第4話 死の疑問を解決。ヒノーベル賞を受賞

 先日、日本人として初めてヒノーベル賞を受賞したM氏にお話を伺った。

「このたびのご受賞、誠におめでとうございます」

「喜んでばかりはいられないのですが、有難うございます」

「人はなぜ死んでいくのかという疑問に対する新たな答えを見つけられたということですが、そのきっかけなどから」

「人は死ぬために生きている、僕は壮絶な死というものに憧れる、などなど死に関する話題にはきりがなく、人々は死に強い関心を持っていると言えます。そしてこの地上に人類が出現して以来、誰ひとりの間違いもなくみんな死んでいきました。釈迦とてアレキサンダー大王とて、角の煙草屋のおばさんとて同じことだったのです。何故でしょう。私はこの疑問を解決しようと小さいときから寝る間も惜しんで研究してきました。小学生の頃は」

「あの、もう少し手短に」

「あ、はい。それで博士課程に進み、更に研究に励もうとしたのですが、『蝸牛(かたつむり)に似た軟体動物の名称を書け』という問題の答えが解らず、残念ながら進学試験に落ちてしまいました。けれど、正解を知ったとき全身が震えたことを覚えています。疑問を解く鍵はナメクジだと」

「ナメクジ?」

「ええ。ところでナメクジの一番嫌いなものは何だかご存知ですか?」

「塩、ですか?」

「そうです。こんなことは幼稚園に行く前の子供だって知っている」

「それなら訊かなくても――それで」

「なぜ嫌いなのか。かけられると溶けてなくなってしまうからです」

「誰もが知っています」

「しかし、本当にナメクジは塩が嫌いなのでしょうか。ここがポイントです。私は考えました。ナメクジは塩が好きなのではないかと。大好きで塩と一体となって溶けてしまうのです。いいですか?」

「はあ、はい」

「さて、人は必ず死んでいきます。どうしてでしょう。私は同様に考えました。人は死が好きなのだと。こう言うと、どうしてすぐに死んでしまわないで、何十年も生きているんだと怒った調子で言い放つ人が出てくるでしょう」

「はあ」

「皆さんにもあるはずです。自分の好きなおかずを最後に食べるという経験。私も塩鮭ときたら目が無く、いつも残しておいて最後にゆっくり食べるのです」

「そうなんですか」

「人を殺したらどうして罪になるんだ、おかしいじゃないかとおっしゃる方もおられるかもしれません。残念ながらおかしくはないのです。人は死に関する自由の権利、この場合、思ってもいないときに死なされることのない権利を有しているのです」

「なるほど。よく分かりました。このあたりで――」

「これからが重要なんです」

「手短にお願いします」

「考えなければいけないのは昨今、死に関するマナーが悪くなってきていることです。気持ちよく天国へ行こうとするのでしょうか。他人に危害を加える恐れがあるのに酒をたらふく飲んで自動車を運転する人が後を絶たないことや、一人で死ぬよりは皆で一緒にという考えからなのか、水や土や大気を汚して環境を悪化させるなど、自分の死を思う余り身勝手な行動をとる人が増えているのです。こうなると死が好きだとしても問題です。孔子も言いました。過ぎたるはなお及ばざるが如し」

「お話が長過ぎるのも如何かと」

「が、かくいう私も真剣に取り組まなければならない大問題が発生しているのです。というのも大好きな塩鮭が食べられなくなったのです」

「本日のテーマとは関係のない話になってきましたが、魚屋かスーパーに行けばいくらでも売っているし、どうかされたのですか?」

「塩鮭の塩の中にナメクジが溶けているんじゃないかと考えると、気持悪くって。塩鮭が食べられないのなら私は死にます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニューストピックス 融木昌 @superhide

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ