62話



「無名玄人、か」



 流聖と美麗のじゃれ合いが繰り広げられていた時、同時期にある一人の男もまた無名玄人に興味を引かれていた。



 男もまた彼ら彼女ら同様にラノベ界に属する人間であり、巷を騒がす大型ルーキーの話がよく聞こえてくる。



 彼の名は【高利ヶ島主水(こうりがしましゅすい)】といい、一介のラノベ作家として活動している。だが、彼の特異性はラノベ作家という点ではなく、それ以外にあった。



「最近ちょくちょくその名前が聞こえてくるけど、実際どうなんよ? 他の人の作品あんまし読まないからわかんないんだわ」



 誰もいない部屋に向かって彼つぶやきが響く。本来ならば、主水の問いに答えてくれる者など皆無だが、今回はそれに答える存在たちがいた。



“凄いと思うよ”



“ああ、あれは天才の所業”



“まあ、あなたほどではないですけど”



“まあまあだな”



 などと無名玄人に対する感想が彼の目に入ってくる。



 主水のもう一つの顔……それは、定期的にインターネットの動画投稿サイトで配信を行うストリーマーという経歴を持つことだ。



 もともとは配信者として活動をしていた彼だったが、その人気はぱっとせず、ファンの数もそれほどであった。しかし、気まぐれでWeb小説を投稿し始めたところ、それが見事に大バスりした結果、出版業界からお声が掛かった。



 今では彼の平均視聴者数は数千人から多いときでは万を超える数字にまで膨れ上がり、配信者としても大成するに至った。



「ふーん。興味深いな。編集の人に言って会ってみようかな?」



 その一言で、視聴者からのコメントがとめどなく寄せられる。彼のその言葉は、即ち無名玄人に接触をするということであり、先の帝流聖との流れを彷彿とさせたからだ。



「ん? いやいや、別に喧嘩を吹っかけるわけじゃあない。ただ、会って話をするだけだよ」



 それでも、主水が無名玄人に会うという事実は変わりなく、コメントは加速度を増す。



 そんな中、ひと際目立つ色付きコメントがふいに現れる。モデレーターという機能で、特定の視聴者のコメントを見つけやすくするものであり、一種の目印的な機能だ。



 そのユーザーは短くたった一言だけコメントを打った。



“所属出版社と先方に迷惑が掛かるからやめておけ”



 そのコメントを見つけた時、主水はニヤリと口端を上げる。そのモデレーターが付いたユーザーは良く知った人物であったからだ。



「君がコメントするなんて珍しいね。いつもはロムってるのに」



 主水の問い掛けに件のユーザーからの返答はない。だが、その反応は決して主水に悪印象を与えるものではなく、むしろ好意的に捉えていた。



「まあ、他でもない君がそう言うのなら、その方がいいのだろうね。残念だけど、今回はやめておくよ」



 盛り上がっていた視聴者たちもそのユーザーの鶴の一声で納得する。それだけ、そのユーザーの主水に対する影響力は計り知れなかった。



「ところで、活動は順調かい? しばらく会ってないけど」



 その問い掛けに、そのユーザーは親指を立てたサムズアップの絵文字だけを返してきた。それだけでユーザーの意図が伝わり、彼はますます顔をほころばせる。



「そうかい。それは結構なことだ。同じ四天王の君が不調なのはあまりいいことではないからね。繁ノ森君」



 主水は配信活動とラノベ作家としての活動を両立しているが、彼が有名になるきっかけとなったラノベの売り上げは凄まじく、帝流聖・姫小路美麗と肩を並べるほどだ。



 それ故に、彼もまた日本ラノベ界における重要な位置にいる人物であり、世間から四天王として周知されていた。



 そして、その彼が口にした“繁ノ森”と“同じ四天王”という言葉で、モデレーターが誰なのかはなんとく察しがつくだろう。



 繁ノ森嗣信(しげのもりつぐのぶ)。主水と同じく日本のラノベ業界を席巻する大物であり、彼の執筆した本が書店に並べば瞬く間に完売するほどの人気を誇る。



 そんな大物作家同士のやり取りに視聴者のボルテージは最高潮となっているが、当の本人同士はそれに気づかない。



 そんな中、今度は珍しくも嗣信から話題を振ってきた。



“そういえば、帝と姫小路でなんかあったらしい”



 そのコメントを見た瞬間、主水の片眉が上がり怪訝な表情となる。実を言えば、彼は彼らのことをあまりよく思っていないのだ。



 流聖は全力で否定したいところだが、傍から見ればただのバカップルにしか見えていない。あまり恋愛事に明るいほうではない主水にとって、そういった甘ったるい話をされるのは精神的にきついものがあり、ネット的な言葉で言えば“リア充め爆発しろ”的な感想しか抱かないのだ。



「あの二人の話はあまり聞きたくはないね。ただのバカップルのあれこれに口を出すつもりはない」



 心なしかその口調も棘のある言い方になってしまった主水だが、彼にとってそれだけ二人の話題は あまりよくないものであったのだ。



 しかしながら、それでも嗣信はその話を続け、最終的に主水を怒らせてしまったため、再びロムることにしたのだった。



「まったく。……ああ、もうこんな時間か。諸君、そろそろ執筆の時間が迫っている。今日はここまでにしよう」



 彼がそう宣言すると、色とりどりのコメントが寄せられる。俗に言う“投げ銭”というもので、配信主に対して応援の意味でお金を送ることができる機能である。



 それをただ黙って見つめていると、しばらくして視聴者からの投げ銭も終わり、最後に主水が口を開いた。



「諸君の援助に感謝する。では、続報を待て!!」



 そう言って、配信停止のボタンにマウスを使ってカーソルを合わせ、クリックして配信を終了する。配信を終えた主水は、静寂の中ぽつりと呟いた。



「……無名玄人か」



 こうして、着々とラノベ四天王たちに無名玄人の名が知れ渡っていくのであった。

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