棲息

@rabbit090

第1話

 ぐちゃぐちゃに混ぜれば、何かが変わるだろうって、そう思っていた。

 けれど現実に起こったのは、もうどうしようも手を加えられない、虚しい真実だけだった。

 「必ず行くから、ちょっとだけ待ってて。」

 「いつ?」

 「………。」

 だから、いつなの?

 僕は、いつものように飛び起きた。

 この瞬間を、忘れることができない。

 「だから、いつなの?」と、僕は馬鹿みたいに、毎度のように問いかける。けれどあいつは、どうせ帰ってはこない。

 死んでしまったから。

 

 ぐったりとした体で仕事に行くわけにはいかないから、まずシャワーを浴びる。けど冬になると寒くて、浴室暖房機というものを買ってしまった。

 一人暮らしの時に住んでいた、小さな部屋の中ではそれほど感じなかった寒さが、この家だといつもこたえる。

 ここは、あいつと僕は一緒に暮らすつもりで、買った部屋だ。

 マンションの一室で、僕らは一緒に暮らすつもりだった。

 その時、あいつも僕ももう30代に入っていて、あいつは一度、離婚をしていた。

 僕は、一生結婚はしないと決めていたから、そしてそれをあいつに話していたから、なら、お金も安くなるし何かあった時にお前といると楽だから、とかなんとか言って、一緒に暮らすことになった。

 それに、意義は無く、でも僕は、あいつに隠していることがあった。

 あいつとは、大学生の時に知り合った。

 僕は理系の学部にいて、目の回るような忙しさに、忙殺されそうになっていた。というか、そもそも主体性のなかった僕は、自ら学ぶ、という習性が無かったため、周りの学生との温度差が激しく、話題についていくのですら必死だった。

 そして、そんな時に出会ったのが、文系の学部で、旅行サークルに所属しているあいつだった。

 旅行サークルと言っても、有名なものがもう一つあって、僕らはどちらかというと国内の山とか、あまりお金のかからない、地味な所ばかりを企画してい旅する、という消極的なサークルだった。

 でも、そこの風土が僕には合っていて、大学を卒業するまでに必要だった人間関係などすべて、そこで賄うことができた。

 しかし、特に仲の良かった友人などはいないし、けどあいつはいつも、忙しそうに動き回り、そしてお金に困っていた。

 けど、僕もそれほど裕福ではないし、(そもそも理系だし、奨学金ありきだから。)なぜ仲良くなったのかは分からない。だが、僕は、あいつがバイトで出席できない授業なんかを、代わりに出たこともよくある。

 それ程、忙しかったのだ。

 あいつは、一人だった。

 家族がいるのに、一人だった。

 とにかく、学費はすべて自分で賄わなくてはいけないし、生活費も、そうだ。

 そして、社会人になり、僕らはきちんと就職することに成功した。

 暇ができるようになって、その頃やっと、あいつと一緒に飲みに行く回数が増えたように思う。

 そして、あいつはいきなり、結婚した。

 その女を連れて、やって来た。

 美人、ではなかった。けれどあいつは、ベタぼれなのだと言って憚らなかった。僕はそれを聞いて、ちょっと白けた気持になったけれど、楽しそうに笑うそいつらを、馬鹿にすることなどできなかった。

 そして、しばらくして離婚した。子供もいた。

 けれど、その子供を連れて妻は、とっとといなくなってしまった。それを、あいつは拒まなかった。

 そして、僕との、同居が始まった。

 のに、どうして。

 そんなにすぐに死んでしまったんだよ。

 なあ。

 

 いつも呑気に笑っていた。

 何をそんなに、面白がっているのかって思うけど、あいつはいつも、そうだった。けど、暮らし始めてからしばらくして、あいつは出かける、と言った。

 その日は、平日だった。もちろん、仕事があった。けれどしばらく有休をとって、休むのだと、言っていた。

 ああ、そうか。

 もうその時には、何か変だという予兆が、確かにあった。

 だって、あいつは離婚して、子どもとも会えなくて、僕なんかと暮らしていて、それって、意味が分からない。

 けど、多分あいつのことは、誰にも分からなかったのかもしれない。

 きっと、あいつの元奥さんにも、僕にも、誰にも。

 あいつは、変な奴だった。

 唐突に切れる、電球のような男だった。

 ただ、一つだけ。

 あいつは、言っていた。

 「俺、自分と、他人の、違いを、考えていたんだ。」

 「は?何それ?」

 何を言っているのかはよく分からなかった、けど、それはあいつが、離婚をしたちょっと前、だったような気がする。

 「そりゃ違うだろ?でも何で?」

 まさか離婚の影響、だなんて言えなかったから、濁した。

 「俺、一生懸命だったと思う。でもさ、何かダメだった。何か、ダメなんだ。いつもダメなんだ。」

 そういって、下を向いた。

 僕は何か適当に慰めのようなことを言ったような気がするけれど、あいつに響いたのかは分からない。

 かくいう僕も、あいつにはいっていないけれど、高校生の頃に一度、結婚したことがあって、若気の至りだったと思う。けれど僕も彼女も、かなり、傷ついていた。

 だから、絶対に結婚なんかしないって決めたし、それに、あいつはダメな奴なんかじゃなかった。

 あいつ以上に、まともな奴はいないと思う。

 あいつはいつも、ぶれなかった。

 ぶれる奴ら、だらけだったのに、良い悪いじゃなくて、ぶれないというその一点だけで、僕はあいつに全幅の信頼を置いていた。

 だから、あいつはダメではない。

 じゃあ、何がいけなかったのだろうか。

 けど、死んでしまった今となっては、何一つ、分からない。

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