◇終

 山では子狸たちがはだれ雪の上を駆け回っていた。

 春も終わりに近づき、山桜が最後の花吹雪を散らせている。

「こら、ポン太にポン吉。あまり遠くへ行くんじゃない。雪鬼に食われちまうぞ!」

「ふふ、ポンったら、すっかり父親らしくなっちゃって」

 子狸を遠く見守るポンの隣りで、コンが微笑ほほえんだ。ポンは大きな刀傷の残る尻尾をくすぐったそうに揺らした。

「そういうコンだって、立派なおっ母じゃないか」

 コンはこの春に産まれた六匹の子狐に乳を与えながら、そっと首を伸ばし、麓の里を見やった。

「お雪さんとこは、もう五つと三つだってねえ」


 ——あの日、倒れたお雪と巳之吉、それにポンを救ったのはコンだった。

 侍の姿が見えなくなると、コンは雪鬼ほどの大男に化け、二人と一匹を担いで巳之吉の家に運び込んだ。それから大急ぎでたくさんの仲間を集め、三つの命をなんとか繋ぎ止めたのだった。


 お雪は巳之吉の嫁になり、二人の子の母親になっていた。また腹の中にも新たな命を授かっている。お雪の美しさは、歳をとっても子供を産んでも少しも変わらなかった。村人はみな不思議がったが、それ以上に、美しい娘が村のものと一緒になってくれたことを喜んだ。

「コン、寂しいかい?」

 目を細めるコンに、ポンが尋ねた。

「ちっとも」

「……お雪さん、綺麗だったな」

「ああ、綺麗だったね」

「おいら、お雪さんが物の怪だったなんて思えないよ。あの人はきっと、雪の精だよ」

 いずれにせよ、お雪がもうこの山に帰ってくることはないだろう。

「あら、雪」

 コンがふいに空を見上げた。花吹雪に紛れて、季節外れの粉雪が舞っている。

 里をすっぽりと包む春の陽に、あの懐かしい冬の匂いがした。




 ——終わり

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雪秘め 新星エビマヨネーズ @shinsei_ebimayo

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