63話
年が明け、雪がちらほらと降り続ける一月。ある場所にある人物がいた。
ある場所とは空港であり、ある人物とは世界を股にかける(?)大小説家……美作静音その人である。
以前妹が暴走した際、アクト社の副編集長である林道龍希の呼びかけに応え、彼女に代わって粛清した人物でもあった。
その際に、近々日本に帰国する旨を伝えていた静音であったが、年が明けたこのタイミングで手掛けていた仕事にちょうど空きができたため、すぐさま日本行きのチケットを手配したのだ。
「はあー、そういえば今日本は冬だったわね」
かじかんだ手に息を吐きかけることで暖を取る静音であったが、今の季節日本がとても気温が低くなることを思い出し、ぽつりと独り言ちる。
彼女が海外進出を果たして早五年以上が経過し、その間に様々な出来事があった。だが、彼女の中では遠い昔のようなことに思え、懐かしい祖国の土を再び踏みしめられたことを感慨深く思っていた。
だが、そんな感傷に浸る時間はほんのわずかであり、次の瞬間艶のある唇を吊り上げ、まるでこれから悪行を働かんとする悪人がごとき表情を浮かべる。
「さあ、約束通り帰ってきてあげたわよ。零、覚悟なさい。龍希さんに迷惑を掛けたこと、後悔させてあげるわ。……ふふふふ」
人の噂も七十五日などと言うが、彼女の恨みは七十五日以上たってもなくならなかった様子で、負のオーラをまき散らしながら低い笑い声を出す。
そのあまりの雰囲気に、通りすがる人々が全員何事かと怪訝な視線を向けるものの、すぐに関わり合いになってはいけない類の人間であることを察し、足早にその場から離れていく。
「おっと、その前に龍希さんに帰国の挨拶をしなければならないわねっ」
先ほどの殺伐とした雰囲気はどこへやらといった具合に、弾むような声を上げながらご機嫌な様子の静音。だが、そんな彼女の楽しい時間に招かれざる客の来訪を告げる音が響き渡る。
「あら、電話だわ。……hello?」
『Shizune! What are you doing! ? Where are you now?(静音! 何をやっているんだ!? 今どこにいる?)』
「I'm in Japan. You said you were going back home for a while, right?(日本よ。前々から帰省するって言ってたじゃない?)」
『What! ? That's true, but isn't that too sudden?(何だって!? 確かに言ってたけど、だからっていきなりすぎないか?)』
「I've completed all the work you asked me to do. ...Do you have anything to complain about?(言われてた仕事はすべて片づけたわ。……何か文句でも?)」
『That's...(そ、それは……)』
電話の主は、海外で一緒に仕事をしている担当編集らしく、いきなり静音がいなくなったことに驚いて連絡してきたようだ。
事前にそのことを伝えていなかったようで、まさに彼にとっては寝耳に水の出来事であった。
だが、帰省する前に手掛けていた仕事をすべて終わらせてあるということと、しばらくの休みを取ることを事前に聞いていたため、あまり強く非難はできない様子だ。
日本に帰国することを伝えると、余計な仕事を入れられ、帰国の妨害をされる可能性があったため、彼女はあえてこの時期に帰国することを伝えていなかったのだ。
完全に不意を突かれる形となってしまった彼は、引き止める言い訳を思いつかず黙り込んでしまう。
「Anyway, I'll take it easy here for a while, so please don't contact me.(とにかく、しばらくはこっちでゆっくりさせてもらうから、連絡してこないで頂戴)」
『what! ? Until when? How long will you stay in Japa――(何!? いつまでだ? いつまで日本に――)』
“ぷつっ、つー、つー、つー、つー……”
彼の問い掛けに答えることなく、静音は電話を切った。電話が切れた後の電子音がむなしく彼女の鼓膜を揺らす。
「へい、タクシィー」
これで後顧の憂いを絶った静音は、片手を上げてタクシーを呼んだが、ここが日本であることを思い出し、大人しくタクシー乗り場へと向かった。
〇×△
「ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
「ええ、そちらもお変わりないようで何よりです」
空港からタクシーを使ってアクト社へと向かった静音は、そのまま恩人である龍希に挨拶をしていた。
突然の来訪にもかかわらず、快く対応してくれた彼女に感謝しつつ、海外での活動報告を行う。
彼女たちが別室で話している間に、他の仕事をしていた社員たちは突如現れた謎の来訪者について話していた。
「おい、あの女性は誰だ?」
「知らん。いやに副編集長と親しい感じだったが」
「あなたたち知らないの? あれが世界を股にかける大小説家SHIZUNE先生よ」
「え、嘘だろ!? あんな若い嬢ちゃんが世界のSHIZUNE先生だっていうのか?」
「二十二歳という若さでピュリッツァー賞を受賞した若き天才……それがなんだって日本の出版社に?」
「なんでも、日本にいた頃に副編集長にお世話になったらしくて、その挨拶に来てるらしいわ」
「辛辣な言葉を浴びせてくる副編集長が、あの大小説家の恩人だなんて……」
「うるさいですよあなたたち。ちゃんと真面目に仕事をしなさい」
社員たちの声が静音たちのいる部屋まで届いていたのか、いきなり扉から龍希が現れ、彼らに注意を促す。それを受けて慌てて業務に戻る彼らを見た龍希は、内心でため息を吐くと静音のいる部屋へと戻った。
「まったく、もう少し真面目に仕事ができないものですかね」
「龍希さんは相変わらずなんですね」
「まあ、こちらは変わらずやってます」
「ところで、先日はうちの愚妹が大変迷惑を掛けたとのこと。改めて謝罪いたします。申し訳ありません」
「あなたが謝ることではありません。こういうのは、本人が反省しているかどうかですから」
「それでも、あの子に教育を施したのは私です。あの子が不出来なのは、偏に私の指導不足。ですので、私が謝罪するのは間違ってはいません」
「あなたも相変わらずのようですね」
「ふふ、それだけが取り柄ですよ」
それから、龍希と久しぶりに談笑した静音は挨拶もそこそこにアクト社を後にする。本来であれば、もっとゆっくりと話したいところであるが、事前のアポイントメントなくいきなりやってきたこともあって、仕事を中断させてしまっていることを考え、簡単な挨拶だけに済ませた形だ。
アクト社を後にした彼女はタクシーを乗り継ぎ、目的地へとやってきた。こちらも事前連絡はしていないが、仮に連絡をするとこちらの場合逃げる可能性があるため、抜き打ちで訪問する必要があったのだ。
「……出ないわね。出掛けているのかしら?」
静音がやってきたのは、地元では一等地として位置づけられている土地に建てられた高層マンションの一室であり、言わずもがな彼女の妹……零が住む場所だ。
本日は一月の初頭ということもあり、学校があるわけではないので家にいるはずなのだが、出掛けているのであれば、すぐに戻ってくるはずである。
念のため呼び鈴を何回も連打していると、ドアががちゃりと音を立て目的の人物が顔を出す。
「もう、うるさいわね……。今何時だと思って――」
「もう十一時よバカ妹。随分と優雅な暮らしをしているのねぇ? 休日でも健康的な生活を送るよう釘を刺したはずなのだけれど……」
「ひ、ひぃー」
眠気眼の中、ぼんやりとした視界に静音の姿を認識した瞬間、思わず叫び声を上げる。突然のことに腰を抜かしてその場に尻もちをついている彼女にお構いなく、部屋の中に入り扉の鍵とチェーンロックを掛ける。
チェーンロックを掛けるのは、当然零を逃がさないためであり、姉であるが故に彼女の行動パターンのさらに先を読んでいるようだ。
「さあ、約束通り帰ってきたわよ。しばらくこっちにいるつもりだから、今まで好き勝手やってきたつけを払ってもらいましょうか」
「ね、姉さん違うの。これは――」
「問答無用!」
「た、助けてぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!」
その後、彼女が一体どうなってしまったのかは不明だったが、冬休み明けの彼女は、まるで魂が抜けたような暗く痩せこけた姿になっていたそうな。
一方で静音は妹の調きょ……教育を終えると、本来の帰国の目的でもあった取材を終え、自分の実家にも顔を出し、やることをやってすぐに帰っていったそうな。
【作者の一言】
本日(2024年2月8日)カクヨムコンの読者選考が終了しました!!
あとは天を運に任せるのみということで、二か月にわたってお送りしてきたこの作品も一応の区切りとさせていただきます。
今後については未定ですが、しばらくお休みをいただいてから改めて更新が止まってしまっている作品の投稿を再開していきます。
それでは、今後ともこばやん2号をよろしくお願いします( ̄д ̄)ノシ
処女作を母に勝手に書籍化された こばやん2号 @kobayann2gou
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