【オマケディスク4】お約束のバレンタイン④

 取り残されたメンバーはそれぞれ、座卓の上に並べられた料理に改めて視線を落とした。

「……この準備、全部よし子がやったのかな」

 ブドウをチョコに浸したエルフショタスヴェンが、フーフー冷ましながらそうポツリと溢す。

「そうだギョリュ。俺たちは買い物すら手伝ってないギョリュ」

 バケットをチョコに浸しながら、白茄子エグプがコクンと頷いた。

「いつの間に。そんな暇はなかった筈だが」

 ローストビーフをつまみながら、王弟殿下イグナートが小さく首を傾げた。

「……夜中、仕事から帰ってきた後に、車で二十四時間やってる量販店に行ってたみたいだよ」

 商人息子ナーシルが、居酒屋バイトが終わった後に、車で出て行くよし子の姿を見た事を思い出しながら、そう呟いた。


「俺たちの為だけに……そこまでしてくれたのか」

 手にしたマシュマロを皿の上に置き、金髪王子ハルトは神妙な顔をした。

「基本、よし子はお前たちの為ばっかりだぞ」

 そう付け足したのは、座卓の上にあるローストビーフを狙って手を伸ばす元猫騎士ガブリエル。皿を白茄子エグプに遠ざけられ、ペシペシと彼の膝に猫パンチを入れた。

「実は、仕込みは昨日から始めてたピュシャよ」

 桃茄子ピエプが、ナッツの殻を器用にクチバシで剥きながら、言葉を継ぐ。

「カレーとローストビーフは昨日、仕事からお帰りになった後から作ってらっしゃいましたね」

 そう言いながら、元犬司祭ラファエルは昨日の夜、なかなか寝ようとしないよし子を心配した事を思い出していた。


 ソレを聞いた瞬間、金髪王子ハルトはガッと自分の胸の辺りの服を抑えて畳に前のめりに倒れ込む。

「どっ……どうしたのっ?! 大丈夫?!」

 その様子に心配したエルフショタスヴェンが、金髪王子ハルトの背中をさすった。

「……よし子がい」

 胸を両手で抑えながら、金髪王子ハルトはモゴモゴとそう声を絞り出す。

「そうヌミョな。俺たちに何も興味はないと言いながらも、そんな事をするヌミョからな」

 金茄子ゴエプが、お茶を飲みながらそうフフッと笑った。

「コレが愛情じゃなきゃ何なんだろうな、全く……」

 冷蔵庫から缶ビールを何本か持ってきた商人息子ナーシルが、自分の分の缶をプシュっと開けながら苦笑いした。

「愛情だピュシャな。ミーにも望みはありそうだピュシャ」

「ないよ」

 嬉しげにそうさえずる桃茄子ピエプに、エルフショタスヴェンがそうピシャリと言い放った。

「よし子もミーを愛してるって言ったピュシャ!!」

「よし子は誰にでもああ返事すんのっ!」

「全股プレイピュシャ?!」

「よし子はボク一筋だよっ!」

「それは百パーないピュシャ! 年上好きのよし子の好みから一番離れてるのはスヴェンピュシャ!!」

「鳥類に言われたくないね!」

「よし子は、『寒い』って言うと手のひらや服の中に入れて暖めてくれるピュシャよ?!」

「そんな事してんのっ?! エロインコ!!」

「悔しかったら鳥になるピュシャ!」

「悔しくも羨ましくもないねっ! やる事やれない体になんかなりたくないもん!」

「ピシャア!!!」

 ガルガル言い合いをする桃茄子ピエプエルフショタスヴェン


「……何してんの」

 そこへ、大きな紙袋を抱えたよし子が戻ってきた。

「エロインコを焼き鳥にしてやろうかと思ってた」

「寝てる間にその黄緑の眉毛全部抜いてやるピュシャよ」

「よし子は塩とタレ、どっちが好き?」

「眉毛ナシの顔はさぞかし滑稽ピュシャな」

「喧嘩しないの。何が原因?」

 よし子は紙袋を傍に置いて、今にもお互いの羽と眉毛をムシり合いそうなエルフショタスヴェン桃茄子ピエプの間に座る。

「……面倒臭い嫉妬のしあいだよ」

 呆れた顔で、商人息子ナーシルが言い訳をしておいた。


「ところで、その紙袋は何だ?」

 カサカサと音のする紙袋に、興味津々で首を突っ込もうとする元猫騎士ガブリエル

 彼の体を抱き上げて自分の膝に乗せたよし子は、紙袋をゴソゴソと漁った。

「ホラさ、みんな、一応戸籍作る時に誕生日書いてたじゃん? なんだかんだで去年誕生日、祝えなかったから、今回まとめてやっちゃおうかと思って」

 紙袋の中から、さらに紙袋を取り出したよし子は、ソレをグイっとまず白茄子エグプへと突き出した。

「ハイこれは白茄子エグプへの誕生日プレゼント」

 その言葉を、目をまん丸にして驚く白茄子エグプ

「……俺にギョリュ?」

「そうだよ。ハイ、どうぞ」

 彼は、目をしばたかせながらも、よし子から紙袋を受け取った。

「開けてもいいギョリュ?」

 紙袋を覗き込んだ白茄子エグプが、少し恥ずかしそうにそう呟くと

「勿論」

 よし子が笑って頷いたので、白茄子エグプは紙袋の封を取る。

「……おお! コレはっ……」

 白茄子エグプはそうら歓喜の声をあげながら、中からその線では有名なブランドの、ボディバターとヘアケア商品を取り出した。

「欲しいって言ってたから」

「ありがとうギョリュ!」

 彼は嬉しそうに、ボディバターの香りを嗅いでいた。


「こっちは金茄子ゴエプの」

 次に取り出した封筒を、今度は金茄子ゴエプへと差し出すよし子。

「俺にもあるヌミョ? 白茄子エグプとは別で?」

「当たり前じゃん。コレは金茄子ゴエプへだよ」

 いつも白茄子エグプといっしょくたに扱われていると思っていた金茄子ゴエプは、自分宛てだと言われて、少し頬を崩しながらもよし子から封筒を受け取った。

 金茄子ゴエプが開けた封筒の中からは、映画の前売りプレミアムチケットが二枚出てきた。

「いいのかヌミョっ?!」

「うん。前にテレビCM見た時に、行きたいって言ってたでしょ?」

 よし子のその言葉の通り、金茄子ゴエプがある日ポツリと『この映画見てみたいヌミョ』と溢していた映画のチケットだった。

「チケットは二枚あるから、誰かと行ってもいいし」

 よし子がそうニコニコして告げると

「嬉しいヌミョ。よし子ありがとうヌミョ!!」

 金茄子ゴエプは嬉しそうに笑った。


「俺もか?!」

 さっきまで畳を突っ伏していた金髪王子ハルトは、シュッとよし子の前へと来て正座する。

「勿論。ハイ、どうぞ」

 そんな金髪王子ハルトの様子に笑いながら、差し出された金髪王子ハルトの手に、よしこは長方形の箱を置いた。

「……コレは……」

「開けてみなよ」

 手を震わせる金髪王子ハルトに、よし子は苦笑い。

 金髪王子ハルトがその箱を開けると、中から黒い万年筆が出てきた。

「いいのか?! 本当にいいのか?! こんな素晴らしい物を!!!」

「そうだよ。ハルトへと誕生日プレゼントだからね」

 よし子がそう笑うと、金髪王子ハルトは万年筆を胸にギュッと抱き締め、再度畳へと突っ伏してしまった。

 畳みに突っ伏した状態でモゴモゴと

「これでよし子に毎日愛の詩をつづる」

 そう呟いた金髪王子ハルト

「それはウザいからやめろ」

 スンとした顔で、よし子はツッコミを入れていた。


「で、コレはナーシルの」

 次に取り出した少し大きめな箱を、商人息子ナーシルへと突き出すよし子。

「……ありがと」

 少し照れた様子で唇を歪ませた商人息子ナーシルは、よし子から箱を受け取った。

「……コレ……」

「バリスタになるには、まずは道具でしょ?」

 商人息子ナーシルが箱を開くと、そこにはよし子の言葉の通り、コーヒーミル等の道具一式が入っていた。

「……高すぎるんじゃね?」

「いや、正直、そこまで良い物は用意出来なかったんだ。だから、コレを手始めとして、そのうち自分で良いのを選んでね」

 そんなよし子の言葉に、商人息子ナーシルは眉毛を下げて、困ったような、それでいて嬉しそうな顔をした。


「次はボク!!」

 そう言って、畳に突っ伏す金髪王子ハルト退かしたエルフショタスヴェン

「ハイ、これはスヴェンへ」

 よし子はまた封筒を取り出して、ウキウキしているエルフショタスヴェンへと渡した。

 物ではなさそうな事に少し肩を落としたエルフショタスヴェンだったが、封筒を開いて目の色を変えた。

「いいのっ?!」

「勿論」

 エルフショタスヴェンの反応に、よし子はホッとした様子を見せた。

 エルフショタスヴェンが開けた封筒に入っていたのは、プラネタリウムの特別指定席のチケットだった。

「よし子っ! コレ、一緒に見に行ってくれるっ?!」

「アタシでいいの?」

「よし子がいいのっ!」

「了解。今度タイミング合わせようか」

 膝立ちになって興奮するエルフショタスヴェンに、よし子は笑って返事をした。


「イグナート」

 座卓の前から動かなかった王弟殿下イグナートにそう声をかけるよし子。

 ゆっくりとした動作で立ち上がった王弟殿下イグナートは、よし子の前へと片膝をつく。そして、紙袋──を持つよし子の手を取ると、その手の甲にキス──を落とそうとして、シュッと手を引かれ、自分の手のひらにキスしていた。

「……ハイ、コレ、プレゼント」

 若干眉根を寄せて微妙ーな顔をしたよし子だったが、再度王弟殿下イグナートへと紙袋を突き出す。

 今度は普通に王弟殿下イグナートは受け取った。

 紙袋の中を見て、目を大きく見開く王弟殿下イグナート。続いてよし子の顔を目をパチクリさせながら見ていた。

「……イグナート、そういうの好きなのかな、と思って」

 よし子が少し顔を歪めながらもそう言葉を続けると、王弟殿下イグナートは紙袋の中から工具セットと西洋の城のプラモデルが入った箱を取り出した。

「前に、雑誌でそういうの眺めてたでしょ」

「気づいていたのか」

 よし子の言葉に、目尻を下げて嬉しそうな顔をした王弟殿下イグナート

「愛してる、よし子!」

 素早く箱を脇に置いてよし子を抱きしめようと腕を広げたが、その顎をガッとよし子につかまれ拒否された。


「ガブリエルには……コレでいいかな」

 王弟殿下イグナートを退けたよし子がそう言いつつ紙袋から取り出したのは、猫用の蹴りぐるみだった。

「……なんだ? ソレ…………ッ?! それは!!」

「またたび入りのオモチャ。またたびって、ガブリエルにも効くのかな?」

「効く! 効く!! 効く!!! 早くソレ! ソレをくれ!!!」

 よし子の膝の上からガバリと立ち上がった元猫騎士ガブリエルは、ヒョイっと彼女の横へと降り立つと、お尻を上げて尻尾を振り催促さいそくする。

 その勢いに負けてよし子がオモチャを元猫騎士ガブリエルの前へと置くと、彼はひったくるようにそのオモチャをくわえる。そして部屋に響き渡るようなゴロゴロ音をさせて、部屋の隅に行ってオモチャにかぶりついた。


「ラファエルにはコレ。……っていうか、本当にフリスビーでいいの? もっと他にも、色々あると思うんだけど」

 よし子が紙袋から取り出したフリスビーを見て、元犬司祭ラファエルが耳をピンと立てて反応する。

「いいんです! これが欲しかった!! 明日! 明日コレで遊びましょう?!」

 興奮した様子でよし子からフリスビーを受け取ると、元犬司祭ラファエルはそれを咥えたまま、その場でグルグル回り始めた。

「あ、うん。了解」

 元犬司祭ラファエルの勢いに若干引いた顔をしながらも、彼自身がそれでいいなら、とよし子は自分を納得させた。

「そして、上手くキャッチできなかった私をののしってくださいねっ!」

「それは嫌」

 ウッキウキ興奮しながら言い募る元犬司祭ラファエルの言葉に、よし子はドン引きしながら首を横に振った。


「最後はミーピュシャなっ!」

 ウッキウキした様子でよし子の肩に飛んできた桃茄子ピエプ催促さいそくされ、よし子は紙袋の中からビニール袋に詰め込まれたインコ用のオモチャを取り出す。

「コレピュシャ! コレピュシャ!! コレピュシャっ!!!」

 よし子の肩の上で、頭を上下にブンブン振って踊る桃茄子ピエプ

「……もう、心からインコになったの……?」

 少し心配げにそう呟くよし子。

「この身体では娯楽が少ないピュシャ!」

「そ、そう……か? パズルで遊んだり、自分でDVDセットして映画とか見てたじゃん……器用に」

「身体を使って遊びたいピュシャ! この世界では音速で飛べないピュシャ。つまらないピュシャ!」

「……ゲーム世界では音速出して飛ぶ事が、娯楽だったの?」

「そうだピュシャ!」

 ウッキウキする桃茄子ピエプの言葉に若干疑問を残したまま、よし子はオモチャが入ったビニール袋を畳の上に置く。

 すると、よし子の肩から畳へと降りた桃茄子ピエプが器用に自分でビニール袋を開けて、中から玩具を取り出して遊び始めた。


 全員に誕生日プレゼントを配り終わり、全員が嬉しそうな顔をしている事を確認したよし子は、満足気に笑った。

「遅くなってゴメンね。あ、誕生日プレゼントも今日のバレンタインも、アタシの普段のお礼を兼ねてるから、お返しはいらないよ」

 そう笑ったよし子に、全員の顔がキッと険しくなったり驚きになった。

「何言ってんのっ!? お返し考える楽しさを奪うつもり!?」

 速攻で首を横に振ったのはエルフショタスヴェンだった。

「そうだぞ! よし子! 俺はこの万年筆を使ってよし子への愛をつづりたいのに!」

 金髪王子ハルトエルフショタスヴェンの言葉尻の乗っかる。

「いや、愛をつづるのは構わないけど、いらないからね? そんな色んな意味で超重量級なモン」

「じゃあSNSに──」

「絶対やめろ。チラシの裏にでも書いとけ」

「分かった」

 胸から溢れる愛情を言葉にしたいだけの金髪王子ハルトは、それで納得して頷いた。


「よし子に贈り物をしたいという気持ちは否定しないで欲しい」

 そう重く口を開いたのは王弟殿下イグナートだった。

 その言葉に、そうか、と思ってうなず──こうとしたよし子は、ハタと気づく。

「いや、イグナートはお金気にせず凄いモン買って来ちゃうじゃん。そういうのはいらないって言ってんの」

 彼が初給料日に高級ピンヒールを狩って来た事を思い出し、よし子は半眼でそう突っ込んだ。

「気持ちは否定してないよ。嬉しいし。でも無理しないでって事。アタシは形ある物じゃなくっても、毎日 すっげぇウザい事も多いけど気持ちはもらってるからさ」

 そう苦笑するよし子。

 さすが、乙女ゲームのキャラたち。分かりやすい程に分かりやすく、自分の気持ちを表現するよな、とよし子は心の中だけで思った。

 世間の乙女たちがゲームに癒しを求めるのは、きっとそういうのが欲しいからなんだろうな、アタシはなんて贅沢なんだ、と続けて思う。

「じゃあ毎日、ミーはよし子に歌をプレゼントするピュシャ」

「いや、それも、ちょっと」

 やっぱり面倒くさいわ。

 桃茄子ピエプの言葉を聞いて、よし子は速攻で自分の考えを否定した。


 それぞれが自分の思惑を胸に抱えて、プレゼントをいつくしんだり食事へと戻る姿を見て、よし子はふと、少し前にあったクリスマスパーティの事を思い出した。

 あの日と同じで、今日も楽しい日だったから。


 社会人になってから、バレンタインデーは面倒くさい日だった。

 若い頃は贈りたくもない会社メンバーや上司に対して、気を使って配らなければならない日であったし、部下が出来てからは、くれる後輩や部下から気持ちを害さない程度にやんわり断ったり、お返しに頭をひねる日だった。

 しかし、今日の為に色々準備したのは、よし子にとってクッソ大変ではあったが楽しかった。

 どんなのを用意すれば楽しんでもらえるか。

 相手は何が好きで、どんなものをプレゼントすれば喜んでもらえるか。

 別に好きでやっているワケではない仕事に比べれば、それを考えている瞬間が楽しかった。


 こういうイベントが、こうやって生活をより楽しむ為にあるんだって、忘れてたわ。


 よし子はふとそう思い、頬を崩した。


「よし子」

 王弟殿下イグナートにそう声をかけられ、よし子はふと視線をあげる。

「何?」

「よし子へのお礼として、インターネットで購入したいものがある。金はあとで支払うから決済してもらいたい。スマホにURLを送る」

「え? 何?」

 スマホを手にした王弟殿下イグナートにそう言われ、よし子は自分のスマホを見る。

「まぁ、正確に言うと、プレゼントを彩る為のちょっとしたスパイスだがな」

 形の良い唇を少し引き上げ笑う王弟殿下イグナートに、よし子は引っ掛かるものを感じながらもメッセージアプリで送られて来たURLを叩いた。

「……チョコソースは絶対買わんぞ」

「それは楽しむ為のスパイスだ」

「何のだよ」

「それは──」

「やっぱいい。言うな。聞きたくない。絶対聞かせるな。そして、買いたくない」

 よし子は一瞬にして能面となり、王弟殿下イグナートから送られて来たURLを速攻で履歴共々消去した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【カクヨムコン9】乙女ゲームの中に転移してしまったんだけど、普通に嫌なのですぐ帰りたい。 牧野 麻也 @kayazou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画