渡り鳥
くれは
渡る
集落のみんなは彼らのことを「渡り鳥」と呼んでいた。
冬になって雪が降り出す頃、渡り鳥とともにやってくるから。そして雪の間、羽を休めるように集落で過ごし、雪解けの頃に旅立ってゆく。
おばあの話によれば、彼らは精霊のようなものらしい。
春は野で花と暮らし、夏は森で歌い、秋は豊穣をもたらす。冬の間だけ、人の前に姿を見せて人と交わって暮らす。
渡り鳥が絶えれば土地の恵みがなくなってしまう。だから、集落では渡り鳥を迎え入れ、もてなすのだと。
渡り鳥の中には子供の姿もあった。同い年くらいの男の子だった。
精霊にも子供がいるのだと、そのときのわたしは思った。そう思って見てみれば、渡り鳥の中には歳を取ったものも、若い者もいた。
ただ、その誰もが男であった。
精霊には女はいないのだろうかと、わたしはぼんやりと考えていた。
毎年訪れる渡り鳥は、けれど、その度に姿を変えた。
男の子の姿が翌年には見えなかった。あの子はいったいどうしているのだろうか、とわたしは思った。
けれどおばあによれば、心配はないらしい。精霊は気まぐれだから、その姿もころころと変わる。精霊にとって人の姿は一時的なものなのだ、と。
そういうものかとわたしはぼんやり考えた。
もう少し大人になってから、渡り鳥をもてなす中に女を差し出すことが含まれるのだと知った。それを知ったのは、わたしが差し出されたからだった。
おばあによれば、渡り鳥の子を授かることは豊穣の約束らしい。
わたしは集落が豊かになるために、渡り鳥に自らの身を差し出した。そのときの渡り鳥の姿は、同い年くらいの青年だった。
その姿を見て、わたしは幼い頃に見た同い年くらいの男の子の姿を思い出す。もしかしたらこの精霊は、わたしが相手だから同い年くらいの姿になってくれたのかもしれない。
その腕に抱きしめられながら、そんなことを思った。
わたしは渡り鳥から種子を預かった。それはすくすくと芽吹き、大きくなり、男の子が生まれた。渡り鳥から生まれた男の子もまた、渡り鳥だ。
名前をつけることなく、七つまで育て、七つの歳の冬に渡り鳥に渡す。
そうして預かった種子はまた、渡り鳥に帰っていった。彼は精霊に戻り、その姿を変えるようになる。また会えたとしても、きっとわからない。
その後、わたしは村の男と結婚した。それから生まれたのは当然人間の子供。きちんと名前を与え、七つを超えてもまだ手元で育て続ける。
その暮らしは穏やかだ。子供は大きくなり、わたしと夫は静かに年老いてゆく。そうやって人の営みは続いてゆくのだろう。
渡り鳥は毎年変わらず訪れる。
渡り鳥の子はわたしの子であってわたしの子ではない。けれど、渡り鳥が訪れると、どうしても探してしまう。もしかしたら、あれがそうかもしれない、と。
きっとそんなわけはない。渡り鳥は精霊のようなもの。わたしの子ではないのだから。
それでも、時折思い出すのだ。わたしを抱きしめた渡り鳥の青年の姿を。わたしが産んだ渡り鳥の男の子を。
渡り鳥 くれは @kurehaa
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