イヌダシオンの縫製係 #ふどらい

一華凛≒フェヌグリーク

大図書館へ、定期連絡

大図書館へ、定期連絡。

筆記者「留学生、ルゥルゥ」

同行者「回収対象、アレクシウス・ドラコニウス」

日付 「〇〇日海風薫る月」


 本日はイヌダシオンの服作りについて教わりました。

 イヌダシオンの集落では、地綿と呼ばれる通常の綿花と海綿うみわたと呼ばれる特殊な綿花が衣服に使用されています。

 地綿は丈夫で塩害に強いため、集落横の断崖絶壁に栽培されています。

 海綿は、ほかの素材と組み合わせやすく軽い素材ですが、とても脆く、加工に技術が必要です。イヌダシオン集落の縫製係の人々は、ちゃんと縒り合わせの技術も紡ぎの技術も織りあげの技術も持っています。


 イヌダシオンで縫製係をしている人々を紹介する前に、前提として話さなければならないことがあります。

 ここは浄化・再生回復・医療を司る施設でもあります。そのため、本人が「いやだ」と言えば無理強いをすることはあまりありません。

 つまり、ここで暮らす物族の皆さんは、基本的に服を着ません。

 大図書館にいたころから「駆動の邪魔になる」「服がきつくて腕が出せない」「もしもの時に対応できない」といった物族の声は聞こえていました。そこで、イヌダシオンの集落ではどうしているのかと思ったら、観察するまでもなく、彼らは服を着ていませんでした。

 衝撃です。

 ただ嫌悪や羞恥はありませんでした。

 イヌダシオン集落に暮らす物族のほとんどが人形族であり、なおかつ戦闘人形が多いことが要因かもしれません。彼らの裸体は、説明が難しいのですが、人形の裸体ではなく飾りつけのない時計を見ている気持ちになります。もしくは車のエンジンを見ている気持ちでしょうか。

 具体的に言うとほかの腕や武器をしまっている収納部分が薄く浮き上がって、幾何学模様のように見えるのです。マルジャーンさんは星を3つ組み合わせたような柄をしていますし、フローセさんは三叉槍と海を象っているように見えます。マルモアさんは「歌唱用人形」であるからほかの人たちとはちょっと違いますが、滑らかな波打ち際か、小麦のそよぐ畑のような曲線が収納スペースを示しています。ファローさんだけは服を着ていて、下を見せたくないようだったので、分かりません。

 総合して彼らの裸体は、実用美や機能美を感じることはあれど、思ったような不快感はありませんでした。不思議な気持ちでした。ただ、時々木の葉や海風に当たっているのを見ると「錆びちゃう!」という気持ちになるので、やっぱり服は必要な気もします。


 閑話休題。

 イヌダシオンに様々な種族が暮らしていることはすでに話した通りです。

 彼らにはそれぞれ服飾文化があり、服に関するこだわりがあります。けれど、縫製係の面々と比べると、僕のこだわりは小さな小さなものに思えます。

 縫製係は図案や模様を考案し、服の全体像を話し合う「企画係」。企画係の出してきた図案をもとに実物を織りあげる「実働係」。その2係がいます。

 「企画係」に所属しているのは、アレクシウスさん、スレムさん、テヤさんの3名です。

 ご存じの通りアレクシウスさんは元大図書館の現地調査員の魂を内包する弦楽器です。でも音階だとか一時的に生前の姿を取ったりだとかで議論に参加されています。

 スレムさんは「鶴の恩返し」に似た能力を持っており、暮らしていた時代の治安悪化が深刻だったのでイヌダシオンへ保護依頼が回ってきた猿人種の能力者さんです。『織りあげた反物が必ず持ち主の願いを叶える』能力なので、誰より高い機織りの技術を持っていますが、本人の希望もあってまず機織りをすることはありません。

 テヤさんはとっても怖い人です。怖い物族さんです。『ミセスメアリの姿鏡』として有名なあの鏡の物族さんです。元のご主人が原因で『血濡れ鏡』と呼ばれる代物になってはしまいましたが、たくさんの貴族・名家・大富豪のお召しかえに使われてきた鏡ですから、審美眼が鋭いです。

 彼らはアレクシウスさんが「本人の着たいと思ったものが最も本人を美しくする」と主張する係、スレムさんが「着心地がよくないと服として失格」と主張する係、テヤさんが「あの子にはこれが似合う」と主張する係です。

 彼らは日々ケンカ口調で激論を繰り広げています。主張も、本人たちが思っていることで間違いありません。けれど、暴言は出てきません。全員、これが「議論」であると理解しているからです。


 「実働係」に所属しているのは陸地がアクティさん、ミルキさん、ウォトさんで、海がリプルさんです。

 どうして海係がリプルさん1名なのかというと、単純に海には服飾文化が少ないからです。その数少ない服飾文化があった『淡水人魚族』の生き残りであるリプルさんしか水中での化粧方法を知っている人がいないのです。

 海では鱗に1月は落ちない入れ墨をすることがおしゃれの基本だそうです。リプルさんはアアスフィアさんの大きな鱗に一枚一枚緻密な絵柄を口で描いていました。そうです。人魚族と言っても、リプルさんは魚に近い方の人魚族さんだったので、手の使い方がまだよく分かっていないのです。

 上唇と下唇の二枚に別な色をつけて、舌で細かな調節を行いながらリプルさんは鱗に絵柄を書いていました。僕が見に行った時は、鱗1枚につき1つ、海に伝わる神々の姿やモチーフ、偶像崇拝が禁止されている場合は神を表す八つの点やなめらかな三本線を描いていました。

 ちょっと見てはいけないものを見た気分になりました。


 陸係は綿花のゴミを手で取り除き、「綿漉し機」という針のついた2枚のローラーが合わさった道具で綿花の種を取り除き、それから3:7で海綿と地綿を混ぜ合わせます。この混合綿を3人がかりで大きなブラシにかけ、もう一つの大きなブラシも使って、繊維の方向を一定にならしていきます。この時、一か所に混合綿や海綿、地綿が固まらないように身軽なウォトさんがブラシの上で羽ばたいて綿の配合状態をよく見ます。

 この後3人が協力してよりこをたくさん作って糸を紡いでいきます。

 一番糸紬が上手なのはアクティさんだそうです。アクティさん曰く「お嫁さんや自分の子どもに着せる服だから、できるだけ彼女たちの好きな柄を入れてあげたいんだ」と言っていました。それと、一人暮らしが長かったから糸紬をする機会も多くあったのだとか。

 今日アクティさんが作っていたのは末の娘さんの服でした。次のお祭りのために蛍の光を海綿に織り込んで、薄闇色に地綿を染めたいのだそうです。模様はもちろん蛍……と、言いたいところですが、天の川と夫婦星を再現してほしいとねだられたそうです。きっと、5日もすればいい報告ができるでしょう。

 ミルキさんは「どうすればより効率よく機織りができるのか」を今絶賛研究中だそうです。なんでも「自分が着る服なのだから、もっともっと美しくてエレガントなのがいい」だそうです。彼女の着ている服は、テヤさん全面協力の元、どこの王妃だろうってくらい着飾っているものが多いです。銀糸と金糸をふんだんに使って、草花や孔雀、カナリヤ、ハチドリなどを再現しています。海綿にカナリヤやホトトギスの声を織り込んであるので、彼女の服はたまに鳴きます。


 これで縫製係についての紹介を終わります。

 最後に僕が着ている服の模様についても報告します。

 僕が着ているのは海綿3、地綿7の割合で作られた陸上用の服です。大図書館出身者だと示すために模様は最小限に抑えてありますが、前合わせの端に金色の線が一本入っています。また、右胸と肩の部分には大図書館の校章である天秤とたくさんの本が並んで、袖の部分も金色の線でぐるっと飾り付けがされています。

 なんだか自分が本になったみたいで、面白いです。


 これで報告を終わります。



「アレクシウスさん、報告書こんな感じでどうでしょうか?」

「……これ、第一稿ですよね」

「はいそうですよ」

「話がちょっとあちこちに飛びすぎているので、もう少し書く順番を考えてみてもいいんじゃないか?」

「はーい。第二稿、急ぎますねー」

「急がず丁寧に書いてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イヌダシオンの縫製係 #ふどらい 一華凛≒フェヌグリーク @suzumegi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ