パンティとクレープ
茶猫
第1話 パンティ男は人格崩壊しました
その日会社を休んだ、そして今、外出準備を整えている。
僕は「須藤 真一」、れっきとした男だ。
そう、男だが・・・鏡に向かって化粧を始めた。
鑑の中の僕はだんだんと変わっていく。
そして顔が男から女に代わるとき、僕は「恵理子」という女になって行く。
「女装」
だが僕にとっては少し違うものだった。
化粧が終わるころには「恵理子」という人格となる。
大体、僕が女装なんてするバズが無かった。
そんなことは絶対にするハズは無かった。
あれは小学生の頃だった。
四年生になったとき、僕のあだ名は「パンティ男」になった。
クラスメートの男子が僕のことを蔑むようにそう呼び、女の子は汚いものでも見る目で陰でこっそり僕をそう呼んでいた。
僕だってパンティは女の子が履くもので男が履くものではないとわかっている。
だからパンティなんか履くことはない。
でも母はそれをパンツだと言い張って僕に履かせたものだった。
僕はパンツにしては「つやつや」だなと思ったが母を信じてそのまま履いていた。
実は僕が履いていたものはパンティでありパンティではなかった。
それがパンティかどうかは最近まで分からなかったというのが本当の話だ。
ある日それを履いて学校に行ってことから大騒ぎになった。
僕はそれがパンティかもしれないという疑問があったので誰にも見られないようにしようと思っていた。
でもその日うかつにも学校にはいていってしまったのだ。
「しまった、今日は健康診断がある!!」
そして健康診断の時パンツ一枚になったとき誰かが叫んだ。
「真一がパンティ履いてる」
その一言で大勢に囲まれた、そして「パンティ履いてる」と大合唱になり、健康診断後はクラス中に広がった。
そして女子はその話を聞いて「変態」とひそひそ話していた。
そんなわけで、その日クラス全体で僕の人格否定をしていたというかそう感じてしまった。
僕は泣きながら「僕は男だ、これはパンティではない」と大きな声で叫んでいたと思う。
家に帰ってから母に話すと母は泣いていた。
本当は僕の家は貧しかった。
そして母は家計のやりくりの中で縫製会社から縫製に失敗したパンティを安く買ってきていた。
それは前後や左右の縫製間違いのあるもので売り物にならないものだったので安かったようだ。
つまり、それはパンティだけど、パンティではない「出来損ないパンツ」だったのだ。
母は自分が履くだけでなく、子供だから大丈夫だろうと僕にそれを履かせた。
考え方は簡単だ、履いていてもズボンを履いているから、パンツは見られることはない。
そして何事もない日が続いた。
しかし人の噂もなんとやらは嘘のようで、他人を貶めたりいじれる話は結構長く引きづられる。
僕の「パンティ話」は中学校になっても高校になっても覚えている者がいる限り続いた。
そしてそれは僕の心を深く気づ付け、大きなトラウマとなった。
そして「パンティー男」が僕に与えたトラウマは大きく、今でも人前で面と向かってチャンと話が出来ない。
もっとも、大人になった今ではそれでは生きていけないので練習をした。
そして今では、仕事のことであれば電話を使って何とか相手と話は出来るようになったので、今の仕事に就くことは出来た。
とはいえ今の僕は引っ込み思案な人間であり、家と仕事場を行き来するだけの生活だった。
そんなことあって大きなトラウマを負うようになった僕が、絶対に女装なんかするはずがなかった。
そして僕は高校三年生になった頃から、自殺願望が強くなってきた。
ある日、本当に自殺しようとしたとき、追い詰められた僕の中でトラウマから別の誰かが生まれた。
「恵理子」
その名は僕の中で目覚めた誰かの名前だった。
妄想か?それとも多重人格者になったのか?
自殺願望という既に精神を病んでいた僕は更に精神を病んでしまったと思った。
彼女(恵理子)は完全に別人格であった。
しかし彼女は聡明で明るくそして積極的だった、そう僕と正反対の人格だった。
実は今も女装しているので、僕は「恵理子」になっている。
不思議なことだが、今では「恵理子」は僕と融合しているように思う。
確かに最初「恵理子」は別人格だった。
最初は「恵理子」である時には僕の意識はなかったというか無自覚だった。
でも今では女装すれば「恵理子」であるという自覚はあり、同時に僕の意思もしっかりあった。
まるで「恵理子」がすることを後ろから見ている自分を感じていた。
不思議だった、女装すると恵理子という人格を通して、まともに人と面と向かって話がしているようだった。
今の僕、いや私は ・・・ 化粧が終わると私、つまり恵理子になって、僕の意思は後ろに下がっていた。
実は今日は大事な用事がある。
そうだ、昨晩の「僕」の失敗を挽回しようと考えている僕の思いを「恵理子」は家を出る。
僕と「恵理子」は分離した人格のようで一人として融合している。
急いで駅前まで着くと、少し北に歩き少し暗がりのある広場に出た。
そこでキッチンカーで一心にクレープを売っている青年がいた。
もちろん、こんな人目に付きにくい場所で商売してもお客が来るわけも無い。
たぶん商売にはなっていないのだろう、今月末で商売を辞めると言っていた。。
昨日会社帰りにこの店でクレープを始めて買った。
というか、実はただで良いと言われて貰ったのだが、強引にお金を置いて走って帰った。
それは好意を無にするものだし失礼なことだっただろう。
僕が人にちゃんと言葉を掛けられる人間だったらそうはしなかっただろう。
僕は甘いものが好きだった。
だから、この店が商売を始めたころから知っていた。
でもこの性格ではなかなか買いに行くことは出来なかった。
この店は客がいたことは見たことが無く逆に僕には買いやすそうに思えたが言葉を発することが出来なかったので一度も買ったことはなかった。
それでも青年はたまに通りかかる人があると必死に声を掛けていた。
そんな彼が気になっていた。
昨日、いつものようにキッチンカーの前を通りかかる僕に彼は声を掛けてきた。
でも僕は返事を返す勇気が無かった。
黙っている僕を見ながらも青年は言葉をつづけた。
「すいません。ご迷惑でないなら食べていきませんか?
タダで良いですよ。
いつもここを通る度に優しい目でこちらを見てくれている。
たぶんこんな店ですが、気にしてくれているのではないかと思って、うれしくて・・・
今まで、ありがとうございます」
一度も買ったことが無い僕に「ありがとうございます」とか言ってくれる。
それでも僕は何も言葉に出すことが出来なかった。
そんな僕を見て青年は言葉をつづけた。
「実は今月末でこの店辞めるんです。
やっぱり私には無理だったようです・・・
だから、クレープを食べて行ってください。
もちろんタダで良いです」
そんな言葉に僕はキッチンカーの前に立つとクレープを受け取り、その場で食べた。
アツアツの記事においしいクリーム、そして果物とチョコレートがおいしさのハーモニーを奏でていた。
「おいしい・・・」
感想など人に言ったことが無かった。
だから、感想などというものは出るはずもなかった。
でもその時は心からそう思ったから「おいしい」と言葉が出た。
「ありがとうございます。
キャラメル味もどうぞう」
そう言うと青年は二つ目のクレープを差し出した。
僕は、はっとした。
僕みたいな奴が、ただで何枚も貰うのは図々しいだろう・・
「あっ、お金払います」
僕も必死だったのか人を目の前にして珍しく声が出た。
「良いですよ。
もうすぐ無駄になる材料なので、ちゃんと使ってやりたいんです」
「だめだ!!払う」
そう言うと僕は持っていた二千円札を置いてそのまま走って帰った。
僕の手にはさっき貰ったキャラメル味のクレープがあった。
その後部屋に帰ってから自己嫌悪に陥っていた。
青年には失礼なことをしたんじゃないか・・・・
そう思うと、どうしようもなく落ち込んで涙が溢れてきた。
青年のことを思いながら自分のことのように考えていた。
「夢を諦めるのか、なんでだよ。
こんなにおいしいクレープなのに」
眠れなかった。
「こんなに、おいしいクレープを食べられなくなるなんて・・・」
そう何度も言った。
ものすごく悲しかった。
すると声が聞こえた。
「あなたはあなたの出来ることをしなさい」
そうだ「恵理子」がそう言っている。
「じゃあ恵理子は恵理子のできることを彼にしてやってほしい」
そうだ、僕じゃだめだ、でも恵理子なら彼を救えるんじゃないだろうか?
その日寝たのか寝てないのか分からないまま朝が来た。
僕は朝から女装を始めた。
女装が進むほどに恵理子が僕の表面に出てくる。
「自分でやらなきゃダメなんだけどな」
鑑の中の顔は、まだ僕だった。
恵理子はその鏡の中の僕に向かって叱った。
「とりあえず、まずは電話ね」
僕は会社で知り合った駅前の商店街の人に電話する。
僕でも電話ならとりあえず話はできる。
電話が終わると準備ができた。
「さて出発しましょうか?
あなたの大事な人のために」
「大事な人?」
僕には恵理子の言う意味が分からなかった。
恵理子は不思議な存在、僕の中の人格というより完全な別人格なんだろうか?
僕は昔感じたような感覚に襲われていた。
そう、女装して初めて外出したあの時と同じくらいドキドキしていた。
そしてキッチンカーに近づく。
恵理子は全く動じることなく注文をする。
「チョコレートのクレープくださいな」
青年は優しい顔で焼き立ての美味しそうなクレープを恵理子に渡した。
「はい、もうすぐこの店は辞めるからこれもおまけしとくよ」
そういうと青年はもう一枚を恵理子に渡した。
「わぁ、ありがとう」
満面の笑みになる恵理子。
恵理子は僕のはずだ、でもこんな顔が出来るんだ。
「おいしそうに食べてくれると嬉しいよ」
そう青年が言うと昨日の行動を思い出し僕は自己嫌悪に陥った。
でも恵理子は満面の笑みを浮かべたままだった。
そして一枚目を食べ終わると恵理子は青年の目を見ながら話しを始めた。
「こんなにおいしいのに何で辞めるんですか?
勿体無いですよ」
その彼女の行動を通して僕は青年の顔をまじまじと見ていることになる。
それは恥ずかしいが、嬉しかった。
「駅前で商売すれば良いのに」
「そう思ったんだけど、どうすれば良いのかわからなくてね」
「総合受付で一度話してもらったら中のビルオーナさんに話を通してくれるハズよ」
「そうなんだけど、総合受付で聞いて、その住所に居るというビルオーナーさんに話をしようと思ったんだけどうまく会えないんだ」
「直接電話すれば早いわよ」
「それも繋がらないんだ」
「不思議な話ね・・・」
ビルオーナーはそのビルに住んでいるはずだ、簡単に会えるはずだが?
どういうことなんだろうか?
「あっ!!」
不意に恵理子が叫んだ。
そして彼の帽子に目が言った。
「「竜神タイフーンズ」のファンなんですか?」
「いや、弟がファンでね、昨年優勝したときに連れていかれてその時買わされたんだ。
外の仕事だしせっかく買った帽子から被っているんだ」
「総合受付の女の子は「ファイティング・ドルフィンズ」のファンだから、去年の最後の試合で負けたことを根に持っているんだわ
そうか、その帽子が原因だわ。
少し持っていてくれる」
そう言うと恵理子は駅前の雑貨屋に走った。
そこで「ファイティング・ドルフィンズ」の帽子を買った。
戻って来た恵理子は青年ににこやかにほほ笑む。
「はいこれ、被って」
そう言うと買ってきた帽子を渡した。
青年は言われるままに今の帽子を脱いで、その帽子を被った。
「良く似合うわ、完璧ね」
そう言うと恵理子は青年を引っ張るようにして総合受付に行った。
「大丈夫かな」
そんな青年の前に出て恵理子は受付で女の子に話をする。
「この人がオーナーに会いたいそうなんですが?」
「あっ、あなたわ・・・」
そう言った彼女の顔は最初怪訝そうだった。
でも帽子を見ると顔が満面の笑みん変わる。
「えっ、あなた「ファイティング・ドルフィンズ」のファンなの?」
恵理子は彼の腕を引っ張り頷くように促した。
青年は訳もわからず頷いた。
恵理子は全く動じることなく、作り話を始めた。
「弟さんとね賭けで最終戦の賭けに負けてね「竜神タイフーンズ」の帽子をかぶらされたみたいなの」
「そうなの、辛かったでしょうね」
受付の女性はすまなそうな顔をしながら頷いていた。
恵理子は彼の腕を引っ張り頷くように促した。
青年は訳もわからず頷いた。
なぜか受付の女の子は少し謝りかけたが、誤ると自分が邪魔をしていたことがバレルからなのか
すぐにオーナーに連絡を取てくれた。
どう考えても邪魔していたのは彼女だ。
その後オーナーとの話の、翌日から結果駅前のビルの前にある空き地にキッチンカーで商売できることになった。
「ありがとう・・・どうしたんだろう、なんか話がトントンと進みましたよ」
さっきの電話が功を奏したようだった。
恵理子に何度も頭を下げる青年。
もちろん僕に対して頭を下げているようにも見える。
僕は感極まっていた。でも恵理子が表にいる間は感情は恵理子に制御されているから涙は出なかった。
「ミッション完了ね」
恵理子が帰ろうとすると青年は声を掛けてくれた。
「クレープしかないけど食べていきませんか?
それと何か飲みませんか?」
そう誘われた。
僕ならそのまま逃げるように帰るだろうが恵理子は違った。
「そうね、じゃあ遠慮なくソイ・ミルクティーをお願いするわ」
二人(本当は三人)はキッチンカーに一緒に向かった。
パンティとクレープ 茶猫 @teacat
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