる」、『ヒモ』、『梱包』、『資材管理』、『天職』、『転職』などのうちどれをどう横文字にしたらいいかな?」


「ヒモで縛ったような服をボンデージファッションと言うよ」とたっくん。


「転職はジョブチェンジ。ゲームでよく耳にする」と金さん。


「秀でるって上達すること?レベルアップかな?」とたっくん。


「天職はライフワークかも」と金さん。


「豊富はリッチ?リッチマン?」とたっくん。


「運搬はキャリーオーバー、志望はウィッシュ」と金さんが言って両手を交叉した。


「これでどうだ?・・・ファミレスでは食材等のキャリーオーバーにレベルアップし、また、ヒモを使うボンデージ作業の経験もリッチマンです。倉庫での資材管理は自分のライフワークと思われ、現職を辞めて御社にジョブチェンジすることをウィッシュします」


「なかなかいいんじゃない?」とたっくんが俺の書いた文章をほめた。


「次は趣味と特技だな」


「ヒモをしてたからボンデージでいいんじゃないか?」とたっくん。


「ボンデージってヒモのことか?」


「同じような意味だよ。1年以上続いたから、経験豊富と言えるね。それに金さん、インスタをやってたじゃない」


「スマホで見るだけ」


「それも趣味としていいんじゃないか?」


インスタ?インスマ?金スマ?金妻?・・・妻じゃないか。金スマってテレビ番組があったな。あれのことか。趣味・特技欄には「ボンデージ経験豊富、金スマ鑑賞」と書いておこう。


「後は就職の希望だな。何か希望があるか?年収とか、職種とか」


「給料はたっくんと同じくらいでいいよ」と金さん。


たっくんは確か年収980万円希望と書いておいたな。なら、同じように書いておくか、と俺は思って前と同じように数字で「980000」と書き、最後に「万円」をつけ加えた。


「遠山の金さんと言えば、お奉行さんだったな。鍋奉行とかどうだい?」と口をはさむたっくん。


「鍋奉行?たっくんの宴会部長と同じ、5時以降の仕事じゃないか」と俺はツッコんだが、この居酒屋でも冬場は鍋を出す。「鍋料理のあるいい居酒屋を知っています」とつけ加えておこう。


「さっき書いた運搬作業でいいよ」と金さん。なら、さっき聞いた横文字を使って、「キャリーオーバー希望」と書いておくか。


「よし、できたぞ」と言って俺は書き上げた履歴書を二人に見せた。


二人はろくに読まずにうなずき、「いいんじゃない?」とたっくんが締めくくった。


「後、写真を貼らないといけないが、金さん、写真は持って来てるのかい?」


「まだ取ってない。というか、髪を切らないといけないかも」


「そうだな。ちゃんとした社会人なら、髪は短い方がいいぞ」


「とりあえず俺がスマホで撮って、加工してやるよ」と言ってスマホを取り出すたっくん。


「髪の量も変えられるのか?」と俺が聞いたら、


「簡単だよ。最近はおっさんを美女に変えることも簡単なんだぜ」


「そんなに便利な世の中になったのか」と俺が感心していると、その間に撮影し終えたたっくんがアプリとやらを使って何やら操作をしていた。


「できたぜ、おっちゃん」と言って俺にスマホの画面を見せるたっくん。そこにはハゲ頭の白人男性としか思えない顔が映っていた。


「おいおい、髪の毛を短くするどころか、完全になくしてるじゃないか。これをどうするんだ?まさか金さんの髪を全部剃るつもりじゃないだろうな?」


金さんもスマホ画面を見たが、特に何も言わなかった。それでいいのか?


「髪は写真を撮ってから面接を受けるまでに伸びたと言い張ればいいさ。さあ、金さん、これから写真屋で印刷して来よう」


そう言ってたっくんは金さんを連れ出し、俺の居酒屋を出て行った。


「うまく就職できることを祈ってるぞ。そして就職したらうちの店に通ってくれよ」と俺は叫んだが、金さんの耳に入ったかどうかわからなかった。


~~~完成した履歴書~~~

履 歴 書   平成31年4月30日現在


氏  名ふりがな 遠山 金三とおやまのきんさん

◆生年月日 平成9年5月35日生(満21歳) 性別 女のヒモ

現 住 所ふりがな 住所不定じゅうしょふてい TEL 080-****-**** メール kin-san-0535@***.ne.jp

◆学 歴

 平成28年3月 東大卒

◆職 歴

 平成29年10月 ファミレス勤務(副料理長)

          現在に至る

◆資格・免許 荷物運び1級、梱包2級

◆志望の動機

 ファミレスでは食材等の運搬にレベルアップし、また、ヒモを使うボンデージ作業の経験もリッチマンです。倉庫での資材管理は自分のライフワークと思われ、現職を辞めて御社にジョブチェンジすることをウィッシュします。

◆趣味・特技など

 ボンデージ経験豊富、金スマ鑑賞。

◆本人希望記入欄(特に給料・職種・勤務時間・勤務地・その他についての希望などがあれば記入)

 年収980000万円希望。キャリーオーバー希望。5時以降は鍋奉行をお任せください。鍋料理のあるいい居酒屋を知っています。

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