第9話 古(いにしえ)のステマが文化になるまで100年はかかる(終)
「ただいまー。」
皆と別れた駅前からバスで二十分ほど。土地だけは広い古めの家屋の引き戸をガラガラと開ける。じいちゃんの若い時に建てたと言っていたから、築六十年ほどか。周囲を分譲の戸建てに囲まれているだけに、石垣に手書きの表札、瓦屋根(かわらやね)と、随分浮いて見える。
家の中はそれなりに近代化しているので、不便を感じることは無いが、この引き戸のガタツキだけは毎度気になるところだった。
「ガロか、丁度良い。お前も来なさい。」
普通の家庭であれば、戸を開けて目の前にこんな姿の人物がいれば悲鳴を上げることだろう。男は漆黒のつるりとした表情のない仮面に、黒のひとえ着物。黒のマフラーを首に掛けている。撫でつけられた白髪だけがより目立つ。もっとも、その顔に付けた異世界アイテムである「無貌(むぼう)の仮面」が持つ効果「認識阻害」によって、渋谷のスクランブル交差点を歩いても誰にも気に留められないのだが。
「じいちゃん、オレ学校から帰ってきたばかりなんだけど。」
「そんなにはかからん。」
こうなっては頑固じいさんが折れることは無い。諦めて行ってしまったほうが早いだろう。買い物だけ預けてくると言い残し、鞄を自分の部屋に置くと、母さんに買ってきた総菜と豆腐を渡しながら軽く愚痴を吐く。
「じいちゃんが手伝えって」
「あなたが帰るのを待っていたのよ。玄関で」
「マジかぁ……。」
「晩御飯用意してくるから、一時間で帰ってきなさい。」
「制限時間付きかぁ……。」
制服の上に使い込まれたレザーのロングコートを着込み、紫色の魔石が嵌め込まれたベルトで纏める。同じ紫色の魔石が嵌められたグローブを両手に装着する。そして、じいちゃんと同じ黒の仮面を被ると、吸いつくような装着感と共に、周囲の光景が浮かび上がってくる。視界は良好、布マスクをする程度に息苦しいのだけが気になる。
「世直しマン三世、出撃準備完了。」
「馬鹿は食卓までとっておけ、ほれ、ついて来い。」
有名なヒーローの変身ポーズで登場してみたが、あまりお気に召さなかったようだ。今日の学校で先生が話していた通り、世界がヒーローを求めても、政府はヒーローを求めない。ゆえに、異能を持った者の行動は過剰な暴力であり、それを誇示する存在は全て「ヴィラン」である。
「げっ、じいちゃん早すぎない?」
「おや? 世直しマンはこの程度で限界か? 遅すぎると影をつかまれるぞ。」
道路を車を追い越しながら走り、信号を飛び越え、マンションの屋上を足場に建物を飛び移る。クラクションの一つも慣らされないのは、仮面の能力のおかげである。これ無しでは今頃、パトカーのサイレンに追われていることだろう。
あえて近づくたびに会話をするのは、声として認識できる加速度に揃える意味がある。現在、超加速の能力を十倍まで上げている。これが合わないと、声が遅く聞こえたり、異常に早口に聞こえたり、会話が上手くいかない。逆に周囲の音はくぐもって不明瞭になり、誰が何を話しているのか認識は難しい。
十倍速で動くのだから、何をするにも働く体への負担は骨折では済まないところだが、オレのベルトと両手に仕込まれた魔石のおかげで無理ができている。じいちゃんが異世界エルドラドで使っていた「身体強化」の魔石らしい。エルドラドでしか十全に発揮されない身体強化のスキルを補って、同等程度の動きができるようになる。
湾岸沿いの道路から県境に向かい、コンテナを積んだトラクターや大型のトラックしか走らないような産業道路を走り続ける。
車も人通りもなくなり、うすぼんやりした最低限の明かりしかない道を抜けると、ようやくじいちゃんの足が止まった。オレはバレないように息を整えながら、到着した場所を見回す。
薄暗がりの中に建つ廃工場が、通りかかる車のライトに照らされている。
じいちゃんが廃工場の二階に繋がる非常階段を指さす。ここからは会話無しという事だろう。錆びてペンキの浮き上がった非常階段を、音を鳴らさないように進み、2階に上がる。割れた窓の隙間から中を覗く。
入り口のシャッターを塞ぐように三台の車とバイクが二台置かれている。照明は車のヘッドライトだけ。中には六人。全員男性。じいちゃんにハンドサインを送る。
オレ、三。じいちゃん、三。
じいちゃんが首を振るって、ハンドサインを返す。
ワシ、五。お前、一。
再度首を振って修正しようとするも、既に視線の先にはじいちゃんがいなかった。
出遅れた!
パリンっとガラスの砕ける音の後、「何だお前は!」と六人のうち、誰かが放った声が、徐々に加速の能力によってスローになっていく。十倍の加速まで一気に引き上げ、枠ごと蹴り飛ばされただろう窓から侵入すると、既に三人が宙に浮いている。
地面に着地するまでの時間がもどかしい。着地の瞬間には、四人目がじいちゃんに蹴られて、吹き飛ぶ瞬間であった。残り二人。
あちらも能力を発動する準備が整ったようだ。向かって左の男は操作タイプの能力のようで、工場に積み上げられていた鉄骨の山が動き出している。もう一人の能力は見ただけで判断がつかない。手をこちらに伸ばしている様子から見て、
「左が妖。右が霊。」
じいちゃんがぼそりとつぶやく。闘気・霊気・妖気・瘴気の基本四系統。古くからの能力者の間で確立された、地球での分類法である。妖気は対人対物操作。霊気は自然現象操作であることが多い。
同時に踏み込み、一足で右の男を殴り倒す。しかしそれより一瞬早く、じいちゃんの打撃が左の男を吹き飛ばし、車のボンネットを越え、フロントガラスに突き破っていた。魔石の強化無しでこれなのだから、どういうことなのだろう。
「能力を切ってもよいぞ」
「うん。で……なんだったの?」
「誘拐だそうだ。」
「え、誰か捕まってるの?」
「依頼は無力化だ。帰るぞ。」
説明が無さすぎる。オレが知っているのは、じいちゃんが最古のヴィラン組織の幹部らしいということ。経緯は聞いても教えてくれない。
そして、ヴィラン組織同士の抗争の時だけ火消しとして呼び出されているらしいということ。誰からの依頼か、それも教えてくれない。
もやもやが募るなかで、チラリと見てしまった車の中に、手錠をされた少女の姿を見つけてしまった。
その子が守人学園の制服を着ていることに思わず見入ってしまったが、慌てて視線を外して、既に姿の無いじいちゃんの後を追いかける。
白い髪の少女。気のせいだろうか、目が合ってしまったような気がした。
勇者の孫がヴィランになった件 ~異世界帰省で悪役卒業~ 猩猩ノハナ @shoujyou
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