第29話 従魔の卵

『ここが倉庫だ。好きな物を持っていってくれ』


 第二階層の攻略を終えた俺たちは、ローザに案内されて城にある倉庫を訪れた。

 次の階層へ移動する前に報酬の魔導具を受け取るためだ。


「凄いわね。ざっと見た感じは、どれも一級品ばかりよ」


 倉庫には武具の形をしたものから、ランプや筆、スクロールなど、様々な魔導具アーティファクトが乱雑に置かれていた。

 それらの魔導具アーティファクトの数々を見て、紅羽が感嘆の声をあげた。


「へぇ、そうなのか。どれがオススメだ?」

「それをいま確認してるんだから、少し待ちなさいよ」


 そう言って彼女は掛けていた眼鏡をクイと持ち上げた。

 実はこの眼鏡自体が魔導具アーティファクトの一種で、目にした魔導具アーティファクトを鑑定することができる優れものだ。


 なぜ彼女がそんな物を持ち歩いているかというと、結論から言えば節約のためだ。

 というのも、S級異界で手に入れた魔導具アーティファクトは鑑定料が超高額なのだ。

 おまけに鑑定した魔導具アーティファクトが良い物とは限らない。

 数百万円単位の鑑定料を支払った結果、ハズレ魔導具や呪われたアイテムなんてこともザラにある。それで自前で鑑定できるようにしたんだとか。


「ちなみにあんたはどういう物が欲しいの?」

「売れれば何でも。どうせ俺は使わないし」

「よくよく考えればあんたの方が多才かもね……我ながら愚問だったわ」


 確かに神聖力リソースさえあれば、大体の事はできてしまうからな。

 女神さまへのは増えていく一方なのが玉に瑕だが。


「なら、これなんてどう?」


 そう言って紅羽が寄越してきたのは、卵のような何かだった。

 大きさはダチョウの卵くらいで、表面は宝石のように綺麗だ。


「これは魔石か?」

「ぶー! ハズレ。これは従魔の卵よ。魔力を与え続けて孵化させると従魔が産まれてくるの」

「へぇ、そんな魔導具アーティファクトもあるのか。その従魔ってのは魔獣なのか?」


 俺が質問すると紅羽はふるふると首を横に振った。


「性質は似てるけど厳密には違うみたい。どちらかと言えば所有者の魔力の現し身みたいな感じね。だから姿かたちも持ち主によって異なるの」


 所有者の魔力に応じた従魔か。

 確かに面白そうな魔導具アーティファクトではあるが……。


「……俺の魔力が微弱だってこと忘れてないか?」

「もちろん覚えてるわよ」

「なら──」

「あんたがそれに代わるを持ってることくらい、あたしでもわかるわよ。だからこそよ。その魔力以外ので従魔を孵化させたら面白そうでしょ?」


 紅羽は悪戯っぽく笑いながら、〝従魔の卵〟を強引に俺に手渡した。

 こいつに神聖力を注ぎ込めってことか。確かに興味深いものではある。

 しかし、この神聖力は女神さまのものだ。俺は間借りしている立場に過ぎない。

 そこから生まれる従魔って一体何なんだろうな。

 小さい女神さまとかだったら嫌だな。


『何でですかぁ⁉ 普通は喜ぶところですよねっ⁉』


 なんて考えてたら、本人が聞いていた。

 しばらく出てこなかったから忙しいのかと思ってたんだが。


『ま、まぁ? これでも神ですから? すごくすごーく忙しいですけど⁉』

(はいはい。それで神魔力のことは何かわかったのか?)

『まだ邪神ちゃんと会えてませんからねぇ。さっぱりですぅ』


 確か神議会とやらは数千年先とか言ってたな。

 この様子だともうしばらく掛かりそうだ。


(だけど疑問だな。女神さまなら未来から時空を越えて俺に干渉できるだろ? なぜ、それをしないんだ?)


 前にも言ったが、神は時空に縛られない。

 ならば当然、未来から情報を伝えることもできるはず。それをしないのは謎だ。


『うーん、何ででしょう?』

(……いや、俺が聞きたいんだけど)

『そう言われましてもぉ。未来の私がそうしない何か理由があるとしか……』


 未来の女神さまが何らかの意図を持って、そうしているということか。

 やはり今は待つことしかできないみたいだ。


「あんた、大丈夫? さっきからボーっとしちゃって」


 ふと気付けば紅羽が俺の顔を覗き込むように見ていた。


「あ、あぁ……」


 思ったより距離が近くて、少し顔が熱くなる。

 そんな俺を見て、紅羽が意地悪そうに笑う。


「ふぅん、意外とそういうとこあるのね?」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ」


 そう言ってから紅羽は俺から離れていった。

 よくわからないが今のやりとりで満足したらしく、ご機嫌な様子で魔導具アーティファクトを収納魔法のかかった鞄に詰め込み始めた。


「……とりあえず俺も適当に持ってくか」


 俺は〝神の手〟を発動させ、天界の倉庫に従魔の卵を放り込む。

 他にも売却用に適当な魔導具アーティファクトをいくつか収納していった。



 その後、魔導具アーティファクトの回収を一通り終えた俺たちは応接間へと戻る。


『どうだ? 気に入ったものはあったか?』

「えぇ、沢山あったわ。本当に好きなだけ持っていっていいの?」

『構わない。我々は使わないからな』


 ローザはにっこりと微笑むと、カップに入った赤い何かを啜った。

 ちなみに俺たちの机には何もない。人間用の飲料は用意がないんだとか。


『ところで、すぐに発つのか?』

「そのつもりだが、まだ何かあるのか?」

『なに、これは単なる私の我儘なのだが……』


 ローザは少しだけ躊躇うような素振りを見せた後、俺の顔をまっすぐ見つめてきた。


『お前たち、私の眷属にならないか?』

「……は?」「……はぁ?」


 予想外の提案を受け、二人して間抜けな声が漏れた。

 まさか冗談……ではないよな。というのも、ローザの顔は真剣そのものだったからだ。

 彼女は、本気で俺たちを吸血鬼に変えたいらしい。


「いったい何が目的だ?」

『誤解しないでくれ。三神には我々を支援してくれた大恩がある。純粋にこれからも関係性を維持したいと感じたのだ』

「それがどうしてあたしたちを吸血鬼にするって話になるのよ?」

『それはその、我々は人間にはなれないがお前たちなら吸血鬼になれると思ってだな……』


 ばつが悪そうに指をモジモジさせるローザ。

 仕草は可愛らしいものだが、その提案はとんでもないものだ。

 変に期待させても申し訳ないし、ここはきっぱり断ろう。


「悪いけど、そっち側になる気は無いんだ」

「同じくよ」

『そうか……。変な事を言ってすまなかった』

「いや、いいんだ。別に気を悪くしたりはしていないから」


 眉毛をハの字にしてあからさまに落ち込むローザ。

 そこまでして俺たちを吸血鬼にしたかったのか。


「それじゃそろそろ俺たちは行くよ」

『ああ、引き止めてすまなかった』


 好意的な彼女に若干の申し訳無さを感じつつも、俺たちは次の階層に向かうことにした。

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現代に帰還した神輝兵は、神の力で人生をやり直す ぷらむ @Plum_jpn

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